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昼と夜が同じ場所でいる時

 14


 ──エルフはひどく排他的で、人間を憎んでいる。


 《旅人の日記》に記述されているエルフの情報は概ね正確なものだったが、こればかりは間違いと言わざるを得なかったな。

 などと感慨に耽りながら、細身の青年は帰ってきた街をしばし眺めていた。割れて土のさらけ出た石畳。倒壊してばらばらになった家屋。世界のすべてが夕陽のライトオレンジに染まっていた。悲惨な光景ではあるが、不思議と美しいようにも思えた。


「……世話をかけたわね」

「《日記》に反するエルフがここにも」

「は?」

「いいや、なんでも。……短い間だったが、あんたとは仲良くなれたような気がしてるよ」

「きっと勘違いね」

「そうかい」

「まあ、なによ。……あんたがそれを《勘違い》するのはあんたの勝手なんじゃないの?」

 長い耳をぺたんと伏せた少女は俯きがちに唇を動かした。その様子がおかしくて、煉斗の口角が思わず持ち上がる。

「そうさせてもらうよ」

「その顔、やっぱりむかつくわね」

「俺はあんたのツラ、嫌いじゃないけどな」

「ばっ、馬鹿なの?」

「ははっ、そういうとこも気に入ったよ」

「やれやれ……ここはバーじゃないのよ」

「口説くならもっと上手くやるよ」

 そこに、こちらも何やら距離を縮めたらしき、メイドの少女と女王がやってきた。


「煉斗、なんの話をしていたんですか? ナンパの経験なんてないくせに」

 ライラがプッと吹き出した。煉斗は心外そうに眉を持ち上げた。

「なんだと? それはお前の《思い違い》かもしれないぜ」

「え? そんな……まさか。冗談ですよね?」

 女王には煉斗がなぜ色恋に手を出さないのかが分かった気がした。煉斗は女王の胸中を察したようだった。

「ふん。ハナから情事には興味がないんだよ。ほんとに」

「おや。顔に出ていましたか」

「ともかくだ。俺は女王サマのことも良いやつだと思っているよ。 別れるのが惜しいくらいに」


 《別れ》。今まで事態の対応に追われてすっかり忘れていたが、もともとこのふたりはなんの因果かこの森に迷い込み、一宿一飯を貸し与えただけの存在なのだ。彼らは旅人であり、用が済めばまた新たな目的地へと旅立っていく。

「これから、どうするのですか?」

「ひとまずは出口を探すかな。いつのまにかここに来ていたんだから、戻るときもそんな感じでいけるだろ」

「いつまでもここに居座るわけにはいきませんからね」

「そうですか……」

 すると女王は、何かを抱えるように両手のひらを胸の前で上向け、その姿勢のまま、こう語り始めた。

「《妖精神話》──ヴォジャノもこれに登場するのですが、この最後には、《勇者の章》という一節があります」

 女王のしなやかな指に包まれ、何もない空間が新緑色に輝き出す。

 彼女は続けた。

「──妖精の理にはない《世界の外から来た者》が森に迫る危機を退ける──。

 最初、わたくしはこれを、《神が救いの手を差し伸べる》物語だと解釈しました。ですが、もしかしたら、いえ、きっと──」

 両手の輝きが強くなった。眩しさに目を細める。

「《外から来た者》は。──《勇者》とは、あなた達ふたりのことだったのですね……」

 光が収束した。その掌の上に出現していたのは、煌めく何かだった。


「指輪とネックレス?」

「ええ」

 女王は首飾りを煉斗に、指輪をアイリスに手渡した。

「くれるのか?」

「綺麗……でも、これは、魔力でしょうか……?」

 二つのアクセサリーには、純金のような、蜜柑のような橙色をした宝石が嵌められていた。夕日にも似た光を湛えている。飾りとしても美しいが、それだけではなく、何か、内に秘めた力のようなものを感じる。

「それは、《世界樹の石》です。

 世界のどこかにある《世界樹》は満月の晩、もっとも高い枝についた葉から一滴だけ、雫を零すと言います。その宝石は、それを集めて結晶化したものです。《世界樹の石》は、持ち主を火と毒のまじないから守護する力を持ちます」

 やはりアイリスの直感は正しかった。この小さな飾り物が、そのような強力な効果を有しているなんて。

「でも、そんな希少な品物、頂いてよろしいのですか?」

 女王は頷いた。

「《世界樹の首飾り》と《世界樹の指輪》は、わたくしの何世代も前から受け継がれてきたものです。母からこう教わりました。

 ──いつか神話の通りに、《外から来た者》がエルフの窮地を救うかもしれない。そうなった時、これを勇者様にお渡しするんだよ──」

「それは……」

「《妖精神話》では勇者は二人組として描かれていました。そしてこの言い伝えは祖母よりもっと前から伝えられてきた、いわば《予言》でもあるのです。

 けれど、そうでなくても、あなたがたは紛れもなく我らの《勇者》なのですよ。レント。アイリス」

 今まで素っ気ない態度を貫いていた彼女の言葉だった。


 ライラは何も言わないでいるが、否定もしなかった。やがて視線を逸らしつつも、言った。

「人間のことは、汚くて卑しい生き物だと思っていたけど……それはあたしの、勝手な思い込みだったのかもしれない」

 これを混ぜっかえすのが、煉斗である。

「珍しく殊勝なことじゃないか。いい心がけだ」

「あたしのなにを知ってんのよ!」

「素直になれない可愛いヤツ」

「あんたもね」

 紫髪の青年と妖精の少女の間に流れる空気は、剣呑なものではなかった。

「他のエルフは無事か?」

「教会に避難してもらってる。ちょっとケガ人も出たけど、すぐに回復するでしょう」

「皆さんとも仲良くなりたかったですね」

「また会えるわよ」

「そうだな」

「うん」

「ええ」

「そん時は、人族のことも教えてやるよ」

「楽しみにしてる」

「ああ」

「うん……」

「……」


 沈黙を共有した四人の胸の内には、同じ形の感情が渦巻いているのかもしれなかった。

「……じゃあ、俺たちは、行くよ。またな、ライラ」

「ティターニアさんも、お元気で」

 耳長の少女は、伏していた目線を持ち上げ、そこにあるいけ好かない顔を見つめた。

「……レント」

「ん?」

「ええと、その…………グッドラック」

 細身の青年はからからと笑った。

「サンキュー。お前もな」

 そうして、白衣を翻して、煉斗は歩き始めた。ひらひらと手を振るだけで、あとはもう振り返ることもなかった。エプロンドレスの少女もそれに続く。小さくなって森に消えていく後ろ姿。それを、森の妖精はいつまでも眺めていた。


 夕暮れの空は、昼と夜が半分ずつを分け合っていた。


これで第1話完結です……!

読んでくださった方、ありがとうございました!


2話からもよろしくお願いします^_^

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