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どうでもいい話

作者: 月光花

どうでもいいことなんだけどさ。

友人の明日香がそう切り出して、私を見やる。

私は特に彼女のほうを向くでもなく、スマホをだらだらと見続けていた。

「うちって、左右で目の大きさ違うんよね」

「へえ」

「なんか、右目は常に二重なんだけど、左目はその時の疲れ具合によって二重か一重かが決まるの。今日は3時間しか寝てないから一重。よく見ると違うんよ」

「ふうん。…ほんとにどうでもいいね」

あはは、と明日香は乾いた笑いを響かせた。

梨花ちゃんは相変わらず塩対応やねえ、と言いながら窓の外を眺める。

放課後の教室はがらんとしていて、人影のない窓際にカーテンがはためいていた。差し込む夕日が下校時刻がせまっていることを知らせてくる。

「ねえ、梨花」

「なに?」

「…」

明日香は言いにくそうに口を曲げていたが、やがて意を決したように話し始める。

「これもどうでもいい話なんだけど。私、好きな人がおってん」

「は?」

私は驚いてスマホから目を離して明日香を見つめる。彼女の頬はほんのり赤く染まっていた。

「まじか。初耳なんですけど」

「そりゃそうよ。うち、誰にもいっとらんかったもん。梨花ちゃんが初めてや」

「そっか。…で、誰よ?同期?同じクラス?どんな人?」

「めっちゃ食いつくやん」

「親友の好きな人とか気になるに決まってるでしょ。明日香かわいいのに全然そういうの興味なさそうだったから、なおさら気になるわ」

私の言葉に梨花は複雑な笑みを浮かべた。嬉しそうな、それでいて寂しそうな笑顔。

「そうやね。でも好きになったのはずっと前なんよ」

明日香は手元のミルクティーを飲みほして、愛おしそうに語りだした。

「うちの好きな子はねえ、いつもつっけんどんで、一見きつそうに見えるんやけど、じつはすっごくやさしいんや」

ツンデレタイプか、と私は推測する。明日香もギャップに弱かったりするのだろうか。

「そんでね、うちが困っとるとめんどくさそうにしながらいっつも助けてくれるんよ。その子はしっかりしとるけん」

はて。私は首をかしげる。明日香とそんなに親しい男子なんていたっけ。

「うちはその子と過ごしたこの学校での日々がすごく幸せだったんや。…3年間ずっと同じクラスになれてほんま嬉しかった」

明日香は流れるようにしゃべり続ける。私は黙って聞いていた。なんとなく、胸がざわざわしていた。

「その子はねえ。ロングヘアがきれいで、目が大きくて」

明日香は不意に私を正面から見つめた。私も思わず見返す。

「月の形の、金色のピアスが良く似合っとるんよ」

カーテンが風にあおられて、私の耳のピアスを紅く染めた。校則違反で、教師からよく注意される三日月のピアスを。


それは私の彼氏が誕生日にくれたものだった。


明日香がそれきり黙ったから、私たちの間には沈黙が流れた。


「あのさ」

私の声に明日香はばっとこちらを向く。

「どうでもいいことなんかじゃないでしょ、それ」

明日香の顔をしっかり見ながら、ゆっくり言う。

明日香は首を縦に振った。

「うん」

「…気持ちは嬉しい。これはほんと。でも、私には」

私の言葉を遮り、明日香は再び喋りだす。

「そうだね。大切なことや。叶わないって知っとったけど、どうしても卒業する前に言っときたかったんよ。最後の最後に困らせてごめんな」

梨花には彼氏がおるんやけ。明日香はそうつぶやく。

「だからこれはうちの自己満足や。…伝えられてよかった」

そう言って教室を出ようとした明日香の背に向かって私は、精一杯の気持ちを込めて謝った。

「明日香。…ごめん」

明日香は梨花は悪くないよと寂しそうに笑った。


明日香が出ていった後の教室で、私は一人帰り支度をする。


私は3年も明日香の何を見ていたんだろう。ずっとそばにいながらその思いに気づけなかったのが、ただ苦しい。そう思いかけたところで首を振る。

「苦しかったのは明日香だよね」

夕焼けの中、私はぼんやりと帰り道を歩いた。

痛む胸が自分勝手な感情の表れのようで、なおさらつらかった。

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