インディーズ・ウェポンに挑戦します。
ぐつぐつ……。
ぶくぶく、ぐつぐつ……。
「そろそろ、いいかな?」
アバレウコンの葉の煮汁に、『リュゼヌルゴスの粘液』を少しずつ混ぜ入れる。
ピンクに色づいたところで、粉末状にした『トレントの樹皮』と『スケルトンの骨』を混ぜ合わせた粉を入れて、小一時間ほど煮込めば……刀身の素となるペーストの完成だ!
次に、事前に作っておいた、刃渡り二十センチほどの短剣の木型を用意。
木型を設置する台は、百円ライターを水平器代わりに使い、水平をとってある。
急ぎペーストを冷めないうちに静かに流し込んで、あとは乾くのを待つだけだ。
「よっし!」
乾くまでに時間があるので、一休みすることにした。
さてさて、上手くできればいいのだが……。
珈琲に口を付けながら、タブレットデバイスで暇つぶしをする。
紅小谷の運営する『さんダ』は、正月明けまでメンテ中の協会サイトと違い、全国各地の正月から通えるダンジョンや、縁起の良いモンス特集を組むなど、流石としか言いようがない。確か、アプリも作るとかいってたし……。一体、いつ休んでいるのだろうか?
「むぅ、負けてられない……」
俺も今年から、新たな試みをしてみようと考えている。
実は先程の作業も、その一環なのだ。
最近、個人が経営する小規模ダンジョン界隈で、『インディーズ・ウェポン』なるものが流行っている。
その名の通り、自作の武具の事なのだが、デザイン性が高かったり、機能性に特徴があったりと、作成者のこだわりが強いものが多く、有名なブランドにもなると、他県からわざわざ足を運ぶダイバーもいるらしい。中でも『AXCIS』や『九十九』、『奇聖鉄』などは、プレミアが付くほどの人気だ。
そこで、D&Mでも何か作れないかと考えた結果、手始めに初心者用の剣を作ってみようと思い立ったわけである。本格的に金属から作る猛者もいるが、俺にはまだそこまでのスキルはない。なので、ネット動画の人気シリーズ、『俺の剣、作ってみた!』を参考に作っているのだが……。
ちなみに、これが上手くいけば、俺もいずれは『壇』ブランドなる、インディーズ・ウェポンを販売してみたいと思っている。
タブレットの時計を見る。そろそろ冷えたかな?
俺は木型に手の平をかざし、熱がないか確かめてみた。
「おぉ!」
爪先で少し触ると、すでにカチカチになっているではないかっ⁉
よしよし、ではさっそく……。
木型の裏から、軽く木槌で叩いていく。
しばらくすると、ピンク色の短剣がポロッと落ちてきた。
剣を手に取って台の端を軽く叩くと、カチカチと硬質な音が響く。
かなり軽いが、硬そうな感じ。
うーん、意外と使えそう。やっぱ、何でもやってみるもんだな……。
後は、この短剣をひたすら研いで、研いで、研ぎまくるのだ!
水を張ったバケツから、気泡が出なくなるまで漬けておいたジャッカルの胆石を取り出す。
※ジャッカルの胆石は砥石になる。
――シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。
静かなダンジョンに、剣を研ぐ音だけが響く。
雑念を払い、砥石に対して15~20度の角度を維持。
――シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。
そういえばこの前、『宇宙飛行士が晒されることになる高電荷粒子をマウスに照射した実験で、脳に炎症が起こり、痴呆や認知能力に問題が起こった』というニュースを見て思った。
ダンジョンはどうなんだろう……って。
もしかしたら、ダンジョン内には、目に見えない何かが放出されているかも知れないし、長時間居ることで人体に影響が出るかも知れない。ダンジョンアレルギーとか……。
――シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。
そもそも、ダンジョンって何なんだ?
コアは一体何で出来ているんだろう。地形が一瞬で変わるとか凄すぎだし……。
モンスはどこから来て、どこに消えるのか。
なぜ話が通じるモンスがいる?
――シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。
あれ? これって本当に話しているのだろうか……?
話していると思っているけど、実は会話はしていなくて、意思の疎通ができているだけかも?
俺が認識しているだけで、この世界は……。
人生って……。
「うぉぉぉぉーーーーっ!!!」
ぶんぶんと頭を振り、大きく深呼吸をする。
いかんいかん、単調な作業をしていると、どうしても余計な事を考えてしまうな。
短剣をバケツの水で濯ぎ、刃のかえりを見る。
「お~、結構鋭い」
再び、研ぎ作業を続ける。
――シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。
永遠とも言える時間が流れ、俺の筋組織が悲鳴を上げ始めた頃――。
「よ、よっしゃぁああああーっ‼‼‼」
うぅ……腕がぁぁ……。
それよりも、俺の手の中に輝くこの短剣を見よっ!
透き通る刀身は、薄っすらとピンクがかっていて、とても綺麗だ。
初めてにしては、かなりいい出来ではないだろうか?
あとはグリップを……。
持ち手の部分は、クリスマスに手に入れておいたグランクリスの枝を使う。
刀身を差し込み、大きさを調整したら一度外してヤスリがけをする。
「むぅ、硬ってぇなぁ」
――ゴリゴリゴリ……。
大まかに形を整えたら、紙やすりで仕上げにかかる。
ふー、短剣一本でこの手間。
楽しいけど、商品にするにはちょっと無理があるかも……。
なるべく簡易的に作れる方法を探らないと。
指で手触りを確認したあと、仕上げにケローネ油を塗り込んでいく。
いい具合に光沢が出て、握り心地もしっとりとした感触。
あとは接着用のペーストを塗り、刀身を差し込んで……完成だ!
「で、出来た……!」
かなり大変だったけど、『壇』ブランドの記念すべき第一号。
薄ピンクの君の名は……『P・J』だ!
変かな……?
ま、まぁ、名前はいつでも変えられるし、一応(仮)ということにしておこう。
俺はP・J(仮)を、カウンター岩に置き、道具の後片付けを始めた。
一日がかりの作業になるってことは、営業中に作るのは無理だな。
花さんがいる時に、少しずつやるしかないか……。
片付けを終わらせて、フロアをチェックしていると見慣れぬ横穴に目を止めた。
「……え?」
ベビーベロスのいる十六階層だ。
確かスライムとスケルトン、フレイムジャッカルにデスワームという構成だったはず……。デスワームが掘ったのか?
十六階層は手前が迷宮タイプ、ベビーベロスのいる奥は洞窟タイプになっている。その奥の岩肌に、ぽっかりと穴が空いているのだ。
「気になるな……」
俺はP・J(仮)を装備し、LED懐中電灯片手に様子を見に行くことにした。
――十六階層。
手前の迷宮フロアの壁には、凭れかかるようにスケルトンが座り込んでいる。
寝ているのか、残骸なのか……、何とも奇妙な光景だ。
そのまま奥へ進んでいくと、ゴゴゴゴ、ゴゴゴゴ……とベビーベロスの寝息が聞こえてきた。
「めっちゃ、デカくなってるっ⁉」
ライオンぐらいだったベビーベロスは、軽自動車ぐらいの大きさになっていた!
「もはや、ベビーじゃないし……」
驚きながらも、あまり近づかないように遠回りをして、俺は問題の横穴へ向かった。
縦横二メートルぐらいの穴。
中を覗きながら、懐中電灯で奥を照らす。
「ん? 何だろう?」
と、その時、穴の奥からガサガサという音が聞こえてきた。
「ひっ⁉」
咄嗟に穴の横に身を隠す。
な、なんだ? モンス? CLOSE中で動けるってことは……虫系?
考えを巡らせていると、暗闇から手がヌッと伸びてきて岩壁を掴んだ。
うぉっ! モンス⁉ 鋭い爪に……モッフモフの手?
横穴から出てきたのは、犬型獣人のコボルトだった。
タイプはコボルトの中でも温和と言われる『紺柴』で、紺と白の体毛に、麻呂眉がなんとも言えない柔らかな雰囲気を醸し出している。体毛に混ざった白髪からして、少し高齢のコボルトに見えるが……。
『ん? 君は管理者かな……?』
聞き取りやすい、はっきりとした声で流暢に喋るコボルト。
確かコボルトは話が通じると、『月間GOダンジョン』に書いてあったっけ……。
「そうだけど、えっと……この穴はあなたが?」
『そうだ。この穴はデスワームを使って作った』
す、すげぇ。めっちゃ通じてる。
「へぇ……、そ、そうなんだ」
『ここを領地としてやっていくには、まず寝床をと思ってな。何か不味かったか?』
「い、いや、全然大丈夫です」
うわー、何かめっちゃしっかりしてて怖い。
『ふっ……そうか、なら好きにやらせてもらうさ』
そう言って、小さく肩を上げるコボルト。
ダ、ダンディなおじさんって感じだな……。貫禄もあるし。
「じゃ、じゃあ、また何かあったら来ます」
『ああ、俺も寝るとしよう』
「お、おやすみなさい……」
コボルトは横穴の奥へ消えていった。
ふぅ~、緊張した~。
まさか、コボルトが発生しているとは……。
俺は一階へ戻り、コボルト特集が掲載されていたGOダンジョンのバックナンバーを探す。
「たしか、特集記事が……あ、あった!」
珈琲を飲みながら、ページをめくり特集記事に目を通していく。
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発生前に、コボルトの基本を押さえておこう!
【コボルトの特徴】
・発生したフロアを自らの領地と認識する。
・知能が高く、言語を理解する個体が多い。
・知能が低い個体は語尾に『ワン』や『ガル』などが付きがち。
・武器や防具を扱う。(ダイバーから奪った物や、自ら作った物など)
【コボルトのタイプ】
[柴系]
・紺柴……一番温和なタイプ、知能が高い。
・黒柴……戦闘力が高く、高圧的。
・茶柴……陽気で知能が低い。
・白柴……希少種。下位眷属の群れを形成する。
(中略)
[ダンジョンのウワサ]
編:イギリスのダンジョンでは、コボルトが街を作ったという話があるとか?
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うーん、フロアを自分の領地と認識ねぇ……。
柴系の他にも[土佐][秋田]などの地域固有種など、かなりタイプが多いようだ。
コボルトにケットシー……。
D&Mに通うダイバーの中に犬派がいれば、リピート率があがるやも!
犬派、猫派の両取りが可能に⁉
当分は、こまめに動向をチェックしておこう。
ククク……。
ふと、外に目をやると、辺りはすっかり真っ暗に。
「そろそろ帰るか……」
俺はP・J(仮)などをアイテムボックスへ戻し、ダンジョンを後にした。
「うー、寒い寒いっ」
空気が冷たくて鼻の奥がツーンとする。
今日の晩ごはんは、鍋焼きうどんでもするかなぁ……。
明日からの集客に繋がればと思い、帰りながらSNSでコボルト発生を呟いてみた。
P・J(仮)もお客さんに見せて、反応を伺ってみないと……。
俺は獣道を抜けて、空き地に出る。
暗闇の中に漏れ出す家の明かりを見て小走りになった。





