トイレの花子さん
学校の三階の奥まったところにある女子トイレ。その一番奥にある個室の前に僕はいた。
男子である僕がなぜ? なんてことはない、ただの罰ゲームだ。トイレに入るところまでは見守っていた――けしかけてきていた友人たちはさっさと引き上げて教室でゲームを再開していることだろう。
女子トイレに男子が立ち入る事自体がバツみたいなものなのに、この上僕にはやらなければいけないことが待っている。
個室の扉を三回ノックする。
そしてこう尋ねるのだ。
「花子さん、遊びましょ」
学校の怪談。その一言で全てを表すことができるその行為。
トイレの花子さんという、どこの学校にも存在するらしい怪談話。僕の学校にもその話はある。
そして僕は、罰ゲームと称してその怪談を確かめさせられているというわけ。
花子さんなんているわけない。そう思いつつも、花子さんと遭遇したらどうなってしまうのだったかと、その先を心配し、恐怖する自分もいる。
だからこそ、
「は、は~ぁ~い」
と、少し裏返ったような高い、澄んだ声が聞こえたとき、僕の心臓は大きく跳ね上がった。
キィ……と、さっきまで完全に閉じていたはずの扉が開いていく。
徐々に開いていく扉に、高鳴る僕の胸。
果たして、完全に開ききった扉の向こう。閉じた蓋の上に座る少女を見たとき、僕の心臓が恐怖以外の何かで強く脈打った。
怪談で聞く花子さんの容姿はおかっぱで、赤いちゃんちゃんこを着ているというもの。大体が小学校の低学年くらいの要望で描かれていると思う。
果たして、僕の目の前に現れた花子さんは、たしかにおかっぱ頭かもしれない。肩口で切りそろえられた髪はふわっとしたボブカットだった。
赤いちゃんちゃんこは着ている。ブラウスに暗い色のプリーツスカートを身にまとい、少し暗めな赤い色のカーディガンを羽織っている。
そして年は若い……小学校高学年か中学生にも見える感じで、スッキリとした顔立ちが大人を感じさせるのに、何故か赤い頬と少し垂れ目気味な目元が親しみやすさを感じさせる。
そんな女の子が、僕の前に現れた。
「あ、あそびましょ?」
花子さんが訪ね返してきたのに、僕は直ぐに返事ができなかった。
お姉さん――花子さんは返事をしようとしない僕をいぶかしがって首をコテンとかしげた。そんな仕草が可愛く感じたとき、僕はようやく口が動くのを自覚した。
けれども、僕は自分が何を言おうとしているのか理解できなかった。衝動的、本能的な何かが濁流となって口からほとばしる。
「花子さん、僕と付き合ってください! 好きです!」
放課後の女子トイレに、僕の声が木霊した。
「は、はい……?」
花子さんは、目を点にしてしばたたかせていた。
「……よー、遅かったじゃね―か、って誰それ?」
教室に戻ると、案の定友人たちはゲームに興じていた。罰ゲームのことなど忘れていたかのように教室に戻った僕を出迎えた友人の問いかけに疑問符が浮かんでいた。
彼の疑問も当たり前だ。僕の隣には……、
「あ、うん。彼女は花子さん。えっと……僕たち付き合うことになったんだ」
僕より少し背が高いお姉さんなのに顔を赤くしてもじもじしているきれいな黒髪の女の子が立っているのだから。
次の瞬間、教室に友人たちの絶叫が響き渡った。
こんな話が読みたい。