東京から戻りました。
第六部スタートです宜しくお願いします。
一泊二日の東京遠征。
NARAKUも終わり、俺は実家で休みを満喫していた。
「あぁ~、楽しかったなぁ……」
布団の上でゴロゴロと転がりながら、打ち上げで聞いた話を思い出す。
モーリーの話では、最近はおしゃれなダンジョンが増えているそうだ。
確かに以前からSNS映えなど、GOダンジョンでも度々特集が組まれていたのは目にしていた。もしかすると、ウチのようなオーソドックスなダンジョンは、あと数年もすれば流行に取り残されてしまうかも知れない……。
そんな漠然とした不安を胸に抱きながら、D&Mも時代の流れに取り残されぬよう、少しでも新しい取り組みをしなければと思い立ったわけだが……。
「むー、かと言って、何から手を付けていいのやら」
今のところ、モンス構成は花さんの助言もあり、上手くいっていると思う。
難易度も、スライムからベビーベロスまで幅広い。まぁ、上位種がゴロゴロいるわけではないが、ヘビーなダイバーも退屈はしないはず。
「少し冷えるな」
上着を羽織り、台所で温かい珈琲を淹れることにした。
部屋に戻って、GOダンジョンをめくりながら何かいいアイデアはないかと考える。
巻末にあるダンジョンの紹介写真コーナーを見ながらふと思った。
「なんか、良い感じの写真が多いな……」
以前と比べて、どれも洒落ているような気が。
スマホでさんダにアクセスし、D&Mの写真と見比べてみる。
――な、なんか、古い気がする……。
ウチも幻想的で悪くないとは思うのだが、他のダンジョンは明るい雰囲気だったり、スタッフが笑顔で一緒に写っていたり、綺麗な外観や受付が多い。
こうして見比べても、他店の方が入りやすそうな感じがする。
雰囲気って重要だしなぁ。
同じようなダンジョンなら、良い感じの方に行くのは必然。
ウチもそろそろ写真を変えるかなぁ。
他店は、少し甘めでレトロ感のある写真が多い。
となると……。
俺は階段を下りて居間へ向かう。
「爺ちゃん、古いカメラとかない?」
「あ? カメラ? 納屋に使ってないのがあるぞ」
「ちょっと借りるよ」
「おぉ、持ってけ持ってけ」
早速、納屋へ向かいカメラを探す。
スマホで良いではないかと思うだろう。
当然、俺もそんな事は百も承知、アプリで簡単に加工も出来る。
ただ、どうせ撮るなら、リアルにレトロ感を出してやろうと思ったのだ。
レトロなカメラで撮れば、レトロだろうという安易な発想ではあるが……。
「お、あったあった」
埃をかぶった段ボールの中に、数台のカメラが入っていた。
使えそうなものはないかと探していると、一台のフィルム式カメラを見つけた。
「うわ、これ何年前のだよ!」
埃を払い、電源ボタンを探すがどこにもない。
とりあえず居間へ戻り、爺ちゃんに訊いてみることにした。
「爺ちゃん、このカメラどうやって使うの?」
カメラを見せると、爺ちゃんは懐かしそうに目を細めた。
「懐かしいのぉ! まだあったんか。ちょっと貸してみろ」
「お! ジョーン、こりゃ中にフィルムが入っとるわ」
「え、なんか写ってるかな?」
「うーん、そうや! お前、たーさんとこに、これ持っていって現像してもらえ」
「田中さんって、そんなことできるの?」
たまに将棋や囲碁の相手をするご近所さんである。
「ああ、あれは写真が趣味やから」
「へぇ、じゃあ、ちょっと行ってくる」
「おぉ、ついでに、たーさんに来週の飲み会、みんなに連絡しとけって言っといてくれ」
「わかった」
俺はカメラを持って、田中さんの家に向かった。
すこし冷たい風に季節の移り変わりを感じながら、色褪せたインターホンのボタンを押す。
『はいはい』
「あ、ジョーンです、今大丈夫ですか?」
『あぁ、ジョーンくん。ちょっと待っててな』
「はーい」
玄関の扉が開き、田中さんが顔を覗かせた。
つるつる頭に丸いメガネ、愛想の良さそうなお爺さんだが、目はとても鋭く、爺ちゃんが開発したアプリの共同開発者でもある。
「こんにちはー、田中さんちょっとお願いがあって」
「ん? まぁ、上がりなよ」
「あ、はい。お邪魔します」
居間に通され、いつもの縁側に座る。
「いま、何勝何敗だっけかの」
「15戦、8勝7敗です。僕の勝ち越しですね」
「むぅ、こしゃくな……」
田中さんは温かいお茶を出してくれた。
「ありがとうございます」
二人で茶を啜る。
うーん、あったかい。
「で、どうした?」
「あ、これなんですけど……」
俺は田中さんにカメラを見せた。
田中さんはメガネを拭いて、
「どれどれ、ほぉ~これは懐かしいな」と微笑む。
「フィルムが残っているらしいんですが、現像ってできますか?」
「ああ、簡単や。そうやなぁ、一局で手を打とうか」
ニヤリと笑って、田中さんが碁盤を指さした。
「わかりました、受けて立ちましょう」
――小一時間後。
「ぬ……、ありません。負けました」
「はっはっは、これで引き分けか。よしよし」
田中さんは満足そうに頷き、膝を叩いて席を立った。
「どれ、もう乾いとるやろ。ちょっと待っててな」
「はーい」
碁石の後片付けをしていると、田中さんが戻ってきた。
「できたできた」
「何か写ってました?」
「ほら、これはたぶん助六さんじゃないかな?」
「え! うわぁ、本当だ!」
居間に飾られている写真と同じ。
いや、少しこっちのほうが年を取って見えるけど、間違いなく助六爺ちゃんだ。
くすんだ写真の中で、豪快に笑っている。
今の爺ちゃんと同じ年くらいかな?
それにしても、体格が異常に良い。
確か喧嘩っぱやいって言ってたもんなぁ……、怒ったら怖そう。
「強は助六さん似だな」
「そうですね、少し大きい爺ちゃんって感じです」
助六爺ちゃんがダンジョンを始めてくれたから、俺はこうしてダンジョン経営ができてるんだよなぁ……。
そう思うと、感謝しかない。
俺は心の中で助六爺ちゃんにお礼を言いながら、写真を受け取った。
田中さんにカメラの使い方を教わり、新しいフィルムも入れてもらう。
「あ、田中さん、爺ちゃんが来週の飲み会、みんなに連絡しといてって言ってました」
「ったく、あいつは……。わかった、やっとくよ」
「何かすみません」
「はは、ジョーンくんが謝らんでいいよ。じゃあ、次は将棋やな?」
「わかりました、僕の必殺ミレニアム囲いをお見せします」
「楽しみに待ってるよ。じゃあ強によろしくな」
「はい、ありがとうございました。じゃあ、また」
そろそろ陽が落ちそうな中、俺は田中さんの家を後にしてダンジョンへ向かった。
「どういう写真にするかなぁ……」
フェンスを開け、カウンター岩に向かう。
――やはり良い。
自分のダンジョンがあるというこの充実感……。
一国一城の主として、自国を誇りに思わぬはずがないっ!
二日ぶりの興奮を抑えながら、デバイスでフロアとモンスの様子をチェックしておく。
「大丈夫だな、よし!」
休み中に、あわよくば拡張なんかがあれば良いなぁと思っていたが、世の中そんな甘い話はなさそうだ。
俺はカメラ片手に表に出た。
構図を考えながら、ファインダーを覗いてみる。
「うーん、これがピントで……なるほど」
まずは、試しに一枚。
カシャッという乾いた音が響く。
おぉ……いいねぇ。なんだろう、味わいがある。
俺は教わった通り、フイルムをくるくると巻いた。
うん、この感じは、スマホでは得られないな。
頷きながら、他のアングルも試していると、奥で何かがチラッと動いた。
「ん?」
中に入り、奥に行ってみると、突然顔に柔らかいものが飛びついてきた!
「うわっ!」
『うっぴょー! ダンちゃんおひさ!』
「ラキモンかぁ、びっくりさせないでよ」
俺は顔からラキモンを引きはがし、そっと地面に降ろした。
『ダンちゃん……』
ラキモンは真っ黒な瞳でじ~っと俺を見つめる。
そういえば、最近会ってなかったからな。
「あれか? あるよ」
『ぴょぴょぴょ!! ダンちゃん早く早く!』
せわしなくウロウロするラキモン。
俺は棚の引き出しから瘴気香を取り出して、ラキモンに渡した。
『うっぴょーーー! ラキーッ! ラキラキ!』
野犬のように喰らいつくラキモン。
そういやラキモンも、一応モンスだったよな……。
『ぷふぅラキ~。ダンちゃんありがと。何してたラキか?』
口の周りを舐めながらラキモンが訊いてくる。
「ああ、写真を撮ってたんだ。宣伝につかうんだよ」
『よくわかんないラキ。ふわぁ……じゃ、ダンちゃんまたラキ』
相変わらずクールなやつ……。
眠そうな目を擦りながら、ラキモンはぴょんぴょんとダンジョンの奥へと消えていく。
――カシャッ。
俺はラキモンの後姿をカメラに収めた。
「へへ、上手く撮れてるかな?」
その時、ハッと気づく。
そうか、すぐに見ることができないから楽しいのか!
うーん、縛りプレイ的な楽しさ? 結果を待つ楽しみ?
なんだろう、上手く言葉にできないけれど、これって……。
――ダンジョンも同じかも知れない。
何となくだけど、いま俺の中で何かが変わった気がする。
まだ、それが何なのか、はっきりとはわからない……。
だけど、この気持ちは間違ってないと思う。
そう信じて、俺はまたシャッターを切った。