寒さ対策です。
スズメが鳴き始めた頃、俺は納屋の中であるものを探していた。
「ん~、お! あったあった」
奥からそれを引きずり出す。
結構、重いなぁ……。どうやって運ぼう。
俺は足元にある火鉢を見つめた。
そう、寒さ対策である。
「う、うぅっ! ぬぉぉぉお! はぁ、はぁ……」
つ、着いた……。
俺はダンジョンの入口前に座り込む。
お、重っ! あー、筋トレしてて良かったぁ。
タオルで汗を拭きながら、カウンター岩前に火鉢を置く。
「あと、二本は持ってこないと……」
ふてぶてしく鎮座する火鉢を見つめながら溜息をついた。
……明日から、一日一本持って上がるか。
そんなことを考えながら一休みしていると、表から花さんが「おはようございます」と入ってきた。薄手のコートに白いニットワンピ姿、すっかり秋の装いで、Tシャツ姿で汗をかいている俺が、季節感のない残念な子に見える。
「おはよー。ごめんね、休みなのに」
昨日の夜、NARAKUのお土産を渡そうと連絡をしていたのだ。
「いえいえ、兄の店にも寄らないといけないので」
「これ、お土産」
俺はカウンター岩に置いてあった紙袋を渡した。
「うわぁ、ありがとうございます!」
「良かったら開けてみて」
「いいんですか? じゃあ、遠慮なく……」
花さんは目をキラキラさせながら、紙袋からお土産を取り出した。
「あーっ! NARAKUの限定Tシャツ、それにモンスサブレも!?」
「しかもこれ、24種の方じゃないですか!」とさらに大きく目を見開いた。
「へへへ、12種だとラキモンが入ってないからね」
「さっすがジョーンさん、わかってますね~」
笑いながら花さんは、ふと足元に目を向けしゃがみ込んだ。
「あ、かわいい~。火鉢ですか? 最近、兄の店でも見ました。意外と暖かいんですよねぇ」
「うん、ウチもそろそろ、寒さ対策をしようと思ってね」
へぇ~と言いながら「これ、更衣室の横とかどうです?」と花さんが俺を見上げる。
「お! それいいね」
俺はさっそく火鉢を更衣室横に運んだ。
「だいぶ冷えてきましたもんねー。あ、火種はどうするんですか?」
「うん、ベビーベロスのとこにある溶岩の欠片を持ってこようかなーとか思って」
「ジョ、ジョーンさん……それは無謀かと……」
花さんが、恐ろしいものを見るような目で俺を見る。
「やっぱ無理かな……」
「た、単純に、炭でいいんじゃないですか?」
「そ、そうだよね? あ! 平子さんに頼んじゃおうかな?」
「兄も喜ぶと思います、じゃあ伝えておきますね」
それから花さんに珈琲を淹れ、NARAKUの話、向こうでモーリーたちに会った事、そしてレムナントのダンジョロイドを見ながらのモンス話で盛りあがる。
途中から、花さんのモンス談義が熱を帯び始め……、
「ジョーンさん、こんなのは前置きですよっ! モノリスに刻まれた古代文字解読にも一役かった、という話もあるんですっ。ちょ……凄くないですか? 八咫烏自体は……で、また、急に現れたりするらしいんです……。ほんと、困った子なんですよ。発……も、すぐに現地に行かないと調べるこ……遭遇したとしても、じゃあ、何をどう調べればいいのって感じで。データを取るにもこういう状況ですから、もっぱら……葉を記録するしかないみたいです。ふふ、あ、でもそういうのって、逆に燃えますよねー」
時間はあっという間に過ぎていった。
ハッと我に返った花さんが腕時計を見る。
「あ! 私、そろそろ行かないと……、お土産ありがとうございます! じゃあ、頑張って下さいね」
「あ、うん、気をつけて。じゃあ、また」
慌てて帰る花さんを笑顔で見送ったあと、俺はスマホの時計を見た。
「さて、こっちもそろそろOPENか……」
久しぶりの営業だし、頑張らねば!
そう気を引き締め直して、俺はデバイスをOPENにした。
連休明けの営業で少し不安はあったが、午後までに多数の常連さんたちが顔を出してくれた。
皆とはNARAKUの話で盛り上がり、新規のお客さんの中には、その話を聞きたいがために来てくれた人もいて、俺は改めてビッグイベントなんだなぁと再認識した。
気づけば日も陰り、殆ど連休の影響もなく無事に営業が終わった。
「思ったより、お客さんも来てくれたし……」
俺はほっとしながら、閉店作業を始める。
一通り、明日の準備まで終わらせたあと、俺はデバイスから自分のアイテムボックスを覗いた。
「えーっと、確か昔に採った記憶が……お、あった、あった!」
デバイスから『パパバットの皮』を取り出す。
バババットが成長すると、パパバットに進化するのはご存知の通り。
これはその、パパバットのドロップアイテムだ。
長い棒に巻き付けてある皮を、コロコロとカウンター岩に広げる。
「うーん、この手触り。いいねぇ」
まるで上質なスエードのような……。
パパバットの皮は武器のグリップ部分や、鎧の裏地、刃物を研ぐ時にも使われたりするのだが、防カビ、防湿、防寒作用もあるのだ。簡単に言えば、とても使い勝手が良い皮である。
というわけで、この皮を使って入口からの冷気を防ぐカーテンを作ろうと思う。
入口全体をカバーするとなると、結構な量が必要になるが問題はない。
沼時代に貯めたストックがまだまだ売るほど残っているのだから。
「ククク……」
俺はまず、入口の長さに合わせた細長い竹を用意した。
竹はそこら中に生えているので、いくらでもあるのだ。
次にその竹を、入口上部の両端に突き刺して物干し竿のように固定する。
そして、真ん中に補強用として少し太めの竹を立てた。
「ふぅ、よしっと」
グラつきがないか確認しながら、今度は左半分に竹を柵のように立てていく。
ちょうど俺がいつも立っている場所が隠れる形になった。
次に裁断したパパバットの皮を用意し、柵にその皮を結びつけていく。
パパバットの皮は丈夫だが、とても柔らかいので作業は思ったよりも楽だ。
柵全面に皮を貼り終わると、俺は少し離れてから眺めた。
「おぉ!」
右半分はまだ空いたままだが、左半分はパパバットの皮で壁が出来た。
黒くてカッコいいが……なんだろう。
か、隠れ家的ラーメン屋のような雰囲気が……。
ま、まあ、気にしないでおこう。
良いのか悪いのかわからないが、見ようによってはシルバーアクセのお店にも見える。
寒さ対策の方が大事だし、色を変えるなり装飾すれば、お客さんの反応にも対応できるだろう。
さて、右半分は日除け幕みたいな感じにしたい。
染め物で店名を入れてもいいなぁ。
デザインはゆっくり考えるとして、先にサイズだけ測って裁断しておくことにした。
カウンター岩に戻ると、中が真っ暗になっていた。
「あー、そっかそっか」
俺は懐中電灯をつけ、カウンター岩に置く。
日中は良いとして、照明も考えないと……。
これから暗くなるのも早いし。
「とりあえず、今日はこのぐらいにすっか」
――閉店後。
ジョーンが作ったパパバットの皮の壁から、僅かな月明かりが漏れている。
虫たちさえも寝静まった真夜中、カウンター岩前に音もなく忍び寄る影が……。
「ケットシーさま、これはなかなかに上等な皮でござる」
「シッ、これこれ、あまり音をたてるニャム……」
「も、申し訳ありませぬ」
「ニャム、これは爪とぎに良いニャムな」
ケットシーは皮に爪を立て、感触を確かめている。
「どうなされますか?」
「そうニャムな……」
ケットシーは皮を撫でながら
「ここで切って持ち帰えるニャムよ」と猫又たちに指示を出した。
「かしこまりまして候」
ケットシーと二匹の猫又は暗闇の中、皮を担いでえっさ、ほいさとダンジョンの奥へ消える。
そして、誰もいなくなったダンジョンの入口で、残ったパパバットの皮が夜風に揺れていた。
もちろん、夢の中のジョーンは知る由もない……。





