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修羅場になりそうです。

 ガラガラガラガラ……。

 黒く輝くフェンスを開け、カウンター岩へ向かう。


 The early bird gets the monster.

 ――ダンジョン経営者である俺の朝は早い。


 山積みのアジェンダを、ゼロベースでダイバーたちからコンセンサスを得られるようにスキームをジャストアイディアでコミットしなければならないのだ……。

 サマリー、そろそろ集客も考えていかねば、という事。


 デバイスを立ち上げて、俺は軽くため息を吐いた。 

 モンスにレンタルガイドをさせるレンモンのアイデア、あれは時期尚早だと思い直したのだ。

 なぜかと言うと、やはり経営において大事なのはCF(キャッシュフロー)。資金繰りである。

 実家に寄生しているこの状態において、成功するかどうかわからないレンモンに賭けるのはどうかと思う。

 せめて、毎月実家に食費だけでも入れておきたい。

 まぁうどんしか食ってないのだが……。


 因みに、比較的安くモンスを召喚する方法がある。

 ランダムにモンスを召喚する『おみくじモンス』システムだ。

 しかし、これはリスクが高い。

 一回300DPと一見、お得に見えるこのシステム。

 違う、これは闇。そう――闇システムだ。


 ――次こそ、いや、次こそ。今日はてんびん座が……。

 そう言って、DPをすっからかんにしたダンジョン経営者は多い。

 弱小モンスで溢れかえった多頭崩壊ダンジョン。

 ヤケになった経営者による強盗事件。


 様々な事件が定期的に引き起こされるが、自己責任という一言で、その起因である『おみくじモンス』の存在にメディアは触れようとしない。

 確かに、運試し程度なら問題はないだろう。

 だが、そう簡単に自制ができるのなら、最初からニュースになどならないのだ。


「やめておこう……これは人が制御できるものではない」


 俺は家から持ってきた麦茶をコップに注ぐ。

「ぷはぁ」

 何かいいアイデアは……。

 そうだ、イベントを打ってみるか?

 大きなイベントでは無く、小規模なイベント。

 なるべく出費が少なく、かつダイバーにウケがいいもの。

 うーん……。


 お、足音! お客さんかな?

 入口を見て待っていると矢鱈さんが顔を見せて、にっこりと笑い手をあげた。

 ありがたいことに、あれから何度も通ってくれているのだ。

 あ、そうそう、サインは俺のルシールに頂いた。

「どうも矢鱈さん! こんにちは」

「いやぁ~、天気いいね調子はどう?」

「お陰様でと言いたいところなんですが、何か良いイベントがないかと考えてるとこです」

 苦笑いで答えながら、矢鱈さんに麦茶を注いで「どうぞ」と差し出す。


「お! ジョーンくんは気が利くねぇ」

 矢鱈さんは麦茶を一気に飲み干して

「そんなにお客さん来てないの?」

「そうなんですよ……。まあ、まだまだ知名度が低いんで仕方ないですけど」


「そっかぁ~、SNSとかは?」

「アカウントは持ってますけど、そういうのは疎くて……」

「うーん、今だとSNSでダンジョン探す人が多いよ、あとはさんダかなぁ」

「さんダは僕も見てます、あそこ早いですよねぇ?」

 すると、矢鱈さんは何か思いついたようにカウンター岩を叩く。

「あ、そうだ! 良かったら、さんダの紅子谷(べにこや)紹介するよ?」

「え!! お知り合いなんですか!?」

「昔、一緒に回ってた事があってさ。ちょっと待ってよ、多分まだ四国にいるはず……」

 矢鱈さんはスマホを取り出して操作する。


「ジョーンくん、ついてるね? 近くにいるみたいだから後で寄るってさ、サイトでババーンと紹介して貰えばいいよ」

「ま、マジっすか!!! 本当にありがとうございます!」

 うひょ~、さんダで取り上げて貰えるなんて!

「いいっていいって、じゃあ俺は()()探してくるから」

 といって、矢鱈さんはニヤッと笑う。

「黄色い奴っすね? それはそれは。どうぞごゆっくり」

 矢鱈さんを送り出し、俺は拳を天高く突き上げた。


 よし! よし! よーーーしっ!


 いやぁ、さすがカリスマ。本当にすごいなぁ……。

 しかし、紅小谷鈴音ってどんな人なんだろう?

 女性なのかな? ペンネームとか? うーん、気になる。

 おっと、折角の好意を無駄にはできない。

 事前にPRポイントを作るなり考えるなりしておかねば!


 とその時、スマホが鳴った。

 ――着信?


 見ると『壇しおり』の文字……母である。

 恐る恐る画面をタップした。


『ちょっと、ジョーン? メッセージ見たけど、あなたダンジョンなんかやってるらしいわね!」

「え? だからメッセージで……」

 ていうか、見るの遅っ! またカンヅメだったのか? (母はプログラマー)

『黙りなさい! ったく、何を考えてるんだか……。もうすぐそっちに着くから、あんたそこに居なさいよ!』

 通話が切れる。

 ……マジで?


 な、なんであんなに怒ってんの?

 ヤバい、どうしよう?

 でも、何も悪いことはしていないし。

 てっきり了承済みだと思ってたけど……。


 あ、陽子さん大丈夫かな。

 一応、伝えておいた方がいいのか?

 うーん、でも、デリケートな問題に首を突っ込みたくはないし……。

 迷った挙げ句、爺ちゃんにメッセージを送る。

『なんか母さんが来るみたい』

 すぐに返信が届く。

『当分、家空けるから頼むわ』

『り』

 やはり、バレると不味いのか……。


「すみません」

 少しハスキーな高い声が響く。

 スマホを置き、慌てて顔を上げると、カウンター岩から頭一個分飛び出した、小さな女の子と目が合った。

「あの……矢鱈くん来てますか?」

 ま、まさか……このかなり攻めた髪型の女の子が、紅小谷鈴音!?

 肩までのボブ、色は焦げ茶でインナーカラーがダークピンク、右側だけツーブロックになっている。

 バンドとかやってるのかな……。にしても派手だなぁ? いくつだろ?

 ていうか、来るの速っ!


「あの、聞いてます?」

「あ、はいぃ! えーと矢鱈さんは今、中に……」

「あなたがここの店長?」

 よく見ると耳と口唇にピアスが……。

「あ、はい。壇ジョーンといいます! よろしくお願いします! 紅小谷さんで……?」

「そ。あと、そういう堅苦しいのいいから」

「へ? あ、すみません……」

 うーん、ちょっと苦手なタイプだな……。

 そもそも、得意なタイプもいないけど。


 紅小谷はカウンター岩の前で周りを見ながら

「で、ここの宣伝をしたいのよね?」

「そ、そうなんです! まだ知名度が低くて……」

「ふぅん……」


 突然、深淵からの呼び声が聞こえた。

「ジョー……」

「ジョーン!」

 段々と近づく声……。

「ジョーン!!! 居たっ! あんたはもう!」

「ひっ……」

 仁王立ちの母、あまりの闘気にたじろぐ。


「誰?」と紅小谷。

「あ、僕の母でして……ははは」


 母は眼鏡の位置を直しながら、紅小谷を見て

「あなたこそ、誰なの?」と牽制する。

 二人が険悪なムードになっていく。


「ああああ、あの、ちょっと母さん? 大事なお客さんだから……」

 母は俺の方へ向き直して

「ったく、お爺ちゃんは? 家には誰もいないし、あんたは勝手にダンジョンなんか始めるし」

「いや、それはその……」


()()()? ちょっとオバサン、ダンジョン()()()って言った?」


「言ったらどうだって言うの?」

 母は一歩前に歩み出て、ゆっくりと紅小谷を見下ろす。

 紅小谷も負けじと、母を睨んで見上げる。

 互いに一歩も引く気配がない。

「やめて、やめてよぉ~」

 俺はカウンター岩から出て、二人を止める。


「何かあったの?」

 く、黒髪JK!? よりによってこんな時に……。

 お前は空気を読むと言うことができないのか!?

「あ、ああ、どうも。すみませんねぇ、今ちょっと取り込み中で……」

 

 そんな俺を嘲笑うかのように

「何このオバサン達?」


 おいおいおいおい! 何をサラッと言ってくれてんの!?

 謎の任務でも遂行中か?

 ただでさえ、君はややこしいんだからさ!!


「ジョーン? 何この子供は?」

「あ? このビッチは何なの?」続けて紅小谷。


 終わった、完全に終わった。

 もはや、修復不能案件。俺にはもう……。


 呆然とする俺の目の前に、黒髪JKが何かを見せてきた。

「ダイバー免許?」

 見ると、免許には絵鳩理俐(えばとりり)とある。

 写真は僅かに微笑んでいて、こんな顔ができるの? と驚いた。

「あ~! 受かったんですね?」

 絵鳩は小さく頷く。


 紅小谷が呆れた顔で

「何? あんたの彼女?」

「いえいえいえ、違います! あの、お客さんというか何というか……」


「で、オバサン誰?」と絵鳩。

「ハッ、口の減らないガキね? 私は月間5000万PVを誇る『さんダ』の管理者にして、スタイリッシュダイバー紅小谷鈴音よ!!」

 紅小谷は半分仰け反るようにして絵鳩を睨む。

 絵鳩は一瞬、驚いた表情を見せるが、すぐに真顔に戻った。

「ふん、やっと理解したようね?」

 得意そうに紅小谷が髪を後ろへ払う。


「キモっ」


「な、なんだとわりゃぁ!! コラ、このぉクソビッチがぁぁぁーーー!」

「やめなさい!」

 飛びかかろうとする紅小谷の頭を、母が片手で抑えて止めた。


「わ、何をする! このBBA(ババア)! 離せ~!」

 紅小谷が腕を振り回すが、全く届く気配がない。


 大きなため息を吐いて、母は

「あんたの友達はこんなのばっかりなの?」と残念そうに言った。 


 するとその時

「あーーー! お前何やって……」

 受付前で騒ぐ紅小谷と他の面々を見て驚く矢鱈さん。

 うう、これ以上話がこじれるのはやめて欲しい……。

「あ、矢鱈さん、そのぉ、うちの母でして……」

 その瞬間、シュッとスイッチが入ったように

「これはこれは、申し訳ありません。僕の友達がご迷惑をおかけしました。私、矢鱈堀介と申します」

 と言って輝く白い歯を見せた後、母に頭を下げた。

「あらジョーン、まともな子もいるんじゃない。ちょっと安心したわ」

「そう言って頂けると光栄です。ジョーンくんにはいつも良くしてもらってまして……」


 陰で俺の袖をJK絵鳩が軽く引っ張り、耳打ちをする。

「矢鱈堀介って……あの?」

 俺はうんうんと頷いて応える。

 ったく、今は、それどころじゃ……え?


 何を思ったか、絵鳩は母をぐいっと押しのける。

 そして、息がかかりそうなほど矢鱈さんに顔を寄せ一言。

「サイン、もらえる?」


「「「「えっ!?」」」」


 ――ダンジョンに皆の声が木霊した。

所持DP   675,602

矢鱈(入場料)    500

――――――――――――――

計      676,102

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