話しかけてきた隣人
「昨日のことは話す必要ないか」
浩介は家を出る前に呟いた。昨日の一之瀬涼花とのやり取り。わざわざ友達に話す理由も無いためとりあえず黙っておこうと考えた。
「一之瀬さん、可愛いなやっぱり」
遥斗がそう話しかけてくる。
窓際の席で1人昼食をとる涼花の方を見ると確かに雰囲気が違う。別世界の住人のような美しさだ。
今は昼休みで生徒が各々弁当やコンビニおにぎりを並べて昼食をとっている。有栖川学園は敷地が広く、生徒数も一学年800人とかなり多い。そのため人が大量に集まる食堂がない。そのためほとんどのものが弁当やコンビニおにぎりで昼食を済ませる。食品販売専用のワゴンもあるが、かなりの争奪戦となるため食料をてに入れるのは至難の業だ。
「俺は可愛いというよりは綺麗だと思うがな」
「まぁお前は感性が大人っぽいからな·····。俺からみたら可愛いし綺麗だしってもう最高かって感じだよ。葵の可愛さには負けるけどな」
葵は体育委員の仕事があるらしく、一緒に昼食をとることはできなかった。まぁしかたない話だ。
「すぐに恋人自慢するの、やめた方がいいぞ」
「なんでだよ。嫉妬でもしちまうか?」
「クラスから殺人光線飛んでるの感じないのか」
昨日の時点で遥斗と葵が付き合っていることはクラス全員が知っている。なぜなら、
「そこにいるバカそうなやつ、あたしの彼氏だから!」
と、自己紹介の時に葵が言い放ったからだ。とっつきにくそうな涼花より、明るい葵の方が男子から狙われると思い、遥斗がそう言うように指示したのだ。そのときの男子の落胆ぶりは酷かった。見ていて笑ってしまうぐらいには。
「ま、葵に悪い虫がつかないようにな。やるのとやらないのじゃ全然違うんだよ」
「そういうものなのか·····。大変だな、付き合うって」
「そういうもんだよ。お前も彼女作れば分かるさ」
「容姿も運動も勉強も普通だからなかなか難しそうだな」
「お前はイケメンな気がするけどな·····。有栖川の時点で頭はいいし」
「おだててもなにも出んぞ」
「いや本心だよ。まぁ奢ってくれないかなとは思った」
「はっ倒すぞ」
そんな男子高校生らしい話をしながら浩介は目を一之瀬涼花に向けていた。その時の浩介には何故かは分からなかったが。
「じゃあ、また明日」
「おう」
「気を付けてねー」
途中まで遥斗、葵と共に帰路を共にした浩介は2人に別れを告げ、家へと向かった。
「不知火くん」
不意に、声がかかった。
「一之瀬、どうしたんだ?」
涼花は買い物をしていたようだ。手にはスーパーの袋がある。しかし、かなりの量だ。1人で使うには多すぎる気もする。
「いえ、たまたま見かけたので話しかけただけですよ。隣の部屋に住むもの同士ですしね」
「そうか。ところで·····その袋、重そうだな。持とうか」
浩介はそう言った。他意はなかった。単に重そうだから、と思っただけである。
「それは有難いですが、いいのですか?」
涼花が遠慮がちに言ってくる。浩介は身長が高く、180センチとかなり大柄だ。対して涼花は160センチ。ちょうど上目遣いに見える。浩介は不覚にもその目にドキドキしてしまった。やはり彼女は綺麗なのだ。
「あ、ああ。どうせ家は同じだしな、任せてくれ」
「では、お言葉に甘えさせていただきますね」
そうして2人は片手に買い物袋をぶら下げて、お互いの住む場所へと足を進めた。