自覚
降りしきる雨の中をただ歩いていた記憶がある。
なぜそんな事をしていたのかは分からない。
ただひたすらに歩いていた。
傘を持たず、靴を履かず、ビショビショになりながら。
どこかを目指している訳ではない。
いや...ひょっとするとどこかを目指していたのかもしれない。
でも思い出せない。
あれはよく分からない俺の記憶。
「明?」
その声にとっさに振り向く。
「あ、雪。ごめん。なんだっけ?」
「お店通り過ぎちゃってるよって言ったの」
「あぁ。悪い」
なんで突然あんなもの。
随分前の事の筈なのに...
あんなの。
今までずっと忘れてたのに...
「明、大丈夫?なんかずっとぼーっとしてるけど」
「うん。全然大丈夫だよ!」
そうだ。
今はそれどころじゃない。
今は雪と出かけてるんだ。
せっかく久し振りのデートなのだ。
しっかりしなくては。
「ねぇもしかして珠理の事?」
「ぇ、まぁ...」
「そりゃあ気になるよね。あと半年だもんね。小さい頃からの付き合いだもんね...」
そうだ。
あいつとは小さい頃からの付き合いだ。
だからあいつがいなくなる事は悲しいし寂しい...。
心にぽっかり穴が空いたみたいになる。
珠理は雪と同じぐらい大切な人だ。
どんな事も言える、唯一無二の存在。
だから居なくなるなんて今まで考えもしなかった。
「泣いてもいいんだよ?」
「え?」
「悲しかったり辛かったりしたら、泣いてもいいんだよ?私の前では、我慢しなくていいんだから」
『我慢なんてしなくていい。私の前では思いっきり泣けばいい』
あぁ、そうだ。あいつはいつもそう言ってくれた。
そう言って、俺を抱きしめてくれた。
いつも側にいてくれた。
もしかしたら、俺はずっと...
雪が優しく俺を包みこむ。
優しい匂い。
そうだ。
今の俺には雪がいる。
支えてくれる人がいる。
だからこんな気持ちなんて、
“いらない”