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青い君へ  作者: 九琉豆須 茉莉
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「E判定かあ…」


 そう言いながら、七瀬七海(ななせななみ)は窓際にある自分の席に着くと大きなため息をついた。5月に行われた全国模試の成績表が返ってきたが、結果は決して芳しいものではなかった。第1志望校である一林大学の合格判定の項目には大きな「E」の文字が載せられていた。


「わ!九遠ちゃん一大A判定じゃん!」


 右の席の方から小さな感嘆の声が上がった。どうやらこの時期からもうすでに七瀬の第一志望の大学へ行ける人間がいるらしい。


「ありがとう、でも私まだまだだから。」


 九重九遠(ここのえくおん)は軽い会釈を返した後、自分の席に戻り粛々と教科書を開いた。どうやら彼女にとって一大のA判定を取ることは当然の結果らしい。


 九重九遠。高校1年生の時から常にクラスで一番の成績を取り続けている天才だ。加えて容姿端麗、スポーツ万能、謙虚さも兼ね備えているときた。なんと恵まれているのだろう。天は二物も三物も与え、その上まだ彼女に与え続けるというのか。少し贔屓目がすぎないか。


 それに引き換え自分はというと、スポーツは何をやってもみんなの足を引っ張るばかり、容姿こそ負けてないだろうと勝手に張り合っていながらも、向こうは何人からも告白されたことがあるのに対し、こちらはゼロ。頑張ってきた勉強でさえも九重に全く歯が立たない。何一つとして彼女に勝っていることがない。


 そもそも自分は大学に進学するべき人間なのか。成績も良くないし、別に大学でやりたいこともない。大人しく高校を卒業したら小さな会社に就職して、細々とやっていくのが身の丈に合っているのではないだろうか。


 そんなことを考えているうちにあっという間に放課後になり、一人教室に残っていた七海はくしゃくしゃに丸めた成績表をゴミ箱に投げ捨てた。


 教室を出た後、七海は部室へと向かう。足取りはいつもより重い。


 七海が通っている二和高校では全生徒がなんらかの部活に入ることが強制されている。校長曰く、生徒に一度しか経験できない高校生活の中で多くの経験をして多様な視点を持ってほしいとかなんとかで、引退が許されるのは高校3年の秋からだった。七海は特に入りたい部活があったわけでもないので一番楽そうな部活を探していた。そうした末にたどり着いたのがこの創作物研究部、通称「創研」である。表向きは映画化、小説化された作品を比較し、それぞれの作品が独立した作品として評価された方法を考察する部活となっているが、その実態はただ放課後の暇な時間を潰すための部屋と化していた。


「お、七瀬じゃん。お疲れ。」


 部室の扉を開けると、中から一人の声が聞こえてきた。声の主は二人しかいない創研の部員のもう一人である五條五木(ごじょういつき)である。


「ん。」


 七海は口も開けずに、扉を閉めるや否や、年季の入ったソファーの上に座った。


「ちょうど今「ホワ転」の最新話読み終わったとこでさ。これが超面白かったんだよ。七瀬も読むか?」


 そう言いながら、五條は人気急上昇中の漫画「ホワイト企業に勤めてるボクが異世界に転生するのはダメですか?」を差し出してきた。表紙には制服姿で15、16歳くらいの、爽やかな笑顔をした少年と、少年に抱きついてる金髪の耳の長い女の子が描かれている。いかにも五條が好きそうな漫画だ。


「いい。今は読む気分じゃない。」


 七海はそっけなく返事しながら鞄の中から参考書を取り出す。ほとんどの部活が終わる17時になるまで創研の部室で過ごすのが七海のルーティンだった。大概は勉強して過ごしているが、時折に部室にある本棚に並んだ様々なジャンルの本や、五條が持ってくる漫画を気晴らしに読んでいた。


「なんだよ、浮かない顔してんな。ははーん、さては模試の結果が良くなかったんだな。まあ、元気出せよ。5月のやつだろ。これから夏休みだってあるし、試験本番までまだ余裕で時間があるじゃん。」


「わかったような口聞かないで。あんたには関係ないでしょ。」


 眉間に皺がよる。開きかけた参考書を閉じて五條を睨みつけた。


「関係ないってなんだよ。同じ部活の仲間だろ。せっかく励ましてやってんのにさぁ」


 売り言葉に買い言葉で、五條の口調も強くなる。


「同じ部活だから何?同情なんていらない。余計なお世話だし!」


 七海はすっくと立ち上がった。


「大体、あんたは受験しないでしょ!親の家業継ぐあんたなんかに私の気持ちがわかるわけないじゃん!」


「七瀬…」


 五條は何かを言いかけたが、口をつぐんだ。


 静寂が部室の中を貫いた。外から運動部の掛け声が聞こえてくる。しまった、言いすぎた、と七海は反省していた。落ち込んでいた七海に五條が気を遣ったことくらい七海にもわかっていた。それでも、その言葉を受けて平気でいられるほど今の七海は強くなかった。


 謝罪の言葉が口に出せないまま、お互い気まずさで顔を合わせることができずにいた。数秒が数分に感じられる。誰でもいいからこの状況をなんとかしてくれ…そう七海が願っていたその時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。


「七瀬七海さん、あなたに用があるの。扉を開けてくれないかしら?」

 

 扉の向こうで誰かが七海を呼んでいる。


「…はい。」


 助け舟が来た、と思って七海が扉を開けると、目線の先には九重九遠が立っていた。



これは受験を目前にした少女たちがそれぞれの葛藤を抱えながら自分たちを見つめ直す、そんなお話を書いてみたくて始めました。

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