願い事
周りには、マスコミや野次馬が数えきれないほど集まっていた。
彼らのおかげで歩道は見えなくなり、容赦なく向けられるレンズに嫌気がした。
上空にはヘリコプターが飛び交い、現状をリアルに報道しているようだった。
私は、警察やら救急隊員やらの指示に従って、流されるようにその場を後にした。
病院で治療を受け、待合室の椅子に腰かけた。
周りには、私と同じように治療を受け終えた人たちで溢れていた。
どうやら大規模な通り魔事件があったらしく、私はその被害に遭った、ということらしかった。
何が起こったのか女性警察官に聞いた時、首を傾げられてしまった。
きっと変な子と思われたに違いない。
人生で2回もそんな場面に遭遇するなんて、運が悪いとしか言いようがない。
もしかしたら、私の負った傷を違和感なく治療に持っていくために起こった事件なのかもしれない。
だとしたら、私は死神に値するのではなかろうか。
明たちは大丈夫だろうか。
心配で心配で、今すぐにでも戻りたいと思ってしまう。
あんなに嫌だと思っていた世界に行きたいなんて、自分でも笑ってしまう。
何もできないくせに戻りたいなんて、足手纏いになりに行くようなものだ。
行かない方がいいのかもしれない。
けれど、戻らなければという謎の使命感が私を包んでいた。
どうやったら戻れるのだろう。
私はもう契約者ではない。
指に二重線はないし、行き来できる追手はここにはいない。
ただの一般人と化した私には、戻る手段がなかった。
「......願いがあれば、もしかしたら戻れるのかもしれない」
私の前に突如現れたシナー。
私はまだ、あいつに願い事をしていない。
もしこの考えが合っているとするならば、呼べばくるんじゃないだろうか。
そう思った時、脳裏に雪の姿がよぎった。
そうだった。
あいつは、雪ちゃんと契約者したんだ。
ならもう、私と契約なんてしてくれないのではないか。
どうすれば...。
考えても仕方がない。
あいつじゃなくても、罪人であれば誰だっていい。
とにかく戻らなければ。
そんな思いでいっぱいだった。
人気のない場所を探して外に出る。
暑さゆえなのか、外に人はいなかった。
道沿いにある大きな木の下は日陰になっていて、暑さを凌ぐには丁度よかった。
木の下で、私は両手を合わせた。
「来い、来い。シナー来い!!」
しかしどれだけ願っても、誰かが来る気配はない。
これではダメなのか...。
私には願いがある。
あなた達が欲しがっていた願いを持っている。
だから来い、シナー。
「......来いって言ってんでしょ!!」
声を張り上げて、私は空に向かって叫んだ。
セミの声に混ざって私の声が辺りに響き、静かに消えていった。
これでもダメなのか。
どうしたら来てくれるっていうんだ。
諦めかけていたとき、待ち望んでいた声が脳内にこだました。
『騒がしいよ、珠理』
視界から色がなくなる。
私は1人、暗闇の中にいた。
『叫んでどうしたんだい?』
『...願いを叶えて』
『誰の?』
『私の』
姿は見えない。
以前のようにクッキーを食べる姿も、ケーキを食べる姿もない。
そこにはただ、真っ暗な闇があるだけだ。
『いいとも。言ってごらん』
『雪ちゃんを返して』
『そしたら私は生きていけないよ』
『代わりに私があなたと契約する。私には、叶えてほしい願いがある』
『いいとも、じゃあ再度契約だ。さぁ、願いを言って』
声だけが聞こえる。
私は本当に1人だった。
いや、1人ではない。
もう、私は1人じゃない。
役立たずになるのも、無力だと嘆くのも、もう辞める。
見えない未来に怯えるのも、その場に立ち尽くすのも。
私はもう辞めるんだ。
『私の願いはーーーーー』
周りが鮮烈な光で塗り替えられていく。
白くなる。
指に二重線が刻まれる。
元に戻った。
違う。
私は変えるんだ。
何もかも、私は変えて、変わるんだ。
きっとこれは、平凡な私にしかできない。
馬鹿だと言われるかもしれない。
自分を過信しすぎだと言われるかもしれない。
それでも、失うもののない私にしかできないことだってあるはずだ。
どうせ短い命だ。
最後ぐらい、誰かの役に立ちたいと思うのはおかしいだろうか。
今度は私が、誰かを救い、守りたい。
『契約成立だよ』
『うん』
いつの間にか現れたシナーは、私の横に立ちそう言った。
もう怖くない。
やる気は十分だ。




