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希望と覚悟とは

 夜が明ければ、魔王城へと出向く。

 人類の希望──たったひとりの魔法使いを連れて。

 魔王のもとまで辿り着けるかどうかも分からない。それまでに死ぬかもしれない。


 浮かぶ考えは多数あって、考えるべきことも山積みだ。

 しかし、そのどれも考えたところで結論が出せないものでもあった。


「……君は、生きたくないのか」


 そこまでして覚悟を決めて。

 そこまでして討伐を誓って。

 そうしてまで傍にいたがって。


 これではまるで、彼女が殺されることを受け入れているようだ。

 彼女を殺すように命令を受けている身でありながら、彼女に生きてほしいと、抗ってほしいと。

 そう願うことはあまりにも自分勝手だろう。

 それを承知の上で、シャインはじっとルクリアを見据えた。


「生死は表裏一体だけど、あくまで全く別物でしょ」


 しかし、ルクリアはあくまで軽い調子のままだ。


「屍みたいにひっそり生きていくなら、生き抜いて死んでやる方がずっと良いよ」

「……私に殺してほしいと言っただろう」

「うん、言った。殺せって言われてるんでしょ?」


 ルクリアの態度は呆気ない。

 まるで他人事のようでもあって、そしてそこに生への執着などまるでないように見えた。


「……」


 シャインは、答えなかった。


「命令が出てる。シャインはそれを果たさないといけない。私はシャインといっしょにいたい。それでいいじゃん」

「……よくないだろう」


 シャインはいっそ頭を抱えたくなった。

 確かにそうだ。命令は出ている。国王陛下の命令は絶対だ。

 しかし、だからといって彼女がそれをそのまま受け入れる必要はない。

 いっそ、逃げてくれたら逃してしまうことはできる。それによって咎を受けるかもしれないが、だとしても、だ。

 あるいは、魔王討伐の中で死んでしまったように偽装することだってできるはずだ。

 だというのに、彼女はまるで。まるで、死んでも構わないかのように振る舞う。


「じゃあ、どうすればいいの」


 ルクリアは拗ねたような調子で言った。


「……生きてくれ」


 喉奥から絞り出すようにして出した声は、震えていた。

 シャインは視線を持ち上げ、また伏せて、そして再び持ち上げる。

 焚火の向こう側にいる少女は、相変わらずの調子だった。

 怖がりもせず、恐れもせず──いいや、少なくともその様子を見せることはない。


「……生きるのって、苦しいんだよ」


 膝を抱えたルクリアは、口を尖らせた。

 そして、肩に羽織っている毛布を引き寄せながら身を縮める。

 それはまるで、叱られた子どものようだ。


「生き苦しいの。隠れて隠して、見つかって。そうやって生きるのって、バカバカしいよ。どんなに隠れたって、私が混血児だってことはすぐ分かっちゃうでしょ。だから、いいの」

「良くない」

「いいんだってば」

「良くない!」


 良いはずがない。

 殺されてもいいなどと。

 共に旅をしてきた仲間を殺すなどと。


 思わず声を荒げたシャインは、少し驚いたルクリアの顔を見て我に返った。


「……すまない」

「あー、びっくりしたー。シャインって号令以外で声を張ることもあるんだね」

「……当然だろう」


 シャインは深い溜め息を漏らしてから、ゆっくりと目を伏せた。

 自分自身でさえ、まだ迷っている。

 迷いに迷って迷い続けて、こうして言葉を交わしている間に決心することだってできていない。


「……確かに。私は君を始末するように命令を受けた」

「やっぱりじゃん」

「だが、そうしたいわけではない」

「けど、それって難しいんでしょ」


 ルクリアの反応はシンプルだ。

 だからこそ、シャインとしては言葉に詰まってしまう。


「……ああ。それに、君の言う通りだ。私がこのような性質であるがゆえに、命令に反しないと見なされているのだろう」


 腕を買われたというよりも、幾分かしっくりくる。

 最終的にこの役割を果たさせるつもりであれば、それができない人間をこの任務に宛がうことはない。

 自分は馬鹿正直に計画通りに魔族の拠点を潰し続け、その度に報告を行い、連絡を受け取り、ここまできたのだ。

 真面目で融通が利かないと言われたことは、一度や二度ではなかった。

 そんな自分だからこそ、この役目を与えられた。

 そして、だからこそ、最後の命令は今届いたのだろう。

 任務が始まった段階でその命令があれば、自分はきっと抗議していたに違いない。


 しかし、今は。

 既に多数の犠牲を払った今は。

 ここで引き返すわけにはいかないという思いが、確かにある。


 だが。

 だが。

 だが。


 だからといって、それならばこの少女を、犠牲にしても良いというのか。


「ルクリア。君の首を持ち帰れば、皆は安寧を得て、私は英雄になると言ったな」

「うん、言ったよ」

「……私は、そうは思わない」


 緩やかに首を振ったシャインは、改めてルクリアを見据えた。


「君もまた安寧を手に入れ、そして英雄と称えられるべきだ。……君の夢を聞かせてくれ。討伐の後に、君は何をしたいんだ」


 シャインの問いかけに対して、ルクリアは珍しく戸惑いを滲ませた。

 討伐の後。

 そんなものは考えたこともなかった。

 未来を考えるとしても、それはあくまで魔王討伐までのことだった。

 ルクリアが答えに迷っていると、今度はシャインが薄く笑った。

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