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第四次太陽系絶対防衛決戦 〈西暦3774年2月13日〉

作者: 七乃ハフト

 ――海王星絶対防衛ライン 二月十二日 二十三時〇〇分――


「提督。全艦戦闘配置につきました」

「うむ。絶獣襲来まで一時間を切ったか」

 絶獣。流星に化けて太陽系に飛来し、たった一日で人口の四割の命を奪った忌むべき敵。

「君は金星出身だったな」

「はい。提督は火星の出身でしたよね」

「うむ。火星はいいぞ。豊かな地下水源のおかげで、魚が旨い。そうだ! この戦いに勝利したら、全員連れて火星で打ち上げだ。旨い鮨屋を知ってるんだ。人工食糧の数千倍の旨さだぞ」

 思い出しただけで涎が溢れてくる。

「まさか、今回参加している兵全員を連れていくおつもりで」

 副長の語尾が驚きで上がるのを耳が捉えた。

「そのまさかだよ。この戦いに参加した一人一人が太陽系に住む全人類を守った英雄だ。そんな彼らを労ってやるのは総司令官として当然の勤めだよ」

「では、私はパンケーキを持っていきましょう」

「ほお。金星のパンケーキは有名だからなあ。これはまた生きる楽しみが増えたぞ」

「……はい。私も同感です」

 ――同日 二十三時四十五分――

「奴らはこちらに来ているな?」

「はい。レーダーが真っ白になるほどの数で脇目も振らずに防衛ラインに近づいています」

「こちらの戦略を改めて確認したい」

「旗艦アマテラス、二番艦ツクヨミ、三番艦スサノオ。衛星要塞百十七、ミサイル艦一億、砲艦三千万、護衛艦六千万、こちらが大型兵力となります」

 ワシの乗るアマテラスは全長百四〇キロ。純白の船体は鏃のような形をしており、歴史上一番の美しさと強さを誇っていると言える。しかし自室に帰るのににリニアモータカーで一時間かかるのが玉に瑕か。

「機動兵器群は」

「無人戦闘機爆弾一七〇〇億発、スレイヴは二四〇億機です」

「その内、プラネットシスターズは百機だったかな」

「いえ九〇機です。旗艦の直掩を務めています」

 ううむ。歳はとりたくないのう。

「直掩はいい。彼女達も前線に配置だ。今は守りより攻めだ」

「了解。通達しておきます」

 プラネットシスターズは地球を含む八惑星から選ばれた女性のエースパイロット集団。一機で千機に匹敵する正に一騎当千の猛者達だ。

「後十四時間後には海王星がここを横切る。太陽系最大の避暑地を巻き込むわけにはいかん。それまでに終わらせるぞ」

 ――同日 二十三時五十九分――

「敵集団先頭、最終防衛ライン到達まで五秒前、四、三、二、一」

 同時に二月十三日の到来を告げる時報が鳴った。

「定刻通りだな」

 これが親愛なる隣人や恋人なら両手をあげて歓迎するが……。

「招かれざる客には帰ってもらおう。全艦、全砲門を開け。一匹も太陽系に入れるな!」

 ミサイル艦が対絶獣外殻貫通弾頭を搭載した誘導弾を一斉射。破片級の眼前で炸裂し、光の(あぎと)が次々と呑み込んでいく。

 砲艦は衛星やデブリなどを一纏めにした質量弾を発射。岩石の塊が絶獣の集団を巻き込みすり潰す。

 その後、空母から発艦した無人戦闘機爆弾がミサイルから逃れた敵目掛けて飛んでいき敵を自爆に巻き込む。

「雑魚は機動兵器群に任せ、艦艇の全戦力を彗星級、流星級に集中させろ」

 プラネットシスターズ達を中心としたスレイヴ機が楔となって破片級の群れを左右に分断。空いた隙間にアマテラス、ツクヨミ、スサノオのビームが、彗星級と流星級を切り裂き、貫き、引き裂いていく。

 衛星要塞は自らの核から生み出したエネルギーの塊を放出。直撃したところは残骸も残らず消失した。

「ミサイル艦、ミッシル、ヴリマ轟沈。敵集団左翼から侵攻」

「狙いはミサイル艦だ。捨て身になっても死守しろ」

「ツクヨミからSOS。敵に取り憑かれたようです」

「プラネットシスターズに連絡。二番艦に取り憑いた敵を排除させろ」

「衛星要塞ガニメデとタイタンから通信途絶」

 ガニメデとタイタンがある方角から太陽が二つ生まれた。

「敵集団第十七波。いて座A*(スター)方向から出現」

「ツクヨミと艦隊で包囲殲滅しろ」

「敵流星級二体が防衛戦を突破しようとしています」

「一番近い味方は?」

「スサノオです」

「すぐに向かわせろ」

「しかし、三番艦は半壊状態と――」

「動けるなら戦える。すぐに向かわせるんだ! ぶつかってでも止めろと伝えろ!!」

 ――二月十三日 十二時二十二分――

「副長。艦隊の残存戦力を教えてくれ」

「スサノオ、反応消失。ミサイル艦、護衛艦共に全滅。救難信号はなし。砲艦はカノーネを残して全滅です……いえ訂正します。たった今爆沈を確認しました」

 聞いているだけで胸が張り裂けそうだ。

「続けてくれ」

「衛星要塞で健在なのは月、ヒペリオン、フォボス、ダイモスのみ。無人戦闘機爆弾の反応はゼロ。スレイヴ隊は全滅です」

 ワシは胸のつかえをとるように深く溜息をついた。

「まだ健在のスレイヴを確認」

「なに! それはどこの部隊だ。火星方面軍か、金星方面軍か」

「識別反応は八種類。プラネットシスターズです」

「おお。彼女達は生き延びたのか。それで何機健在している?」

「九〇機中、八機です」

「八機か、いやそれでも今は生きている幸運を喜ばなければな。ツクヨミはどうか」

「二番艦ツクヨミは機首部分を消失し航行不能。生存者は救難艇で避難行動中です」

「そうか」

 画面に表示された残存戦力の数は十三。十二時間前は、千九四一億とんで百二〇いた我が軍もここまで減ってしまった。

 しかし……。

 時計を確認すると午後一時を過ぎている。

「二十一度目の攻勢を退けて一時間経った。か」

「地球本部にこちらの勝利を報告しますか?」

 まだ油断できない。十二時間に及ぶ戦闘の影響で、いて座A*方面まで届くレーダーが使用不能となってしまったから、増援の確認ができない状況が続いていた。

「提督」

 いつも以上に、低く絞り出すような副長の声で察する。

「後何分で、ここに到達する」

「三十分後には、それとこれを見てください」

 最大望遠のカメラが絶獣の群れを捉えた。その最奥で一際大きく真っ赤なクラゲの姿が見える。

「なんだあれは、今まで見たこともない」

「絶獣との初遭遇から八百年。初めて見る新種です。大きさは直径十三万キロ。数は四」

 木星と土星の中間くらいの大きさ。しかも四体同時とは。

「提督。新種から彗星級が次々と発進。尚も数を増やしながら接近しています」

「惑星ほどの大きさの空母、というわけか」

「絶獣は進化している。いつかネットワークに侵入するような個体も現れるかもしれませんね」

「……本艦の状況はどうか」

「我が艦は第八〇装甲板の内、第七十五装甲板まで貫かれていますが、航行戦闘に支障なし」

「では迎撃だ。ここで撤退しても、待っているのは蹂躙される未来のみ」

「しかし、まともに立ち向かえる戦力は皆無です」

「後何分で接敵する?」

「今から三〇分後、正確には十四時〇二分です」

 たった三〇分で取れる対抗策はひとつしかない。

「副長。全艦隊に退艦命令。今から三〇分以内にここ海王星最終防衛ラインから離れるようにと」

「了解。作戦は自爆ですね」

「そうだ。本艦とツクヨミ、そして全衛星要塞を同時に爆破させ、絶獣を殲滅する。副長。この艦のメインコンピュータと残存部隊のメインコンピュータを接続してくれ。そうすればタイミングが狂うことなく一斉に自爆できる」

「了解。すぐに作業開始します」

 ――同日 十三時四七分――

「提督、作業完了しました。こちらをどうぞ」

 手渡されたのは自爆装置のスイッチだ。

「ご苦労。君もすぐに退艦したまえ。後は老いぼれの役目だ」

「いえ、お供させていただきます」

「副長、ふざけている場合ではないぞ」

「ふざけてなどいません。老眼持ちの提督が距離を見誤っては取り返しがつきません。なので私も監視を手伝わせてもらいます」

 ワシは前を向いたまま、強く眉間を摘んだ。

「助かる」

 ブリッジに警報が鳴り響き、副長が素早く状況を確認する。

「先行した破片級が取り付きました。損傷した第八〇装甲板に取り付いて自爆しています」

 八〇装甲板は本艦の最後の砦。破られたら内部から食い破られてしまう。

「今自爆したら、どれだけ巻き込めるか」

「七割ほどです」

「くそ!」

 取りつかれたら払う術がない。直掩機を残しておけばよかったか。

「本艦に取り付いた敵反応が消失していきます」

「どういう事だ」

「破片級の反応で埋もれて、味方の反応を見逃していました。数は八。プラネットシスターズです」

「何故戻ってきたのだ」

「入電。『旗艦の援護に回る』と」

「……すまぬ」

 プラネットシスターズのおかげで本艦に取りついた破片級は一掃された。これで敵を引きつけるまで保たせることができる。

 丸腰になってしまったアマテラスに代わり、プラネットシスターズのスレイヴ達が戦っている。

 狙撃し、槍の如く突撃し、円盤を投げ、拳で殴り、ミサイルを一斉発射し、鞭で切り裂いていく。

 その中でも凄まじい働きをしている二機がいた。地球の機体はバリヤーで敵の攻撃を反射しながらライフルで確実に潰している。

 サン・オブ・ザ・パワーの称号を持つ火星の機体は、踊り子の如く優雅に敵の間をすり抜けながら、二振りのビームの刃を煌めかせていた。

 だが、獅子奮迅の活躍も長くは続かない。

 レーダーから次々と彼女達の反応が消えていき、最後の一機と残った火星の機体も流星級と相打ちになって消えた。

「提督。敵全体が爆発範囲内に収まりました」

「ワシも確認した」

 左手からは海王星が近づいているが、作戦を中断する理由にはならない。

 アマテラスが咳き込むように震える。既に艦全体に破片級が纏わり付き、最後の砦だった第八〇装甲板も貫かれた。艦橋に殺到するのも時間の問題だ。

 ワシが自爆装置のスイッチに指をかけると、副長が話しかけてくる。

「提督。これで絶獣は全滅できます。第四次防衛戦最大の功労者ですよ」

「いや、それはこの戦いに参加した全ての将兵達だ。もちろん君もだ、副長」

「恐れ入ります」

 沈黙が訪れた。副長も覚悟を決めたようだ。

 アマノ博士。後は頼んだ。君が作った太陽で人類を導いてくれ。

 スイッチを押し込む。瞬間、秒速三〇万キロの光に包まれた。


 ――完――

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