憎むべき混血児
白っぽい銀の長髪。青みの強い紫色から赤みの強い紫色へとグラデーションがかったような特殊な瞳。
不健康そうな白い肌に、ひと目で人間ではないと分かる尖った耳。
彼女──ルクリアは、野営用の毛布を被った状態で座り込み、焚火に枝を差し入れていた。
「……すまない。遅くなったな」
シャインが詫びながら焚火を挟んだ正面に腰を下ろすと、ルクリアはフードのように被っていた毛布を後ろに払った。
身体に羽織っている分はそのままに、落ちてきた袖の部分を引っ張りながら火の中に枝を放り込む。
焚火の中でパキと他の枝が弾ける音がした。
「いーよ、火の番くらい」
間延びした気軽な調子で答えるルクリアに対して、シャインは何も言えずに枝を掴んだ。
少し太めの枝先で火の中からはみ出した枝を戻してやった。
ルクリアは、魔法使い。
それも、魔族と人間の混血児だ。
その出生において何が起きたのかまで、シャインは把握していない。
だが、あまり好ましくない事態が起きていたのであろうことは想像に難くなかった。
本来であれば魔族しか扱うことのできない魔法。
それを使える彼女を、周囲の人間がどう見て、どのように扱ったのかは知っている。
だからこそ、シャインからは問いかけることはして来なかった。
王国からの度重なる補充もあり、最初こそ賑やかだった勇者一行も今ではたった二人になった。
既に人手が足りていないのか、それとも自分達の働きが不十分なのか。
考えたところで仕方がなかった。人類は今、あらゆる階級の者達が困窮している。それだけが事実だ。
おいそれと、「戦力を寄越してくれ」とも言えない。
国に残った者達も、魔物から街を、市民を、家族を守ることに必死なのだから。
「……なに?」
ルクリアが怪訝そうに首を傾げると、あまりにも見つめ過ぎていたことを知ったシャインは困ったような眉を下げた。
「ああ、いや……いよいよだな、と思ったんだ」
「……ん。明日には、城に辿り着けそうだしね」
「……ああ、そうだな。夜が明けたら動こう」
他愛もない会話だ。
昨日までと大差ない。三年近く、繰り返してきたことだ。
目的地までのルートを確認して、装備を見て、食事をして、そして眠る。
起きたらまた戦って、戦果と被害を確認して、そして。そして──。
「……なに、考えごと?」
ルクリアの言葉にシャインの肩がびくり跳ね上がった。
「疲れてんなら、寝た方がいいんじゃないの。いーよ、火の番くらい」
「……いや、君こそ休んでおいた方がいい」
「私は元気なんだけどなー」
ふふ、と笑ったルクリアは年相応の、少女らしい表情を浮かべた。
凶悪な魔物を率い、人間が対抗できない魔法を扱う魔族は危険な存在だ。
ましてや、敵対している状態では魔族と繋がりのある存在など迫害の対象でしかない。
しかし、魔王討伐には"魔法"が、魔法使いの力が必要になる。
それで、混血児である彼女が連れ出されたのだと聞いた。
旅の中で、彼女は一度も人間を裏切ろうとしたことはなかった。
魔族と対峙したときでさえも、彼女は人間の味方をすることを躊躇ってはいないようだった。
それを揶揄した者がいなかったわけではない。
だが、その度に彼女は『私も半分は人間だから』と笑っていた。
数分ほどの沈黙を経て、シャインは意を決したように顔を上げた。
「……明日だ」
「うん?」
「いよいよ、明日には魔王城に辿り着くかもしれない」
「そうだね」
これまでも危険な旅路ではあった。
しかし、魔王の城ともなれば、その比ではないだろう。
シャインは眼前の少女をじっと見据えた。
「……恐ろしくはないのか」
「シャインは怖いの?」
「……私は」
逆に問いを返されて、シャインは言葉に窮した。
怖いのか。怖くないのか。怖い。恐ろしいに決まっている。
もう引くことはできない。両手の指で到底足りないほどいたはずの、仲間たちはもういない。
彼らは確かに昨日今日会ったような者達で、傭兵や志願兵など元々は関わりのない者達だった。
だが、そんな彼らが自分のすぐ傍らで死んでいったのだ。何も思わないはずがない。
シャインが言葉に悩んでいると、ルクリアは口の端を薄く持ち上げて意地の悪い笑みを浮かべた。
「自分でもそんなに悩むことを私に聞くのは、イジワルなんじゃない?」
「……ああ、確かにそうだな。悪かった」
「あはっ、真面目だねー、シャインは」
笑う彼女は普段通りの調子だ。
街にいるときも、宿にいるときも、森にいるときも、野営のときも、それほど大差はない。
そんな彼女だが、恐ろしくないはずもないだろう。
シャインはそう思い直して、溜め息を押し殺した。
ざわざわと、周囲の木々が揺らぐ音。森を抜けていく風の音がしている。
火の揺らぎが影を生み、火の中で弾けた枝が音を立て、衣擦れと呼吸の音だけが落ちる。
周囲には動物も、そして魔物の気配もない。静かなものだった。
だからこそ、互いの間に落ちる沈黙が妙に際立って感じられた。
少なくとも、シャインにとっては耳が痛いくらいに。
「ねぇ、シャイン」
パキン、と細い枝を折ったルクリアの指が枝の表面を撫でた。
「なんだ?」
じっと火を見つめていた視線を持ち上げたシャインは、焚火の向こう側で薄く笑う表情を見つけた。
「私のこと、殺そうとしているでしょ」