契約の証
手に持っていた皿を静かに机に置き、いつ現れたのか分からない椅子に座った。
ヤツの目の前に座った私は、クリームを拭うのをただ見ていた。
どこから出したのか、水色のタオルでクリームを拭うと、それをポンッと消してしまった。
魔法というか、もはやマジック。
『まったく君ってやつは。なぜ来るたびにそうやって...。まぁいいや。また呼んだのは、もう少し話しておこうと思ったからだよ』
呆れたように言った罪人だったが、連れ戻した要件を言った途端雰囲気が変わった。
暗く、禍々しいものに身が包まれていくようだった。
鳥肌が立ち、全身が硬直していく。
身動き1つ許されない、緊迫した状況。
なにを言われるのか、身構えてしまう。
『これから言うことは、君のこれからに関わるかもしれない。.....そんなに身構えなくていいよ?』
暗いオーラに少し光が混ざり、気持ちが少し楽になった。
軽く身構えつつも、心にゆとりをもち、聞く体制に入る。
『両指に引かれた黒い二重線。それは君と私の契約の印だ。よくマンガなんかであるだろう?魔物との契約印。それだよ』
『ずいぶん簡単に言うのね』
『もったいぶってもしょうがないならね。端的に、分かりやすく言った方が混乱しないだろ?』
たしかに直球の方が分かりやすい。
要はヤツと私は契約した身ということだ。
私は望んではいないが、こうなってしまったのなら仕方ない。
受け入れるしかない。
どうせ反論は受け付けないだろうしない。
『それは理解した。でも別にそれだけだよね?なにが私に関わるっていうの?』
『焦らなくても大丈夫だよ。ちゃんと話すから』
まぁまぁと私を落ち着けるように言った。
別に焦っているわけじゃない。
ただ、早くアップルパイが食べたいだけだ。
罪人の横にはまたしても机が現れ、食べ物ではなく飲み物が置かれていた。
頭からかけてやりたくなった。
新たな病気だろうか。
ヤツは私の横を指差し、なにかを飲んだ。
私の横にも机が現れ、紅茶と小さなクッキーが置かれていた。
得体の知れないものは食べたくないのだが。
『心配ないよ。普通のクッキーに、普通の紅茶だから。帰れない、なんてことにはならないよ』
怪しすぎる。
念のため手はつけないでおこう。
『その契約印を、私はコネクトと呼んでいる。私と君を繋げる、唯一の連絡手段だ。こっちに来たかったら左指に、戻りたかったら右指に触れるんだ。そうすれば君の思い通りになるよ』
『私、もう2度と来たくないんだけど』
『今はそうかも知れない。でもいずれくるさ。こっちに、私に用がある時が必ず.....ね』
ニタリと笑ったその顔は、何か悪巧みをしているようだった。
嫌な予感がする。
不幸が一斉に降りてきそうだった。
今ヤツを倒すとどうなるのだろう。
その興味は、決して実行することはできない。
もし実行したのなら、その時が私の命日だ。
誤った選択はしてはいけない。
周りに害が及ばないようにしなければ。
『コネクトともう1つ、君が首からさげているネックレスだ。それは肌身離さず持っていてほしい』
不気味な笑みから真剣な顔へと変わった。
少し焦りが混じっているように思える。
私は首からネックレスを外した。
『これがなんだっていうの?』
すると罪人はネックレスを指差して言った。
『それは君を守るものだよ。私との契約は決してバレてはいけない。私は罪人だ。罪を犯した罪人だ。追手に見つかれば君や周りの人にまでも危険がおよぶ。それは避けなければならないだろう?』
そんな危険があるのか....。
ただ願いを叶えてもらうために、そこまでリスクをはらう必要があるというのだろうか。
命の短い私だけではなく、周りの人までもを危険に晒す。
はい分かりました、なんて簡単には言えない。
これは私だけの問題ではなくなっている。
『もう、契約解除はできないの?みんなを危険に巻き込みたくない』
『残念ながら契約は絶対だからね。暗黙の了解ってやつさ。簡単には解除できないよ』
『なら、どうすればいいのよ』
『契約者の死亡、または心からの願いを叶える。これ以外に解除方法はないよ』
真の願いなんて。
どれがそうと言うのだろう。
みんなに幸せになってほしい。
健康でいてほしい。
これも願いであるが、真の願いかと言われたら分からない。
なにがそれに該当するのか、自分では分からないのである。
願いがないのなら契約者、つまり私が死ぬしかない。
自分から命を絶たない限り、最低でも半年後。
それまでに何も起こらないとは考えにくい。
だったら今は.....シナーの指示に従っていた方が安全だ。
『分かった』
やつの目を真っ直ぐ見て言った。
罪人は薄っすらと微笑み、数回拍手をした。
そして指をパチンと鳴らすと、どこからともなく花びらが舞い散った。
これが何を意図しているのか、私には分からなかった。
手を広げると花びらが乗った。
思わず立ち上がった。
その時、もう片方の手を広げてしまった。
手の中にはネックレスが握られていて、シャラという音とともに地面に落ちた。
『あ、やば!』
慌てて拾い、すぐ首につけた。
『もう戻ってもいい?』
『もちろんさ』
右指を触り、視界が白く染まった。
視界に色が戻ると、膝の上に置かれたアップルパイに手を伸ばす。
包まれていた袋から出し、口に運ぶ。
サクサクとした生地と、ほんのりとした甘さが口の中にひろがった。
待ち望んでいた味だ。
「お兄ちゃんが買ってきてくれたの?」
食べながら兄に問いかけた。
すると兄は首を横に振り
「いや、俺じゃないよ」
と言った。
「え」
では誰が.....。
「家のドアにかかっててな。意外と美味いだろ?」
自慢げに言う兄。
誰がくれたのかも分からないのに食べてしまって大丈夫なのだろうか。
怪しげに手に持っているものを眺める。
「大丈夫だって!俺も食べたけど、なんともないから」
食べていたのか......。
それなら、まぁ危なくはないかもしれない。
再び私は、アップルパイを口に運ぶ。
「でも、本当に美味しい」
それから私は詳しく検査するため、2日ほどの入院が決まった。
また入院。
病気なのだから仕方がない。
でも.....
でも時々思う。
思ってしまうのだ。
こんな体じゃなかったら.....と




