シナーという存在について
蟬の声が少しだけ落ち着いてきた頃、紫音が話し始めた。
「僕たちは、罪人のことを死神と認識しています。彼らは生者と契約することで、契約者の余命と死者の生きられたであろう時間を自らの物にします。それらを使って彼らは生きているんです」
手の甲を顔の前に出して続ける。
「僕らはそれを止めなければなりません。彼らの思い通りにさせるわけにはいかない。命を雑に扱うなんて、許されていいはずないんです」
私たちの間を風が通り抜ける。
葉が擦れ、ザァっという音ともに枝から離れた葉が舞った。
あいつは死神。
本当に?
契約するのは、本当に余命を奪うためだけなのだろうか。
それは表上の理由ではないのだろうか。
もっと裏に、何かが。
「契約者の指に現れる黒い二重線は、罪人と生者を繋ぐ唯一のもの。これのお陰で、奴らは契約者の場所が分かる仕組みになってるんだ。奴らはたった1人としか契約できないから、逃がさない為でもあるんだと思う。多数と契約すると、俺らに気づかれる可能性が高くなるからね。気づかれにくくするために、その人の大切な物を持たせカモフラージュするんだ。追手が居なくなれば自由に契約できるから、俺たちは邪魔なんだよ」
足下に落ちていた緑の葉っぱを拾いながら明が言った。
葉っぱを指でくるくる回しながら、こちらに近づいてくる。
私の首に腕を回し、首にかけていたネックレスを外す。
「俺たちに力を貸してくれ。奴らを止めるために、珠理の力を貸してほしい」
言いながら頭を下げた明に続いて、紫音も頭を下げる。
私は後頭部のお団子ヘアにさしていた、蝶の飾りのついた簪を取って言った。
「私に何ができるの?追手じゃない私に、一体何ができるの?」
残りの命も、力も無い私に何が出来るのか…。
2人の役に立てる自信なんてない。
風に靡く髪や草木みたいに、ただ流れに乗ってしまえれば楽なのかもしれない。
でもそうしている時間は私には無くて、何もしなくても最期は近づいてくる。
だったら時の止まった世界にいた方がいい。
この後に及んでこんなことを考えてしまうのはおかしい?
…きっとおかしいだろう。
わざわざ荒波に突っ込んでいく人なんてそうそういない。
私は、その荒波に入っていけるのだろうか。
入っていくだけの勇気と力が、私にはあるのだろうか。
「罪人本部に入ることができた、珠理の力が必要なんだ!」
肩を強く掴まれた。
必死そうな顔が目の前にあった。
その後ろにいた紫音はひたすら頭を下げている。
私如きに何が出来るのか、私には想像できないけれど何かあるのだろう。
先の短い私にも役に立てることがあるのだろう。
だったら…
「少しでも役に立てるなら……私の力なんて小さいものだけど、それでも助けになれるのなら。協力する」
紫音が顔を上げるのが見えた。
明の手からネックレスが落ちる。
体が引き寄せられ、明の腕に抱かれた。
驚いて簪を落としてしまった。
なぜ抱きしめられているのか分からなかった。
腕を回すか考えて、やめた。
雪ちゃんに申し訳ない。
私は明を静かに押し、体から離した。
紫音が落ちた簪を拾い、私に渡しながら言った。
「ありがとうございます、珠理さん」
「珠理でいいですよ、紫音くん」
髪を耳にかけながら言うと、明に背中を叩かれた。
「何?」
「いや…なんとなく」
少しふてくされている。
「なんとなくで叩かないでよ!」
私も明の背中を叩く。
すると、痛っ、と大げさなリアクション。
そんなに強く叩いてないでしょ、と言うと、バカ力!と笑い、走りだす。
私は浴衣の裾を少し上げ、その後を追いかける。
下駄だと少し走りにくいが脱ぐ気にもなれずそのまま追いかける。
ある程度まで行くと、Uターンして私に向かって走ってくるのが見えた。
通せんぼしたが、いともたやすく抜けられてしまう。
明を追いかけるように向きを変えると、小さな段差に躓き、転んだ拍子に下駄が脱げた。
地面に触れた足からはほんのりと昼間の熱を感じる。
ジメジメとした空気が肌を包み、汗が肌を伝う。
遠くでヒューという音が聞こえ、弾ける音が聞こえた。
暗かった空は色鮮やかに彩られ、私たちの影を地面に落とす。
先を走っていた明が心配そうに駆けてきて、そっと手を差し伸べてくれる。
その手を掴みながら立ち上がると、一際大きな音が聞こえ、特大花火が夜空を彩った。
「きれい」
「うん、きれい」
明の手を握りながら言った。
光に照らされた彼は、どこか儚げだった。
「珠理...さん。これ」
明が落としたネックレスが紫音の手の中にあった。
お母さんの形見。
契約など関係なくずっと身につけていたい。
でもそれでは契約が続いてしまう。
今は手放すしかない。
彼の手からネックレスを受け取り、飾り部分を優しく握った。
少しだけ、ほんの少し離れるだけだ。
大丈夫。きっと大丈夫。
「紫音くん、これ少しの間預かっておいてくれませんか?」
目が細くなるのが見えた。
「分かりました。少しの間お預かりしますね」
伸ばされた手にゆっくりと置く。
またね、お母さん。
紫音はそれを小さめのショルダーバッグへしまった。
片手から温もりが消え、繋がれていた手が離れたことに気づいた。
明は片手に携帯を持ち、誰かと話しているようだった。
「え…雪?雪!!」
突然の大声に驚き明の顔を見れば、少しだけ怖い顔をしていた。
「雪ちゃんがどうしたの?」
そう問うと、上げていた手を下ろして言った。
「もう無理、願うわって…。もう意味分かんねぇよ」
蹲み込んだ明にすかさず紫音が言う。
「願うってなんだ…?まさかとは思うが」
「罪人.....」
次々に打ち上がる花火の音を聞きながら、この場にいた3人の脳内に最悪の事態がよぎった。
脱げたままの下駄を履き、蹲んでいた明の頭を叩く。
「早くしないと手遅れになっちゃうんじゃないの?絶対私の時とは違うわよ!願いを言ってしまったら、終わりなんでしょ?」
腕を引っ張って立ち上がらせ、彼の顔を両手で挟んだ。
「雪ちゃん助けるんでしょ!!!」
弱気になっていた瞳が、だんだんと強さを増していく。
「あぁ。絶対間に合わせる」
「そうと決まったらまずは本部へ行こう。正確な位置を調べないと!」
ここからは時間との勝負だよ、と言う紫音に私は頷く。
あんな奴らのところへ雪ちゃんは行かせない。
絶対に、行かせたくない。
そう思ったのと同時に、聞きたくない声が耳元で聞こえた。
『集合だよ、珠理』




