クリスマス・イベント 前編
「うぅっ 寒いっ!」
おいおい、部屋の中だというのに息が白い。
慌てて毛布にくるまりながら、時計を見た。
ぐぬぬ……起きなくては。
何度もトライ・アンド・エラーを繰り返し、やっと布団を出る行為が認証される。
「うぉっ!」
ゆ、床が氷のようだ。
仕方ない、あれを発動するしかあるまい。
なるべくなら使いたくはなかったのだが……。
「だから?」
「冷たいよね? だから?」
今の俺は、傍から見るとイカれた寝起きのダンジョンオーナー。
だが、かなり高度なテクニックを駆使しつつ、冷気耐性を獲得している。
「はいはい、冷たい冷たい、あー、寒いねぇ?」
俺はぶつぶつと吐き捨てるように言いながら、洗面所へ向かう。
お気づきの方もおられるやも知れぬ。
そう、俺はこの寒さに対し『逆ギレ』をしている。
何を馬鹿なと笑われるかも知れない、だが侮るなかれ。
人間、気の持ちようで病気が治ったりすることがあるように、寒さもまた、脳からの電気信号によって知覚する現象のひとつ。ならば寒いという信号を上回る逆ギレで上書きしてやれば――。
寒くなどない。
無事、支度を済ませた俺は、ダンジョンへ向かう。
昨日の寒さ対策の続きをしなくては……。
急ぎ獣道を登り、入口前に着くと目を疑った。
「え、なにこれ……?」
折角縫い付けたパパバットの皮が、下半分きれいに切り取られている!
残った上半分がピラピラと風に揺れ、廃墟感が……。
ど、泥棒⁉
急いでカウンター岩に回り込み、辺りを確認する。
うーん、デバイスの動作は正常、盗られたものもなさそうだな。
一体、どういうことだ?
入口周りを調べていると、柵の隅に白い毛がついているのを見つけた。
ん? あっ‼ これは猫の毛⁉
「あ、あいつらかっ!」
でも、何でこんな皮を……?
しばらくの間、ピラピラと揺れる皮を見つめながら考えを巡らせたが、まったくわからなかった。
まぁ、まだあいつらと決まったわけじゃないし、皮はたくさんあるからいいけど……。
後で様子を覗いてみるかな。
気を取り直して一階へ戻ると、ちょうど花さんがやって来た。
「あぁ、おはよう~」
「おはようございます、ジョーンさん」
今日は、髪を後ろで一つに結び、ラフなスウェットパーカー姿。
こういう気取らない感じも似合う。
「これは、防寒用に何か作ってるんですか?」
入口の柵を見て、花さんが訊いてきた。
「うん、そうそう」
俺は花さんに寒さ対策の構想を説明する。
「なるほど……。いいですねぇ、日除け幕は雰囲気も出ますし」
「でしょ? へへへ」
「じゃあ、俺は幕とかの作業やっててもいいかな?」
「はい、お客さんはお任せを」
俺はダンジョンをOPENし、花さんにカウンターを任せて作業に取り掛かった。
枠は完成しているので、後の作業は楽だ。
まず、切り取られた皮の部分を再度縫い付け、次に日除け幕の部分を切り出す。
出入りしやすい高さを調整しながら、取り付けた幕を引っ張っていく。
地面に打ち付けた杭に、紐で幕を結びつけて……。
「よし! できたー!」
花さんが、出てきて拍手する。
「とってもいい感じじゃないですか?」
「うん、で、この張り出した幕の下にも火鉢を置いて……」
と、そこに絵鳩&蒔田コンビがやって来た。
「ジョーンさん、おつです」
絵鳩と蒔田が手を上げた。
「おや、花さんもおつ」
再び、二人が手を上げる。
「おぉ、いらっしゃい。ねぇ、この幕どうかな?」
蒔田が絵鳩に耳打ちをする。
「時代劇っぽいって、まっきーが。私もよきだと思います」
「おぉ! ありがとう」
「どうぞー」
花さんが二人を中へ案内する。
幕の微調整をしていると、絵鳩から声がかかった。
「そういえばジョーンさん、クリスマスなんかやるんですか?」
「あ……」
ヤ、ヤバイ……綺麗さっぱり忘れていた‼
経営者として忘れてはならない、超メジャー級の行事イベントだというのに!
例年フルシフトでバイトをこなしていた俺にとって、クリスマスといえば、時給が上がる稼ぎ時のイベントぐらいの認識でしかなかった。
くっ……俺の中でクソみたいにこびりついてしまっている、おひとりさまな常識が憎い。
しかしジョーン、お前はもう、あの時のジョーンではないはずだっ!
俺はハッと我に返る。
「も、もち、考えてるよ! 楽しみにしてて!」
絵鳩たちに向かって、咄嗟に、大見得をきってしまった。
「うわー、楽しみ。なるべく早く告知よろです」
絵鳩と蒔田はキャッキャしながら、楽しそうにダンジョンへ入っていった。
うー、どうしよう……。
「ジョーンさん、大丈夫ですか? 顔色が……」
花さんが心配そうに俺を見る。
「あ、いやいや、大丈夫大丈夫! へへへ」
笑って誤魔化しながらも、脳をフル回転させる。
クリスマスイベントかぁ……。
「そう言えば、写真変えたんですね?」
「ん? ああ、それ、なかなか味があるでしょ」
花さんはタブレットでD&Mのページを見ている。
「はい、おしゃれな感じで素敵です」
「ほんと? へへ、良かった。将棋は負けちゃったけど……」
「将棋?」
「いや、ははは、なんでもない。さて、クリスマスかぁ……」
そう呟くと、花さんが「あ」と、思いついたように声を漏らした。
「知ってますか? ダンジョンの怖い話」
「え……」
どういう流れ……?
花さんは、多分言いたくて仕方ないのだろう、俺の返事を待たずに話し始める。
「とあるダンジョン管理人の話なんですけど……。そのダンジョンは、よくある洞窟タイプ……低層で、五階層のダンジョンでした……。クリスマスの日、いつものようにダンジョンを清掃していた管理人が、何やら変な気配を感じたんです……。洞窟は一本道ですが、途中には小部屋が4つありました。管理人は気のせいかと思い、また清掃に戻ります。すると今度は、はっきりと唸るような男の声が聞こえました」
俺はゴクリと生唾を飲み込む。
「管理人は、霊とかを信じない人だったので、もしかすると残っているお客さんかと思い、小部屋をひとつずつ確認していくことにしました。小部屋を調べながら管理人はあることに気づきます。部屋は4つ、なら、この部屋は……一体何だと。そう、管理人は5つ目の部屋を調べていたのです。そして、慌てて飛び出そうとして振り返ると……」
――メリークリスマスッ‼‼
花さんが急に叫んだ。
「ウォッ‼ び、びっくりしたぁ~!」
心臓がバクバク言ってる……。
俺はカウンター岩にもたれかかった。
花さんは笑いをこらえて震えている。
意外といたずら好きというか……。
「もう~、全然警戒してなかったよ」
「ふふふ、すみません、つい」
――営業終了後。
「お疲れさまです」
「お疲れー、今日はあまり忙しくはならなかったね」
ガチャを補充しながら、花さんが答える。
「そうですねぇ、いつもに比べると……。多分、寒くなってきたから、みんな外に出たがらないんですよ」
「それもあるのかなぁ……」
「ジョーンさん、クリスマスはどんなイベントやるんですか?」
「あ、うん……。さっきはああ言ったけど、実はまだ決まってなくて……」
「え……、決めないと、あまり時間ないですよ⁉」
帰り支度をする花さんが驚いた表情を見せた。
「うん、明日、島中で飾りを見ようと思ってる。先にできることからしておこうと思って」
先に飾り付けだけでもやっておいた方がいいもんな。うん。
「じゃあ、私も手伝います。島中ならいつも行ってますし」
「え? ほんと? 助かるよ。多分、昼頃になると思うけど……」
「はい、大丈夫です。じゃあ、明日向こうで会いましょう!」
「あ、うん、よろしくね。お疲れ様」
俺は花さんを見送ったあと、カウンター岩の中にある丸椅子に腰を下ろした。
温かい珈琲を飲みながら、クリスマスのイベントの事を考えると大きな溜息が漏れた。
「クリスマスかぁ……」
例年、協会が用意するクリスマス限定のガチャは、正直オススメできない。
なんと一回500DP、しかもカスばっかり。ま、行事ものなんてこんなもんだ。
多分、今年も同じようなもんだろう。
そう言えば、外国ではクリスマス限定で発生するモンスがいると聞く。
日本にも、そういうのがあれば楽しいんだけど……。
まぁ、まずは出来るところから。
「よし、明日にするか」
俺は席を立ち、ダンジョンを後にする。
外はもう暗かった。
冷たい空気で頬がきゅっと引き締まる。
「う~、さぶ」
見上げると、夜空にオリオンが見えた。
やっぱり、田舎は星が綺麗だなぁ。
ふと、夏頃に見たデネブを思い出し、白い息がもれる。
クリスマスが終われば、今年も、もう終わりだ……早い。
物悲しい気分を捨てるように短く息を吐き、俺は家路を急いだ。





