最後の王命
「魔王討伐後、速やかに処刑せよ──これが最後の王命でございます」
国中から勇者として称えられるシャイン・レイドは背を押し当てた大木越しに届いた声に目を見開いた。
ごくり、と喉が鳴る。
国王陛下の命令は絶対だ。逆らえば、故郷に残してきた家族がどうなるのか分からない。
「……承知した。そう伝えてくれ」
「かしこまりました。失礼いたします」
乾いた喉から声を絞り出すと、大木の向こう側にいた相手はすぐにいなくなった。
シャインは幹に背を押し付けながら、ずるずるとその場に座り込んだ。
数年前、突如として"魔物"と呼ばれる存在が出現した。
通常の動物とは異なる異形のバケモノ達、そしてそれを使役するヒト型の何か──人類はそれを"魔族"と呼んだ。
魔族と人間にはない術を使う。それが"魔法"と呼ばれるものだ。
魔物や魔族の肉体や抽出した液体から作られる道具は、さまざまな効果を人間にもたらした。
時には傷を癒し、時には肉を腐らせ、時には毒となり、時には薬となった。
人間は魔族の恩恵にあやかり、様々な道具やクスリを作り出した──しかし、共存に見えたのは一時的なものだった。
魔族の王が地上に君臨したとき、とうとう人間は"狩られる側"の立場に陥った。
凶暴化した魔物が家畜を襲い、魔物の体液が草木を枯らし、農業も畜産業も立ち行かなくなったのだ。
そして、魔物が闊歩する街道を行き来することができず、あらゆる物流が停滞してしまった。
そうなれば、結果など明白だ。
人々は職を失い、食べ物が足りないことで飢餓が増え、人間同士の争いと殺し合いが頻発した。
混乱と混迷を極めた中、とある王国より魔王討伐を命じられたのがシャイン・レイドだった。
騎士だった彼について、人々は剣の腕を認められたのだと口々に褒め称えた。
勇者として持ち上げられ、三年近く旅を続けて魔族たちの拠点をいくつも潰してきた。
そして、その度に王国から宛がわれた多くの仲間を喪った。
勇者の功績は、魔族の拠点を破壊したこと。その裏で、何人の犠牲が出たかなど表沙汰にはならない。
シャインに命じられたことは、魔族たちの拠点を破壊し、人類の希望を魔王のもとに送り届けること。
その二つ──だったはずだ。
人類の悲願である魔王討伐は、いよいよ間近に迫っている。
シャインは、大木の前に座り込んだまま片手で顔を覆った。
三つ目の王命。
それは、人類の希望を──今、共に旅をしてきた"魔法使い"を処刑すること。
「……馬鹿な」
力を合わせて戦ってきた仲間を、この手で殺さなくてはならない。
シンと静まり返った森の中、風に揺らされた木々のざわめきだけが周囲に響いた。
王命を届けたメッセンジャーは既に近くにはいないだろう。いたところで、応じる以外の選択肢はない。
奥歯を食いしばりながら、シャインは声を押し殺した。
ここは魔王城を囲むように広がる森。魔王城は、すぐ傍にある。明日には辿り着くだろう。明日には。