勇気
周囲を囲んだ罪人はざっと20人。
その手中には短刀が握られていて、感情を失ったかのようにじりじりと距離を詰めてくる。
人数では負けていないにしても、きっと確実な勝算はないのだろう。
どの人も顔が険しい。
『大丈夫だ、珠理。何も心配することはない。俺たちが負けるわけがない』
『そうですよ。下っ端相手に負けるわけがありません』
2人は私を見てそう言った。
私は頷くことしかできない。
無力な私は、静かに皆を信じることしかできない。
大丈夫、彼らならきっと。
それからどれくらい経っただろう。
誰1人動くことなく、長いこと緊張状態が続いている。
誰かが動けば、一気に戦闘が開始されることだろう。
突っ立ったままの罪人には、やはり感情を感じることができない。
あいつやユズカゲには、少なからず感情というものを感じたというのに。
まるで傀儡のようではないか。
一体何が違うというのか。
そんなことをぼんやりと考えていると、ザリッとという砂を踏み締める音が聞こえた。
周囲を見れば、罪人が短刀を構えていた。
途端、彼らはこちらに向かって動き出した。
物凄いスピードだ。
地を滑るように近づいてきたかと思うと、あっという間に距離を詰められた。
ひっという音とともに、目先にいた男性の追手から血が飛び散り、崩れ落ちていった。
地面に赤が広がっていく。
私はこの光景を知っている。
まただ。
周囲の音が消えていく。
暗闇にポツンと1人残されたような、そんな感覚に陥った。
『ーー。珠理!!』
その声にはっと我に返った。
男性を斬った罪人は、手を伸ばせば私に届く距離まで来ていた。
どうしよう。
私はこのまま...。
そんな思考を消し飛ばすように、発砲音が聞こえた。
紫音の持つ銃口から硝煙が上っていた。
罪人はそれをひらりと避けて、ターゲットを変えた。
右奥にいた女性目掛けて進んでいく。
『後ろ!!』
私の声に振り返った女性は、手に持っていた刀で罪人の首を刎ねた。
途端、宙に溶けるかのように、その存在ごと消えた。
『ありがとう!』
女性は髪を靡かせながら、笑ってそう言った。
追手も罪人も、私には何が何だか分からなかった。
この戦いの末に、何が残るのだろう。
地面には、傷ついた人があちこちに横たわっている。
罪人の数も、最初に比べてだいぶ減った。
息を荒げる人。
親の仇でも討つかのように殺気立っている人。
私は感情のないピエロよりも、彼らの方が怖く感じた。
苦しくなった。
両者の事情なんて知らない。
でも、ここまでしなければならない理由なんて、きっと彼らにはないのだ。
私は立ち上がった。
立つと、しゃがんでいた時よりも周りの状況がはっきりと見えた。
地面のあちこちが赤く染め上げられている。
何もできない。
邪魔をしている。
何か。
何かできないか。
どれだけ考えても、いいアイデアは浮かばなかった。
明は少し先で、他の人と一緒に戦っていた。
紫音は私を守るように、離れず側にいてくれていた。
守られているだけではダメなのに。
私は守られることしかできない。
役立たずだ。
『珠理さん、とりあえず罪人のいないところまで逃げましょう。数が減ったとはいえ、ここは危ない』
紫音の目は、真っ直ぐ私を捉えていた。
泣きそうになった。
『...分かった』
紫音は私の手を引いて、敵のいない場所へと走り出す。
私はまた現実から逃げるのか。
兄から逃げた時のように、自分のためだと言い聞かせて...。
あの頃から、私は一切変わっていないじゃないか。
これじゃダメなのに...。
視界の端々に戦う人が見える。
悔しい。
悔しくて、私は目を逸らした。
次に見えたのは、明の後ろ姿だった。
背後から罪人が迫っている。
けれど、明はそれに気付いていないようだった。
このままでは明が死んでしまう。
そう思うと、体は勝手に動いていた。
『紫音くん、ごめん!』
紫音に握られた手を振り払い、足元に落ちていた棒切れを手に取り走り出した。
『珠理さん!!』
もうこれ以上、私は大切な人を失いたくない。
奪わせない。
私は棒を振り上げ、罪人の頭部を後ろから殴った。
棒は粉々に砕け、破片が辺りに飛び散った。
もちろんそれが致命傷になることはなかった。
罪人は振り返り、私の左太ももを切りつけた。
血が足を伝う感覚が、鮮明に伝達される。
痛くて熱くて、私はその場に崩れるように座った。
『珠理!』
明は罪人の首を刎ね、私に駆け寄った。
紫音も後ろから駆けてきた。
『結構深い。急いで手当てしないと!』
『でもここじゃ、十分な治療は』
明は少し考えて、珠理、と静かに言った。
『元の世界に戻って。その方が安全だし、治療だって受けれる』
『嫌だ。私だけ戻るなんてできない!このくらいの傷、私は全然大丈夫だから』
『ダメだ。治療するために1度戻るんだ』
『でも...』
ここで離れてしまったら、もう2度と会えない気がした。
これが最後のような気がしてならなかった。
『大丈夫ですよ。また会えますから』
私の気持ちを知ったかのように、紫音がそう言った。
そうだ、大丈夫。
私は、信じる。
『分かった。戻る』
明の顔は、少し嬉しそうだった。
『大丈夫。俺たちは死なないよ』
その声を合図に、私の視界は暗転した。
次に見えたのは、傷を負った人たちだった。
私は道路の縁石に座っていた。
夢かと思った。
また悪い夢でも見ているのだと。
しかし、どれだけ頬をつねっても痛かった。
夢じゃない。
あの時と同じ状況が、目の前に広がっていた。
何が違うかといえば、私は成長していて、この場に父が居ないということだけ。
それ以外は、おそらく全く同じではないだろうか。
救急隊員が私に近寄ってくる。
「すぐ病院に運びますからね。安心してください」
私は頷いて空を仰いだ。
思考が追いつかなくて、暫くただ呆然とすることしかできなかった。




