無力
横たわる人々で埋め尽くされた地面は、失われた命の数を残酷なほどはっきりと示していた。
彼らの体につけられた傷は、どれも鋭利な何かで切り裂かれたようになっていた。
『進もう』
緑さんは皆にそう言って歩き出した。
いつまでもここで立ち止まっているわけにはいかない。
そう思いつつも、目の前に広がる光景から目を離すことが出来なかった。
命を軽く扱うことが、私にはどうしても許せなかった。
どんな生い立ちであったとしても、他人が安易に奪っていいものではない。
なぜこのようなことができるのだろう。
犯人は、どうしてこんなことを。
考えても無駄なことを、骸を見ながら永遠と考えていた。
『珠理』
骸から顔を上げると、少し先に明がいた。
『行こう、珠理』
私は少しだけ明を見つめて、骸に手を合わせた。
そして、彼らを跨ぎながら、私は明と一緒に先に進んだ。
変わらない街並みの中をただただ進んでいく。
どれだけ歩いてもやっぱり人ひとりおらず、私たちの足音だけが聞こえていた。
崖上にいた時は銃声やら悲鳴やら、とにかくいろんな音が聞こえていた。
それなのに、下に降りてみるとそんな音は一切しない。
それが少しだけ不思議だった。
『見えてきた』
少し先に人の群れが見えた。
どうやらここが目指していた場所のようだ。
緑さんが近づいていくと、それに気づいた人々が一斉に敬礼をした。
『状況は?』
『芳しくありません。戦力も減ってきています』
戦っているのか。
私には、何のために戦っているのか分からなかった。
命を大切にしなければならないと言いつつも、戦争のように命を散らすことを厭わない。
矛盾してはいないだろうか。
『あちらも戦力は減ってきてはいるのですが、次々に契約者を増やしているようで苦戦中です』
『契約者がいなくなればどうにかなるのか?』
『戦力は下がるかと』
その中には、おそらく雪ちゃんもいるのだろう。
雪ちゃんの安否は不明。
生きているのかさえ分からない現状に、不安は掻き立てられる一方だ。
雪ちゃんだけでも助けたい。
私はそんな思いでいっぱいだった。
おそらく明も...。
『こちらからの報告だ。先程、死体の山から森副隊長のものと思われる小刀が発見された』
その言葉に、辺りは一瞬にして静寂に包まれた。
緑さんは淡々と続ける。
『死体の山から森を見つけることは出来なかった。どこかで殺されたか、あるいは寝返ったか。どちらにしろ、この世界にいることは明白だ。見かけたらすぐ知らせるように』
凍りついたような空気が一変して、大勢の追手は返事をした。
森さんという人は一体どこに。
そして雪ちゃんも...。
何の力もない私は、ただその場にいることしかできない。
私に何か力があったなら。
こう思うのは何回目だろう。
こうも無力を突きつけられると、さすがに気が滅入ってしまう。
私も何かしたいけれど、逆にそれが足手纏いになってしまっては元も子もない。
悶々と考えていると、遠くでドーンという音がした。
地響きが轟いて、私は咄嗟にしゃがんだ。
なんだ。
何が起こった?
『臨戦態勢に入れ!』
追手の人々は隠し持っていたのであろう武器を手に、周囲を警戒し始めた。
明と紫音は、私を守るように側にいてくれている。
これから、何が起ころうとしているのだろう。
『ここまで来たのか』
笑いながら言う緑さんの視線の先には、1人のピエロがいた。
ふらふらと近づいてきて、数人が拳銃を向ける。
尚も止まる様子のない罪人に、1人が足元に弾丸を撃ち込んだ。
それを合図に、どこからともなく罪人が現れ、私たちはあっという間に囲まれてしまった。
先の見えない不安に、私は身動きひとつ取ることができない。
怖い。
怖くて思考が止まる。
誰か、そう叫んだとしてもこの状況を打破することはできない。
今は彼らを信じるしかない。
『大丈夫、俺たちが必ず守る』
『...うん』
私は無力だ。




