真相(1)
あいつに初めて会ったのは小学校何年生のときだっただろう。
日常の中に、突然ピエロの仮面が現れた。
ポンチョを身に纏い、民族風のピエロだった。
現代の日本の街並みに不釣り合いなそいつは、旧友にでも会ったときのように片手をあげて「やあ」と言った。
“知らない人について行ってはいけませんよ”
という担任の先生の言いつけを律儀に守っていた俺は、反応することなく横を通りすぎた。
ピエロの仮面を被った外国人の相手なんか俺にはできない。
他の誰か、大人にでも頼んでくれ。
そう思いながら。
しかしそんな思いは通じず、その人は俺の後ろをついてくる。
他にも人はいるのになぜ俺なのか。
痺れを切らして俺は振り返り、ついに聞いてしまった。
「僕に何か用ですか」と。
「そうだね。私は君に用があるんだね、だからついていたんだよね」
とてもラフに話しかけてくるけれど、表情は少しも変わらない。
声のトーンは明るいのに表情のせいで冷たく感じてしまう。
人や幽霊、大型動物に対峙するのとは比べ物にならないぐらい怖く感じる。
一体この人は誰なのか。
当時の俺には分からなかった。
ただ少し怖い変な人。
そんな認識だった。
それから数日、いや数ヶ月。
もしかしたら数年だったのかもしれない。
それぐらい俺の記憶は曖昧だった。
当時の他の記憶は残っているのに、何故かここだけが抜け落ちている。
まるで霧がかかったように、思い出そうとしても思い出せなかった。
なぜ消えていたのか、あいつに会ってから分かった。
あの空間でヤツに対峙し、「仇」と言われた途端、嘘のようにはっきりとあの日の出来事が蘇ってきた。
きっとヤツが何かかけていたのだろう。
俺の母は物心ついたときから病気だった。
胃ガンだか大腸ガンだか、詳しい病名は知らない。
ただ、ガンだった。
手術をしても助かるかは五分五分。
そんな賭けのようなものに、母は乗り気ではなかった。
「死ぬ確率が高いのなら、私は手術は受けない。そのときまで好きなように生きる」
とても強く言い切った母はカッコよかった。
選択肢はいつも自分が持っている、よくそう言っていたのを思い出す。
そんなときだった。変な仮面の人に会ったことを思い出した。
「呼べば行くよ」
と言っていた気がするが本当に来るのだろうか。
ただの“ストーカー”ではなかったのか?
それを確かめるチャンスでもあった。
「来いよ、変態さん」
病院の廊下、誰もいないのを確認して、小さな声で、空中に向かって言葉を放つ。
しかし来る様子は微塵もなく、やっぱりただの変態だったのかとガッカリする。
期待した僕がバカみたいじゃないか!
そう思って振り返った。
ビックリした。
ドラマであるような、振り向いたらいましたパターン。
実際に自分がやられるとは思ってもみなかった。
「元気かね、少年くん」
最初にあったときのように、ヤツは片手を上げてそう言った。
「お母さんを助けてくれない?」
無理そうなお願いをしてみた。
手術でさえ助かるか分からないのだから、不思議なこの人には無理だろうとタカを括っていた。
「できるよ、少年」
顔の変わらないピエロ、でもどこか自慢げに腕組みをしながら言った。
本当にできるのだろうか。
お母さんを苦しみから解放することはできるのだろうか。
だとしたらこれほど嬉しいものはない。
「どうやったらいいの?」
「それはねーー」
ヤツは壁に向かって歩き出し、振り返ってキメ顔で言った。
「私と契約すればいいんだよね!」
無表情のキメ顔ほど不気味なものはないと、このとき初めて知った。
「契約って?」
「契約は契約さ。私に願い事を言えばいい」
「それだけ?」
「ああ、それだけなんだよね」
契約って、もっとこう、紙にいっぱいサインしたりハンコ押したり、とりあえずめんどくさいんじゃなかったっけ?
こんな簡単に契約できるなんて少しおかしい気がする。
「変態さんは何者なの?」
背の高いヤツを見上げる。
少し考えこんだかと思うとこちらに向き直り言った。
「私は罪人だよ」




