記憶
あれは3年前になるだろうか。
突然父が死んだ。
いや、正しくは殺された。
俗にいう通り魔と言うやつだと思う。
本当にあの日のことはよく覚えている。
遠くから聞こえる悲鳴。
押し寄せる人々。
包丁らしき物を持った、黒い服装の人が2人。
私は怖くて動けなくなってしまった。
まさか自分がこんな目に合うなんて思ってもみなかった。
ただ立ってることしかできなかった私めがけて黒い服装の人が近づいてくる。
どうしよう。
怖い。
逃げなきゃ。
そう思っても足が動かない。
もう終わりだ。
私はここで死ぬんだ。
そう覚悟した。
でも私は刺されなかった。
刺される寸前に、私に誰かが覆いかぶさったのだ。
一瞬の出来事で何がどうなったのか分からなかった。
俯いた顔を上げるとそこには父の顔があった。
見慣れた顔を見れたことに安心感を覚えた。
しかしそんな気持ちは長くは続かず。
次の瞬間、父は地面に崩れるような形で倒れていった。
「お父さん...?」
信じられなかった。
目の前に父が倒れているのだ。
背中を真っ赤に染めて。
白い服が、体内から出たばかりの新鮮な血で染め上げられていく。
さっきまであんなに元気に話していたのに。
しょうもない事で笑いあって。
それなのに。
それなのにどうして。
どうして私のお父さんなの?
なんで...?
「お父さん...お父さん‼︎ねぇ、お父さん!パパ‼︎お願いだから...。パパ!」
叫んで、気づいたら泣いていた。
彼の体を腕の中に抱え、意識が戻るのを願った。
その間も涙は止まらない。
叫ぶ声も途絶えることを知らない。
ただただ必死に叫んだ。
消えゆく命をなんとかこの世に繋ぎ止めておきたくて。
声が枯れてもなお続ける。
「パパ!」
「......じゅり」
突如聞こえたその声によって、私の声や涙が一瞬にして止まった。
けれど、待ち望んでいたその声はとても弱々しかった。
私の知っている声ではあるものの、それは少し別人のように感じた。
「お...とうさん...お父さん!」
止まったはずの涙がまた溢れ出した。
それはまるで滝のように、止まることを知らない。
泣いて泣いて、父を強く抱きしめた。
「じゅり」
再び呼ばれて、きつくなっていた拘束を解いた。
父の顔は少し歪んでいるように見えた。
「じゅり...ごめん....な。こんな目に...合わせちゃって。」
突然謝る父。
なぜ私は謝られているのだろうか。
その言葉を言いたいのは私だというのに。
「今日こんな所に来な...ければ...珠理が怖い目に..遭わず...に済んだのにな...。ごめ..んな...」
そんな事を言われ、私は少し腹が立った。
「そんなことない‼︎ここに来たいって、行きたいって言ったのは私!だからお父さんが謝るなんて間違ってる!今日は凄く楽しかったんだから。」
頭の中に出てきた単語を数珠つなぎにつなげていく。
何を言っているのか自分でも分からない。
ただ私の気持ちを全部伝えたくて、必死に声を出す。
「お父さんのおかげで楽しい思いができたんだ!これからもっと今日の事話すんでしょ?思い出話するんでしょ?お母さんとの馴れ初めとか聞かしてくれるって言ったじゃない‼︎だから。だから死なないで!お父さん‼︎」
私が必死になっている間にも、父の意識はだんだんと薄れていっているようだった。
指先が冷たい。
もうほとんど血液がいっていないように思えた。
最期のときが近づいている。
認めたくはないけれど、そう思わざるを得ない状況だった。
「じゅり...元気でいるんだぞ....お兄ちゃんと...ケンカ..はほどほどに。あと...薬とか...ちゃんと...飲むんだぞ。」
まるで遺言じゃないか。
そんなの聞きたくない。
聞きたくない!
そう思えば思うほど涙は止まらなくなっていく。
でも聞かねば。
最後まで聞かなければ。
絶対あとで後悔する。
「珠理、お前が父さんの子で本当に良かった。私達のもとに生まれてきてくれてありがとう。」
随分とハッキリとした口調で発せられた言葉。
私が生まれてきたことへの感謝が述べられ、その後に彼は優しく微笑んだ。
これまで見てきたどの笑顔よりも優しく、そして悲しみに満ちているようであった。