【感謝SS】 消えたケットシー・パレス
うーん、起きた。
朝だ……。
でも、なんだろうこのモヤモヤ感。
目もぱっちり開いてるし、身体も痛くない。
すっと立ち上がり、洗面所に行くのもだるくはない……。
ひとまず顔を洗い終え、鏡で顔を見る。
目の下にクマひとつなく、肌ツヤも良い。
うーん、何かしなくては、とせかされるような感覚だ。
時計を見ても、きっちり8時間寝ているし、寝不足ではないと思う。
ま、気にしても仕方ないか……。
支度を終え、俺はダンジョンに向かう。
一通り、片付けや掃除を終わらせて、珈琲を淹れた。
カウンター岩に座り、今日はタブレットでフロアのチェックを始める。
「特に変わった様子はないかな~っと」
各フロアを見ながら珈琲をちびちび飲んでいると、十五階層で目が止まった。
「え?」
ちょ、ちょっと……。
見間違いだろうか? ないぞ?
跡形もない……。
ケ、ケットシー・パレスがないっ‼
ま、まずい、D&Mの猫派常連たちに見限られてしまう……。
落ち着け、まずは……くまなくフロアをチェックだ。
しかし、隅々まで確認したが、それらしき建物はなかった。
「おいおい、どうすんだよこれ……」
時計を見る。
……まだ、開店まで時間はある。よし!
俺は念の為、ルシール改を取り出してダンジョンへ降りた。
――十五階層。
草むらをかき分け、ケットシーパレスがあった場所へ向かう。
「確か、一番奥の方に……」
進んでいくと、Bルートの出口が見えてきた。
そう、確かこの辺りに……。
しかし、いくら探してもそれらしき建物が見当たらない。
「マジか……」
でも、ケットシーたちは何処に?
猫又たちを含めると、結構な数だったはず。
あの大所帯なら、何処にいても目立ちそうな気がするが……。
「ん?」
ふと見ると、草むらに生えている長い草が、何やら不自然に見えた。
近づいてみると、木の枝で組まれた枠組みに、草が挟んである。
「なんだこれ?」
草のバリケードのような、目隠しのような……。
少し考えたあと、バリケードをずらして奥を覗いてみることに。
「えっ⁉ な、なにこれ……は、畑?」
五列ぐらいの畝が並んでいる。
なに? なんで?
こんな所に誰が畑を……ケットシーたちか?
だとしても、何を育ててるんだろう……それが怖い。
腕組みをして、畑を眺める。
うーん、どうしたものか……。
しかし、上手く隠してあるなぁ。丁寧に目隠しまで作っちゃって。
感心しながら草で作られた目隠しを触っていると、CLOSE中にもかかわらず、着流し姿の大きな猫が、眠そうに目を擦りながらやって来た。
「あれは……五徳猫か?」
俺はルシール改をぎゅっと握りしめ、万が一に備えた。
こちらに気付いた五徳猫が、俺を二度見する。
せめて、ケットシーぐらい話せると助かるんだけど……。
そう思っていると、五徳猫の方から口を開いた。
「お宅さん、もしかして管理者かい?」
え、江戸っ子かよ……。
五徳猫は大きなあくびをしながら、袖口から煙管を取り出してぷかぷかと吹かし始めた。
「そ、そうだけど……この畑って、もしかして?」
そう言って、五徳猫の反応を伺う。
「あぁ、これね。何かまずかったかい?」
煙管で畑を指して五徳猫は俺に尋ねた。
お、意外と話が通じるみたいだな……。
「い、いや、別に良いんだけど、ケットシーたちは何処に行ったのかなぁって」
「あぁ、それなら引っ越しだ」
「引っ越し?」
五徳猫は、何を驚いているんだといった表情で俺を見る。
「十四階層の奥に行くらしいが」
「十四階……もしかして、何かあったのかな?」
五徳猫はぷは~っと紫煙を吐き出し、煙管の灰をぽんぽんと落とした。
煙が魚の形になって、中空を泳ぐ。
す、凄い。手品みたいだ……。
魚に見とれていると、五徳猫が
「アイツは今、えんぺらびいとるって虫を集めててな。なんでも、パレスに飾るとか言っていたが」と答えた。
「……へぇ」
エンペラービートルの事だろう。十四階層にいるモンスだ。
まぁ、玉虫色で綺麗だけれども……。
「あ、そうだ。で、この畑は?」
「ん? あぁ、俺とアイツらで管理しているんだ。今日は俺の当番でな」
と、当番って……。
やはり、ケットシーたち猫型モンスは知能が高いんだな。
ゴブリンが村を作ったって話は聞いたことがあったけど、猫型モンスが畑を作っただなんて聞いたことがない。これは良い経験になりそうだ。
「ちなみに、何を育ててるの?」
「オニマタタビだ。みんなで実を食べようってことになってな。ケットシーが畑を作ってくれるってんでやり始めたのさ」
「なるほど……それで引っ越しを」
「ああ、向こうも今日中には、パレスが建つんじゃねぇかな?」
そう言いながら、五徳猫は目を細めて、顎の下を爪で掻いた。
「わかった、ありがとう」
「いいってことよ」
俺は五徳猫に礼を言って、一階へ戻った。
いやー、よかったよかった。
というか、あんなにガッツリ話が通じるとは……ケットシー並みだな。
まったく、どうなることかと……。
一階に戻り、ふと、カウンター岩を見ると、いつか見た草笛が置いてある。
「こ、これって確かケットシーの……」
横にはエンペラービートルの殻で作ったであろう腕輪のような物が置いてあった。
これをやるから吹けということか……?
俺は、ケットシーのずる賢そうな笑顔を思い出す。
完全に踊らされている気がするなぁ……。
「さて、どうするか……」
しばらく悩んだが、草笛を吹くことにした。
ピ~~♪
澄んだ音がダンジョンに響く。
これでまた、パレスができるのだろうか……?
後ろの棚に置いてある、最初にもらった草笛の隣に、新しい草笛を置く。
俺はデバイスをOPENにして、玉虫色に輝く腕輪を眺めた。
「はは、小さくて入らないや」
気付くとモヤモヤはすっかり消えていた。





