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お母さん



私の病気が分かったのが3、4歳の時。

何かおかしいと父が気づいたのだそうだ。


私はその時の記憶はほとんどなく、それを聞いて「あぁそうか」としか思わなかった。

自分のことに興味がないと言ったら変かもしれないが、たいして興味は湧かなかった。

どうせ今死んでしまうわけじゃない。

そう軽く考えていたし、大人達を見ても深刻なものではないと感じた。

薬さえ飲んでいれば大丈夫。

そう言われて毎日欠かさず飲んでいた。

これでいつか治るだろ。

そう信じていた。

でもそれから1年もしないうちに病状は悪化。

数週間、入院生活を送ることになった。

今思えばただ風邪をこじらせただけだったように思えるが本当のところはもう分からない。

今ではそれもいい思い出だ。




小学校1年生の頃はよく学校に行っていた。

いくら母譲りで体が弱くても、学校は楽しい場所だった。

母のことは気になりつつも友達とワイワイ校庭を駆け回った。

年相応といったところだった。

ときどき学校には行けなかったものの、それでも行事には必ず参加したし、楽しい時間を過ごした。


2年生になり、それは突然やってきた。

それはちょうど休みで、家にみんないた時だった。


2階から物音がした。


なにかが落ちるような感じだった。

気になって階段を登り見てみれば、母が倒れていた。

突然のことで私はどうすることもできなかった。

「ママ......?」

ただ倒れている母を眺め、頭が真っ白なまま突っ立っていた。

それに気づいたのか、兄がやってきた。

「どうしたの?......母さん!」

兄は慌てて母に近寄った。

体をゆすりひたすら呼びかける。

「母さん!ねぇ、母さん!」

その声に父もやってきた。

携帯をいじっていたのだろう。

片手に携帯を持ち階段を駆け上がってくる。

私は無意識のうちに端に寄った。

信じられないような光景が目の前に広がっていた。

いつかくると分かっていながらも、もしかしたら夢なのではないかと思い続けていた。

でもそれは現実に起こってしまった。

避けられない現実を突きつけられ、目をそらしてしまいたくなった。

逃げ出したくなった。

でも頭はまるで機能を停止したように動かない。

ただただ茫然と立っているしかなかった。


それから母が意識を取り戻したのは1週間後だった。

でもぼーっとしているような状態だった。

話しかけてもあまり反応がない。

こんな母は見たことがなかった。

いつもの母ではない、似た誰かが目の前にいるような感覚に襲われた。


こんな筈じゃない。


違う。


何もかも違う。


夢だ。


夢なんだ。


必死に現実逃避をする。

でも前を見れば現実が突きつけられた。

私は病室から逃げ出した。

これがこのとき私にできたことだった。

病室から逃げること。

母から距離を置くこと。

小学2年生の私にはこれしかできなかった。

病院内を走り抜け、たくさんの人にぶつかりながら外に出る。

外の空気はあの部屋よりも澄んでいるように感じた。

どこまでも続く青空に手を伸ばす。


「神様がいるのなら、どうかママを助けてよ......」


もう神にすがるしかない。

願うしかない。

きっとなにも変わらないと分かってはいても、何もせずにはいられなかった。

空めがけて伸ばした手を下ろす。

青色が徐々に霞んでいく。


もう母とお話はできないのだろうか。

もう笑いあったりできないのだろうか。

もうぎゅーっとしてはくれないのだろうか。


今までしてもらったことを思い出す。

その全てがもうされる事はないのだと思うと、言葉にできない気持ちが湧き上がってきた。

「ままぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ」

私は立ったまま泣き叫んでいた。

いろんな気持ちがごちゃ混ぜになって、泣いている理由は明確になっていない。

でももう会えなくなる時が近づいている。

そう思うだけで次々に涙は溢れてくる。

周りの人は

「なんだ?」

「どうした?」

といった表情で私を見ている。


ごめんなさい。

もう少しだけこうしていさせて。





兄が私のもとにやってきたのはそれから数分後のことだった。

私の周りにはいつもお世話になっている看護師さん達がいて、何も言わず側にいてくれた。

それは兄も同様だった。

何も言わずに、ただ私のそばに来て抱きしめてくれた。兄も辛いはずなのに、私のことを心配してくれている。


無言の優しさが胸を締め付けた。


苦しかった。


息がしにくかった。


だが今助けを求めるのは違う気がした。

胸の内にひっそりと秘めておくのがベストだと思った。そう思ってはいても意思に反して涙はあふれてくる。

止めることはできない。

兄の腕に抱かれながらまた泣いた。

先ほどよりは声を抑えつつも、声をあげて泣いた。

兄は静かに私の頭を撫でた。

静かな院内に私の声が響いた。



その1ヶ月後。

母は亡くなった。

母の誕生日の少し前だった。

誕生日を迎えることなく逝ってしまった。

父、兄、私の3人を残して。

いつか私も、2人を残して死んでしまうのだろう。

母がまだ生きている時、父と話しているのを聞いてしまったから知っている。


いくら薬を飲んでいてももう病気は治らないということ。


少しずつ病気は進行していき、きっと10年もいきられないこと。


2人をまた悲しませてしまう。

変えることのできない現実が、私を、家族を縛り続けていくのだ。


凄く心苦しかった。

本当に神様はいじわるだ。

試練ばかり与えてくる。

それが重いものばかりだったのは今では言うまでもない。

こんな試練さえなかったら、違う人生が待っていただろう。

もっと幸せなことが待っていたはずなのに。

全部神様に持っていかれてしまった。

実体のないそれに文句を言うのもおかしな話だが、言わずにはいられない。


皆が神にすがるのと同じように.....。



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