違法異世界召還は損害賠償を請求します
これはあくまでもフィクションです。実際の違法行為はしないで下さい。あとこれを真に受けて怒らないでください。いいですかあくまでもフィクションですからね?
「知っていますか? 人間の世界では人の制作したものを無断でダウンロードすると捕まるそうですよ?」
美しい女神はそう言いながら手に持った書類を叩いてみせた。見るものによって色を変える、腰まで届く長い髪を手ではらうと上等な絹のように滑らかに流れる。美しいという言葉を集めたらこのようになるだろうとしか言えないその女神は今は怒りのあまり震えていた。
少女と呼ぶには大人びているが美女と呼ぶにはまだ若い女神はまなじりを吊り上げる。
「勝手に人の世界から違法召還するなんていい度胸していますね?……ああん?」
その美しい声に似合わないドスの利いた声で睨みつける。
憐れにもそんな恐ろしい女神に叱られているのはまだ子供としか言えない見た目の女神だった。
金の髪を持つ女神はその銀の瞳から今にも涙が零れ落ちそうなくらい潤んでいる。
怒り狂っている女神は地球の管理を任されている女神でテラと呼ばれていた。一方、見た目が子供の女神はフィーリアと呼ばれており、フィアースの管理を任されたばかりの新米女神だった。
フィアースはいわゆる地球の日本で人気の異世界モノと呼ばれる世界にそっくりであり、魔王などいたりもする。
「ご、ごべんなざい……ど、どうじでも……あぐぜいばおうが……だおぜなぐで……」
フィーリアの瞳からとうとう涙が零れ落ちた。端から見れば子供をいじめている現場にしか見えないがここは神々の住まう世界。
まだ子供にしか見えないフィーリアですらすでに300年は女神業をやっているのだから見た目通りではない。もっとも神々の基準だと300年程度だと見習いを卒業するかしないかくらいの扱いでしかないのだが。
「女神歴46億年の……大ベテランのテラ様の世界なら……グスッ……きっとなんとか……してくれると……おもっでぇぇぇ」
また泣き出したフィーリアを見ながらテラは顔を引きつらせる。
(さりげなく年齢でディスってきたわねこの子)
フィーリアの世界のフィアースは出来てから1000年ほどしか経っておらず、地球のように惑星から出来たのではなく、神話のようにそこにポンっと生まれたファンタジー世界だった。
こういう世界は途中から見習いに引き継がせ、経験を積ませるためにやらせるのが慣例となっている。フィーリアもご多分に漏れずその見習いの仕上げに任されたのだが。
「まぁ、運悪く悪性魔王が発生したことは同情するわ。通常は見習いに任せるような世界には発生しないものだから、今回のことは運がなかったと言えるもの」
世界にはたまに悪性腫瘍のようにその世界に釣り合わない、世界を滅ぼしかねない魔王や怪物が生まれることがある。通常は見習いでは対処できないのでそう危険性がある世界は回されないのだが全く起こりえない事態というわけでもないのだ。何事も例外はあると。
フィーリアは運悪くその例外に当たってしまい、彼女の手に余る事態へと発展してしまったのだ。本来ならここで報告すれば良かったのだが、彼女は報告をためらってしまったのだ。
というのも、今回の件は彼女にはなんの責任も無い為にペナルティなどは発生しないが、記録には世界の管理に失敗したという結果は残ってしまうのだ。
もちろん説明したり詳しく調べてもらえば分かることなのだが、記録に失敗という文字があるだけで敬遠されるようになるあたり、あまり地球の人間社会と変わらないのかもしれない。
悩みに悩んだフィーリアはその結果、とうとう禁断の果実に手を伸ばしてしまったのだ。
「だからと言って! ほかの世界から勇者を召還する際にはその世界の担当に連絡するのが規則でしょうが! 勝手に召還すればそれは違法召還なの! 処罰の対象になるのよ? 分かっているの?」
――違法召還
召還とは通常その世界で解決出来ないトラブルが発生した際に他の世界から人材を派遣してもらい、自分の世界に来てもらう代わりに報酬を支払うシステムとなっている。
日本のサブカルチャーの異世界召還はこのシステムが何らかの形で伝わったものだと思われる。ちなみに召還と言われているが転生もこれに含まれている。
しかし、その世界を管理する神に連絡せずに無断で召還すればそれは違法召還となり処罰の対象となるのだ。無断で召還すれば召還された対象の元の世界とのパスが切れてしまい帰れなくなるために問題になってしまうのだ。
ちなみに違法召還は最高で200年以下の懲役若しくは 2000万G以下の罰金が科せられる。※GとはゴッドのGだと言われていますが諸説あります。
「ごべんばざーい!」
さらに泣きじゃくるフィーリアにテラはため息をつくとそっとハンカチで涙を拭ってあげる。
「反省したのなら今回は通報はしないでおいてあげるわ。もう違法召還なんてしたらダメよ?」
「ヒグッ……はい、グスッ……分かりました」
「分かれば良いの……それじゃあ示談金の話だけれど」
「……え?」
フィーリアは大きな目をぱちくりとさせた。
「示談金?……えぇ!」
「なによ、当たり前の話でしょ? あなたの違法召還によって私は優秀な人材を失ったのよ? 損害を補填するのは常識でしょう?」
「……い、いくらでしょうか?」
「600万Gで許してあげるわ」
「ろっぴゃくまんじー!!」
フィーリアのような見習い卒業予定の女神には到底払うことは出来ない金額になる。現在の彼女の年収は240万Gなのだから。
「む、無理です! そんなお金持っていません!」
「別にいいわよ、その場合は神界裁判で争うだけだから。あ、もちろん通報もセットでプレゼントよ。裁判所からの通知書を楽しみにしておくことね」
無慈悲にもテラはニヤリと笑うともう行ってもいいわよと言わんばかりに手で追い払う。
「ま、待ってください! お金は分割でも払いますから、通報だけは!」
「あら、分割の場合金額上げるけれどいいかしら?」
優しくたずねるが内容は何一つ優しくない。
「それで……お願い……します」
「そんなに落ち込まないでちょうだい。たった100万G上乗せするだけだから」
もはや笑う力すら無くしたフィーリアは乾いた笑いをこぼしながら力なくテラの部屋を後にしていった。
「それで毎月振り込まれている示談金がなぜ残っていないのですか!」
テラをサポートする役目の御使いであるアースは通帳を握りつぶしながらテラへと詰め寄った。
「別にいいじゃない、あのお金は私の世界への示談金なんだから私のお金でしょ?……ああ、もうまた爆死したわ」
「確かに使用の用途は各神に任されていますが、まさかどこの世界の神様がそのお金を毎月スマホガチャに全額溶かすとか思いますか!!!!」
「ここにいるじゃなぁい……ちぇ、星4か」
ケラケラと笑うテラの前に膝をついてアースは項垂れた。
「それに違法じゃないわよ。ちゃんと法律で自分の世界の娯楽に使うお金は経費で落ちるって決まっているんだから。さすがに他の世界のはダメだけど」
「その法律自体どこぞの世界の神様が自分の世界の娼婦に貢ぐためにねじ込んだ悪法じゃないですか」
「悪法も法よ」
テラは少しも悪びれることもない。さっきから同じ音が繰り返されているがきっとガチャを回しているのだろう。
「それにしてもテラ様の世界の地球から、特に日本人の違法召還は減りませんね。何か原因でもあるのでしょうか?」
「ああ、それね。だって日本人はそのためにいろいろ手を加えたもの……この星5は持っているのよね」
「はい?」
テラはスマホを置くとアースを呼び寄せた。
「これを見て御覧なさい」
「これは!?」
そこには日本のサブカルチャーの様々な媒体が映し出されていた。
「もちろん、これらの作品を生み出したのは作家自身よ。それだけは間違いないわ。ただ、私がしたのはこういうモノが集まるようにちょちょっと因果律をいじっただけよ。そうすれば他の世界に行っても順応が早い人間が出来上がるでしょう?」
「まさか! 地球には魔力を使う下地なんか無いくせにやけに日本人を膨大な魔力をもつ種族として作ったのは!」
テラはニヤリと笑った。
「向こうが勝手に日本人を違法召還してくれるんだもの。結構良い稼ぎになっているのよこれ」
(邪神認定が存在しないことをこれ程悔やんだことはありませんね)
アースは決して口に出せないことを思いながら『異世界召還されたらチートをDLCとして買わされました』というタイトルの小説を喚び出してみた。
「まさか彼らは自分たちがガチャを引くためにこんな運命を仕組まれているなんて思いもしないでしょうね」
テラはもうすでにスマホを片手に絶叫をあげている。
「ギャー! なんでピックアップ召喚が復刻するのよ! これじゃ年末には人権ユニットが来るって言うのに! 福袋もあるのよ!」
「はぁ、爆死してしまえ」
アースはそう呟くとまたしても違法召還されたことを告げる警告を受け取るとテラの部屋を後にした。
「そこのあなた、自分は無関係だと笑っていると後悔しますよ?」
私はこんな理由で召喚されたらブチギレる自信があります。誰かこの邪神を討伐してくれないだろうか。
ちなみに女神のやっているゲームは鯖を厳選して育成する育成バトルゲームをイメージしています。