不倫夫にメリーさん凸を仕掛けてやった
『今博多に着いたよー。早く洋に会いたいよ』
『ははははー。出張頑張ってこいよ。来週帰ってくるの楽しみにしてるよ』
その後、トークアプリに猫の「寂しい」スタンプが送られてきた。それを私はアパートの寝室のクローゼットの中で受け取った。当然無音の設定にしてある。
私の名前は遥香。28歳会社員。結婚二年目。子どもなし。
夫は洋。29歳、会社員。年収550万で二人の年収を合わせると一千万に届かないくらい。
まあ家を買うためにお金を貯めてぼちぼち内覧会に行こうかなんて話をしてた。
しかしですよ。どうやら洋のやつは会社の後輩と不倫してるみたいだったのです。
私を舐めているのか、セキュリティゆるゆるな洋のスマホから情報をキャッチ。当然アホの二人のトークアプリはゆっくりとムービーでトークのさまを証拠として撮影済み。マイパソコンにもコピー済み。
トークアプリを見たら、私の不満、えー先輩かわいそう。そうなんだ慰めてくれよー。私ならもっといい奥さんになれるのに。ホント? じゃあミキちゃんと結婚しようかな~。
この日に待ち合わせしよう。
わーい先輩と嬉しい~。
昨日は良かったよ。
もう会いたくなってる~。
とのヘドが出るやりとりゲットさせていただきました。どうやら何度も何度も密会を重ねていらっしゃるらしい。
トークの内容からですと、洋は私にもう女を感じない同居人なんですって。かれこれ数ヶ月のレスなんですよ皆さん。このスマホの内容を知る前日に求めてきたにも関わらずですよ?
もはや離婚は確定です。こんな二枚舌で、別の女とよろしくやってるヤツなぞ熨斗をつけてくれてやります。
ですがそれ相応の罰を与えなくてはなりませんよね?
洋とは家を買うために二人で貯めた五百万がありますが、こちらの共有財産は破棄してもらいます。さらに慰謝料三百万はもらいます。
お相手のミキちゃんも、仲間外れは気の毒ですから同じく三百万。
さらに二人は同じ職場で不倫をいたしているのですから、会社から懲戒を受けてもらいましょう。会社には内容証明を送らせていただきます。
良くて降格、悪くてクビでしょうね。けん責ごときでは許しませんよ、会社さん。
とりあえず、弁護士さんに相談に行きまして、内容証明と離婚して慰謝料の件を話したら、少し証拠が弱いといわれました。なるほどトークアプリのトーク内容だけですもんね。
分かりました。証拠を持ってきましょうということで、罠を張りました。
博多の支社に一週間の出張ということにしました。もちろん有給をとってウィークリーマンションにこの間入ります。
偽出張を洋に伝えると、まあ悲しんだ演技のうまいこと。私が先にお風呂に入り、洋に入ることを促すと、すぐに入りに行きました。
さあ30分ほどが持ち時間。すぐに洋のスマホのロックを外し、トークアプリのミキちゃんを確認しますと、すでにやりとりの後でした。
『わーい。ワルカが一週間の出張だってさ。泊まりに来なよ』
『やったー! じゃ一週間、先輩の奥さんしてあげりゅ~』
『可愛いなぁミキは。チュッチュッチュッ』
『ワルカさんの飛行機落ちればいいのに』
『そしたら保険金も入るしね』
ブチギレですよ!
え? 私、ワルカって言われてる?
そりゃ二人にとって悪い遥香さんですもんねー。略してワルカ。どうぞよろしく!
許さん! 許さんですよ!
◇
さてさて──。偽出張当日。私と洋は一緒に部屋を出た。偽出張は、一度会社に立ち寄ってから行くということで二人一緒に駅に向かった。
洋は私に不倫はばれていないと思っているから普段着の形で会話してくる。私も当然平静を装って会話した。
そして電車に揺られて、私はいつもの駅で降り洋に手を振る。洋は次の駅なのだ。そこにはミキちゃんもいるんだろうね~。お熱いこって。
私はすぐに別の電車に乗り込んで自宅へ。抜かりなく靴を持って寝室のクローゼットに入り込んだ。
すでに準備は万端。椅子も用意し、膝掛け、水、パンなども置いておいた。
三脚にはビデオカメラ。それをベッドに向かって構えている。クローゼットはアコーディオンのようなドアだ。そこの隙間はそれなりにある。そこから撮影を敢行。テストもちゃんとしてある。赤いランプが点くのだが、そこには色付きのテープを貼って光を遮断。
ここで彼らがことに及ぶのを撮影し、証拠とするのだ。会話を録音できるレコーダーも買ってある。
早く二人がこないかなー。来るまでにトイレに行って、ひと眠りしておこう。
時計の針が18時を指す。おそらく洋の会社の定時時間なので、一時間ほどで洋は帰ってくるだろう。
そして19時。ここからは見えないが洋の「ただいまー」の声。その後ろから「お帰りなさーい」と若い声。
お前らバカかよ。
コンビニの袋をシャラシャラならし、玄関でキスしているもよう。今まではトークアプリのみでしたけど、確定です。クソが。せいぜい、つかの間の平和を楽しむといい。
私は飛び出してしまいたい気持ちを押さえた。はぁ。洋とは三年付き合ってラブラブゴールインでケンカもしたけど最近までなんの疑いも持ってなかったのに。
好きだから、愛してるからなおさら許せない。泣き寝入りなんて絶対しないから。
リビングでコンビニ弁当を仲良く食べてから、二人仲良く風呂。キャッキャウフフて楽しそうな声が聞こえる。こっちはため息しか出ん。
そのうちに洗面台でシャコシャコ歯磨きの音。並んで歯磨きとは仲良いですね~、お二人さん。
20時。
ではそろそろ実行しますか。『ワルカ、メリーさん大作戦』を!
チンコン──。
リビングのほうからトークアプリの音。リビングのテーブルに置いてあるのね。
洋は頭をタオルで拭きながらそれをチェックしているようだ。
「あ」
「どうしたの? 先輩」
「やべぇ。ワルカ帰ってきそう」
「え。マジですか?」
ふふ。トークアプリに、『博多に到着して打ち合わせしたんだけど出張先で大事な準備が整ってなくて延期ー。とりあえず明日と明後日休みだけど帰ろうかなー?』って送った。
二人して慌ててるわ。ざまぁ。
「え、え、え。泊まってもらったらどうですか? 博多観光してきなよー。みたいに」
「それいいね、ミキちゃん」
お。なにがなんでも本日は君たちがお泊まりしたいのですなー。そうこなくてはいけません。
私のスマホのトークアプリが起動。もちろん音なし、振動なしの設定済みよ。
『わーい。ホント? 帰ってくるの楽しみー。でも今日は遅いし、泊まってきて明日は九州観光してきたら?』
うまい。以前の私なら騙されていたでしょう。えー、洋優しいとか言ってウルウル来てたでしょうねぇ。
ですが、今の私は遥香ではなく、ワルカなんですぜ!?
『ホント? 嬉しい! 実はそうしたかったんだ! じゃあ、長崎とか行ってカステラ買ってくるね! 明太子もたくさん買うね!』
クククククク。一度持ち上げてやる。こうすることで、洋もミキちゃんもホッとして、気持ちも盛り上がることでしょう。洋から可愛いスタンプいっぱい来た。こりゃ大変嬉しいのだろう。
今から地獄に落ちることも知らずに!
リビングから声がする。
「ホッ。明日九州観光してくるって」
「やったね~。一週間じゃなくなっちゃったけど、今日一日、いっぱい奥さんしてあげるね」
チュッチュッ、チュッチュッてアホか。お前らはすでに死んでいるというのに。
風呂上がりの薄着なお二人はとうとう私がおります寝室にやって来ましたよ。ようこそ私の城へ。
チンコン……。
洋の手の中からトークアプリ音。送ったのは私です。
「なに?」
「ワルカからだ。今飛行機に乗ったって」
「え? 冗談でしょ?」
「たぶんね……」
抱き合いを再開する二人。くぬぅ。チクショー! 証拠は押さえなくてはいけないが、目の前でこれを見るのはつらい。後はカメラに任せて見ないことにしよう。
「はぁん」
ベッドに倒れる音。テメーら! そこにアタシも寝てんだぞ! コラ!
チンコン……。
洋は動きを止めて、一度スマホを見たようだ。
「はー。やっぱ冗談だ」
「なんて?」
「今、空港に着いたって」
「うふふ、なあんだ」
そう。時間的に無理だよねーって分かったみたいで再開。そして私の苦行。どうやら仲良くなり始めたみたい。一応は不貞の証拠はカメラに収まってるはず。では投下です。
チンコン……。
洋はムカついて舌打ちしながら行為を中断せずにスマホをチェックしたようだ。
「ああ、クソ!」
「どうしたの?」
「タクシーに乗って家に移動中だと」
洋はスマホをベッドの横に捨てるように置いて、ミキちゃんとの仲良しを続行。私は次々投下。
チンコン……。
『今、近所のコンビニに降りました』
チンコン……。
『アパート前の小川の橋の上まできたよ』
チンコン……。
『今、部屋の前に着いた』
洋は横目でポップアップでメッセージを見るだけになった。
しかしため息をついて、ミキちゃんとの仲良しを中断し、クローゼットに背中を向けてベッドに腰を下ろした。
「大丈夫?」
ミキきゃんの優しい声。洋の背中に張り付いて一緒にスマホを見てる。
洋はため息をつきながらトークメッセージを送ってるようだった。すると私の手元にメッセージが届く。
『もーう、冗談やめろよ~。部屋の前見たけどいないじゃん。どこのホテルに泊まってるの~?』
さらに笑顔のスタンプ。うまいね~洋。でも舌打ちとため息つきながらこれ打ってたんだね。もうお前など信用せん。
チンコン……。
『え? どこかですれ違った? 今玄関に入ったよ。あれ? リビングに空のお弁当二つ……。まさか浮気してないよね』
激しく洋とミキちゃんの背中が縦揺れした。そんなにビクつく? 思わず笑いそうになる。
チンコン……。
『え。洗面台に歯ブラシ二つて。冗談だよね。ヒロシ~』
そして泣き顔のスタンプ。洋の背中がめちゃくちゃ小さくなるのが分かった。ミキちゃんキョロキョロ。
やめろ、やめろお前ら。面白すぎ。
チンコン……。
『今から寝室に入るね。洋、信じてるから……』
二人はビクついて、ベッドの壁側に移動し、ミキちゃんは毛布を被った。そして寝室のドアを見つめる。
チンコン……。
『洋』
『今、わたし』
『あなたの』
『後ろにいるの……』
おそるおそる、後ろを振り返る二人。その視線の先にはクローゼット。
一拍間を置いたのち彼らは安堵の溜め息をした。その時……。
「なにやってんだ! お前らー!!」
「キャー!!!」
私はカメラを手で持ってクローゼットから登場。
ミキちゃんは、無様に逃げようとして洋の頭を飛び越えてベッドの下に落ちて頭を打っていた。洋はミキちゃんに手やら足やらぶつけられ、潰されてグニャってなってた。ざまぁ。
私はというと、大爆笑し過ぎて声が出ない。後で巻き戻してミキちゃんの様子をスローモーションで見ようと考えていた。
「はー、おもろい、おもろい。ワルカ参上!」
と言うと、二人とも目を丸くしてた。ミキちゃんは洋にすがりついて、洋は床に降りて土下座の姿勢。
「ちが! 違うんだよ!」
「なにがよ~。裸で説得力ないよ。してたんでしょ? いやしてたよね。カメラにも撮ったし。他にも探偵さん雇って証拠写真山ほどあるけど?」
ウソ。探偵さん雇ってない。でも二人とも完全に沈黙して観念したようだった。
私は勝利宣言する。
「洋の不貞のため離婚します。財産分与の話は後程弁護士から通知が行きます。お二人には慰謝料を請求しますので、後は弁護士にお話しください」
とやると、ミキちゃんは複雑な顔。おそらく慰謝料への不安と洋と結婚できるという希望。しかし洋は真っ青な顔をして叫んだ。
「そ、そ、そ、そんなやだよ! 遥香とは離婚しない。こんなの遊びだよ。彼女とは別れるし、もう会わない!」
「な、なに言ってるんですか先輩!」
「やだやだやだ、遥香と離れるなんてやだよー!」
「ちょっと先輩! 奥さんが離婚してくれるって言うんですから良かったじゃないですか!」
そうそう。ワルカは離婚に応じてくれない悪い嫁というのはトークアプリで確認済み。それが別れるってんだから、洋はミキちゃんと晴れて結婚。おめでとう! たくさんの慰謝料抱えながら。
「遥香ゴメン。愛してるのは君だけなんだ。彼女とはほんの気の迷いなんだよ」
「うん、知ってるよ」
「え?」
私は笑顔で答える。
「洋は私のこと好きだと思う。ちゃんと行為もしてたし、レスじゃなかったよね。毎日キスもしてたし」
「うんうん」
「でもとても不誠実! 私にもミキちゃんにも愛をささやいて、今は好きなミキちゃんにバレたから別れると言い、私のことはミキちゃんとのトークメッセージで女として見れないって言ったり」
「あわわわわわ」
「そんな不誠実な人と、今後結婚生活を送れません。子どもができる前で良かった。お世話になりました。ではさようなら」
私は共通の通帳などが入ったバッグを片手に寝室をでた。洋は追いかけてこようとしたのだろう。服を着ようとバタバタしてたけど、足がもつれてスッ転んだ音が聞こえたとき、私は外にでてウィークリーマンションに向かっていた。
◇
その後。洋とミキちゃんから慰謝料三百万をそれぞれいただき、財産も全ていただいた。
弁護士の先生からは裁判になったらクローゼットの話は問題になるかもしれないからさっさと進めてしまいましょうということで、会社にばらすのと裁判にするのは止めてお金だけ頂きました。
ミキちゃんは、洋に猛アタックを仕掛けて付き合うことになり、同棲し始めたけど、そもそもあの時の洋は私と家を建てるために躍起になって働いており、その姿がカッコ良く写っていたのだろう。落ち込んで、慰謝料でボロボロになった洋を早々に見限り、新しい男を見つけて洋はアパートから追い出されたようだ。
洋は私に復縁を求めてきたが、そんな気は毛頭ないと突っぱねて帰らせた。しばらく付きまとわれたが、眉を吊り上げて「なに!?」と迫るとおどおどして去っていった。バカめ!
私は、しばらくは慰謝料で傷心旅行を繰り返したが、会社の上司に食事に誘われ、何度目かの食事のときに、告白された。
入社当時から私のことを好きだったけど結婚してしまい、気持ちを殺してたけど別れたと聞いて、是非とも気持ちを伝えたかったということだった。
上司独身。そんなに長い間思っててくれたんだ、誠実な人だなぁとお付き合いを開始した。
半年後にプロポーズを受けて、その半年後に結婚。半年後に出産って計算合わなくないって言わないで。もう婚約してたから。
お互いの貯金で家を建てて、今は専業主婦。今日も愛する旦那さんを玄関までお見送り。
「遥香。行ってくるよ!」
「あなた。行ってらっしゃい!」
今度こそ、信じられる人と一緒になれた。洗濯物を干す私の上には、今の私と同じく一点の曇りもない青空が広がっていた。
【了】