TOKYO NARAKU 完
――都庁、巨大モニター前。
「ウォオオオーーーーーーーーー!!!!!」
地響きのような歓声が沸き起こる。ドローンにより上空から映し出される都庁前は、足の踏み場もない程の人で埋め尽くされていた。
巨大モニターの右下に、実況席のワイプが抜かれる。
『さぁ、NARAKUも残すところあと、1時間! 1時間を切りました! 見て下さい! 凄い、都庁前は凄い人で埋め尽くされています! 各エリアで激戦が繰り広げられておりますが、これだけの人が、その戦いに熱いエールを送っています! 凄いですねぇー、矢鱈さん』
『はい、いいですね。これをきっかけに、ダイブを楽しんでくれる人が増えれば嬉しいですねぇ~。あ、ダイバー免許取得の際は、ぜひ僕の『らくらく突破シリーズ』を読んで頂ければと思います!』
『そ、そうですね! あ、いまデータが届きました。えー、現在残っているダイバーは約800名、ですが、ここから一気に数字は動くと思われます! では皆様、後ほど!』
太刀古舞の横で矢鱈さんが小さく手を振った。
――北エリア。
金属のぶつかる激しい音が響く。
時折、レムナントが二人の戦いの間に乱入するが、瞬時に粉砕されていく。
「むんっ!」
リーダーが宙に浮き、着物姿の青年に槍を振り下ろした。
甲高い炸裂音が耳に痛い。
青年は瞬時に死角へ回り込み、釵を突き出す。
リーダーは背中を反らせ、槍を軸にして回転蹴りで応酬した。
パッと二人が互いに距離を取り、間合いをはかる。
「お兄さん、何者ですの? プロですか?」
青年が少し息を荒くして言った。
リーダーは左足を前に出し身体を沈める。地に付きそうな程だ。
槍を構え、弓を引くように……。その動きには僅かなブレもない。
鋼のように鍛え上げられた体幹のなせる業――。
クライ曽根崎SPの矛先から冷気が溢れ出し、円形に拡がっていく。
全身からオーラのような湯気が立ち昇る。
リーダーを構成する細胞の全てが、解放されるその時を待っているようだった。
「俺は曽根崎さんだ! 良く覚えとけ!!」
――串刺しの氷柱槍!!
真っ白な閃光が迸る‼
「うっ……」
俺は思わず目を閉じた。
次に目を開けた時、リーダーは青年の後ろ側に立っていた。
青年が腹を押さえ、その場を逃げ出そうとする。
「な、なんちゅう人や……」
リーダーは青年を追おうとはせず、無言のまま槍を肩に乗せた。
俺がリーダーに駆け寄ろうとした瞬間。
――突然、飛び出してきたマザーが俺に襲いかかる!
『Gyauriiiii!!!!!!!!!!!!!!!!!』
「ジョーーーン!!」
リーダーが叫ぶ。
――ドンッ!
「!?」
重低音が腹に響く。まるで大きな太鼓を叩いたような音だった。
同時に、マザーは跡形もなく霧散する。
「……え?」
「ふぅ、いやぁ、命拾いしたじゃん、君」
歪なナックルを両手につけ、フードを目深にかぶった男が笑っている。
そして「うわ、三島。お前マジか?」と、少し離れた場所で腹を押さえる青年に声をかけた。
「あ、あの、あなたは……」
恐る恐る尋ねると、男は俺の肩を叩く。
「君には何の恨みもないけどさ、一回助けたから、いいよね?」
「えっと、どういう……?」
「ジョーーン! 逃げろ!」リーダーが叫ぶ。
フードの男は、俺を見てにっこりと笑った。
「これで、貸し借りなし。おつかれさん!」
「!?」
その瞬間――目の前が真っ暗になった。
――北ゲート。
ガヤガヤと大勢の人の気配を感じる。
気付くと俺は転送され、ゲート前に戻っていた。
「あ……」
う……うわ~っ! や、やられてしまったぁーーー!!!
くっそー、もう少しだったのにぃぃぃーー!
「はーい、こちらで手続きお願いしまーす」
係員の指示に従って、受付でデバイスウォッチを返却して休憩所に入った。
お! ちょうど、巨大モニターが見える。
用意されていたフリードリンクを飲み、パイプ椅子に座った。
「はぁ……」
いやぁ、疲れた。しかし、やっぱり世の中は広い。
あんな強い人達がゴロゴロいるんだもんなぁ……。
おっと、リーダーは大丈夫だろうか?
モニターに目を向けるが、リーダーは映っていない。
なんとか、時間一杯頑張って欲しいけれど……まぁ、リーダーなら大丈夫かな。
なんせ、あんなに強くなってるとは思わなかったし。
上を向き、冷たいおしぼりを顔に乗せた。
ひんやりとして気持ちがいい。
あー、悔しー!
あそこで、もっと警戒してればなぁー!
「はは……」
でも、本当に楽しかったなぁ……。
――南エリア・奥通路。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
壁に手を付きながら、東海林はヨロヨロと通路を彷徨っていた。
通路の入り組んだ場所で、腰を落としてへたり込む。
「あ~、もうダメだ。くそ、銀丸のやつ……」
東海林はデバイスウォッチを見る。画面には膨大なポイント数と残り時間が表示されていた。
「あと、少し……逃げ切れば……」
槍を抱え込みうなだれると、東海林の脳裏に黒いフードの男が蘇る。
「なんだったんだ、あの男は……バケモンか」
ぶるっと身を震わせて、さらに奥へ逃げようとした時、目の前にユニークが現れた。
「チッ、マジかよ……詰みじゃん」
警護のファンネルたちは、あの男に全員狩られてしまった。
ほぼダイブ経験のない東海林にとって、この化物と一人で戦うという選択肢はない。
「あ~あ、勿体ねぇ……」
覚悟を決めたように身体の力を抜いた、その時。
『GYuaaa!!!!!!!!!』
ユニークが断末魔を上げ霧散する。
東海林が顔を上げると、そこには鉢巻を巻いた数人の中年男性が、何やら光る棒のようなものを両手に持ち並んでいた。
「だ、だ、大丈夫ですか……?」
真ん中に立つリーダーらしき男がオドオドした様子で言う。
「ああ。すまん、助かったよ」
東海林が礼をいいながらも訝しんでいると、男たちの奥から少女が顔を見せた。
「あの、東海林社長ですよね?」
「え……誰?」
「あ、あの、私『くえすとしすた~ず』っていう地下アイドルやってます、兵頭ぽむといいます! あの、銀丸さんにいつもお世話になってまして……」
ぽむは深く頭を下げた。
「銀丸の……。へぇ、あいつも役に立つな」
東海林は槍を投げ捨て、その場に座り込んだ。
ぽむが慌てて回復薬を持ち、東海林の側に駆け寄る。
潤んだ瞳で東海林を見つめながら「社長、お願いがあります」と訴えた。
「……何? 一応、聞くけど?」
東海林は回復薬を受け取って飲み干す。
「あの、最後まで社長を私達が死守しますから、私達の活動を応援して欲しいんです!」
「あー、そういうこと……」
東海林は後ろの中年男性たちを見て「なるほどね」と溜息混じりに呟いた。
「あ、あの人たちは、足軽っていう私達を応援してくれる……」
「クク……はははは! わかったわかった」
東海林は今日一番の笑顔で「いいよ、約束しよう」と答えた。
――巨大モニター前、参加者休憩所。
ついにカウントダウンが始まった。
観客と、モニターの司会者、都庁に集まった全ての人達が声を揃える。
『5・4・3・2・1……』
モニターから、プァーーーーン!! っという大きなホーンの音が鳴り響いた。
『タイム・アーーーーップ!!!! TOKYO NARAKU、終了でーーーす!!!!』
ワアアァッという歓声が足元から伝わってくる。
俺も一緒になって、力いっぱい大声を上げた。
拍手と喝采、口笛なんかも入り混じり、皆が終わりの余韻を楽しんでいる。
――最高の時間だった。
◆◇◆◇
俺とリーダー、それに紅小谷と矢鱈さんで、都庁横の広場に集まり、打ち上げの相談をしていた。
「どうする? 私の知ってるとこは一杯だって」
紅小谷が残念そうにスマホを見る。
「今日は、近場じゃ無理だろ。京王線乗るか?」
「でた、リーダーの京王線贔屓!」
「お前も一緒に笹塚で働いてただろ!」リーダーが俺にヘッドロックをかける。
「いててて……!」
「もう、恥ずかしいからやめてよね!」
紅小谷に注意されると、リーダーが悪戯っぽく笑いながらヘッドロックを外した。
すると、後ろから「ジョーン!」と俺を呼ぶ声が。
「ん?」
振り返るとモーリーが「よっ」と手を上げていた。
「あーーっ、モ、モーリー⁉ 来てたの?」
「はは、久しぶりやなジョーン! 元気そうやん!」
「うん、あれ? モーリーもNARAKU参加してたの?」
「いやいや、俺はついでや。ウチのが参加してたから」
モーリーが後ろを指さすと、見覚えのある二人が歩いてきた。
「「あーーーーーーーーーっ!!!!」」
俺とリーダーが叫んだ。
「なんや? ジョーン、知り合いか?」
「し、知ってるっていうか……」
モーリーの知り合いってことは……京都十傑!?
着物姿の青年が涼しげに笑い、口を開く。
「どうも、先程はお世話さまでした」
「うっ……!」
たじろぐ俺を見て、フードの男がクククと笑い、
「大丈夫だって。外じゃ何もしねぇって。よっ! そこのお兄さん、めっちゃ強いよねぇ~。今度、一緒に回ろっか?」とリーダーに声をかけた。
「なんやお前ら、中でやりおうたんか? って、ちょい待ち! あれ……どっかでおうてるよね?」
モーリーとリーダーが互いに顔を見つめ合う。
「確か……」とモーリー。
「……そう」とリーダー。
そして、二人は同時に「「伏見の!」」と声をあげた。
「あ~! 自分、あん時のナンバーズ持ちかぁ!」
「おぉ! 居合の人ね、久しぶりだなぁ~!」
二人は肩を叩きあって再会を喜んでいる。
「あちゃ~、ジョーンごめんなぁ、ウチのやつらは潜ってると血の気多いねん。悪い奴らやないから許しったって!」
モーリーが手を合わせて、俺とリーダーを拝んだ。
「いやいや、それは仕方ないことだし……ねぇ?」
リーダーを見ると、うんうんと頷いている。
「すまんな。あ、紹介するわ、こっちの着物が三島、で、こっちが藤堂や」
「よろしくな、曽根崎だ」
「よろしく、ジョーンです。こちらは、さんダの紅小谷と、今日解説していた矢鱈さんです」
俺が二人を紹介すると、モーリーたちは目を見開く。
「えーーーっ! さんダってあのさんダやろ! てか、ちょ……矢鱈じゃん!!」
「超有名人やないですか……」
「うひょー、生矢鱈だ! うわー、俺あんたの本読んでたよ!」
「はは、ありがとう、嬉しいよ。それと、矢鱈さんね?」
「あ……すみません」
藤堂が謝ると、矢鱈さんが爽やかな笑顔を見せた。
いつものように白い歯が光るが……なんか、こ、怖い。
さすがの十傑も、矢鱈さんには敵わないのだろうか?
気になるところではある。
――と、その時、周囲の人たちが車道を見て何やら騒ぎ始めた。
広場横に、大きな高級車が音もなく横付けされた。
「な、長ぇ! あんなの初めてみたぞ!」
「なんでしょうか? 大富豪?」
「え、何? 怖いんですけど……」と紅小谷。
黒いウィンドウが降りると、目つきの悪い男が顔を見せた。
男の顔を見て、藤堂が「あ」と呟く。
「あれ? 確か……銀丸って人だっけ?」
そう言いながら、藤堂がフードを上げて車を見ていると、その男が手招きをした。
「お、おい、大丈夫なんか?」
モーリーが心配そうに訊くと、藤堂は「大丈夫大丈夫」と手を振り、車の側まで近づいて行った。
「ウィッス! 金持ちのお兄さん、やっぱ金持ちなんすね?」
銀丸は鼻で笑って、窓から名刺と万札を差し出す。
「来年、お前にボディガード頼めるか?」
「うっひょー! スカウトキターーッ! もちOK、OK!」
「また連絡する、それは挨拶代わりだ。取っとけ」
銀丸が言い終わると同時にウインドウが上がり、車は音もなく走り出した。
藤堂が戻るなり、三島が声をかける。
「藤堂さん、大丈夫ですか? 勝手なことせんといて下さいよ?」
心配する三島をそっちのけで、藤堂はみんなに万札をヒラヒラと見せびらかした。
「よ~しっ! お前たちっ、臨時収入だぁーーっ! パァーーっとやろうぜー!」
「「「おーーーーーーっ!!」」」
盛り上がる皆を横目に、三島はひとり頭を振った。
それから俺達は全員で京王線に揺られ、笹塚にあるリーダーの知り合いの店で打ち上げをすることにした。(もちろん、藤堂さんの奢りだ)
最初は少しよそよそしい空気もあったが、お酒もすすみ、皆の固さもほぐれてくる。十傑勢の色々な裏話や地域ネタ、矢鱈さんの海外ダンジョン話も大いに盛り上がった。
今は、ひと山越えて落ち着いたところである。
モーリーは相変わらずの下戸で、既にベロンベロンに近い。
リーダーと矢鱈さんは、紅小谷から、ここ最近のダンジョン情報を聞いていて、三島さんは酔っ払った藤堂さんに、終始絡まれていた。
俺は居酒屋の外に出て、花さんにメッセージを送ることにした。
『NARAKU無事終わりました、明日にはそっちに帰れそうです。D&Mは明後日から通常営業になりますので、よろしくです。お土産もありますから、楽しみにしてて下さい!』
これでよし、と。そうだ、SNSの方も挨拶しとくかな。
投稿を終え、夜風にあたる。
「あ~、気持ちいい……」
NARAKUの結果、一位は圧倒的大差で何処かのIT社長だった。
二位はプロダイバーのデルタ氏。
サバイバルゲーム場を経営する傍ら、プロとしてダイバーもやっているというベテランの人。何でも紅小谷とは面識があるらしい。
三位は京都十傑の三島さん。四位に同じく藤堂さん。
二人とも、一体どんな訓練を積めばあんなに強くなるのか……。でも、意外だったのは、外に出ると案外いい人ってことだ。まだ少し、怖いところはあるけど……、まぁ、得てしてプロにはそういう人が多いのかな。豪田さんの事も知らなかったら、怖くて話しかけようなんて思わないし……。
リーダーは惜しくも七位。でも、殆どPKをせずにこの順位。
とんでもなく凄いし、格好いいと俺は思う!
全国行脚の武者修行は伊達じゃなかった。
後でゆっくり、クライ曽根崎SPについて訊くつもりだ。
あと、九位か十位か忘れたが、地下アイドルの女の子が入賞していたらしく、話題を呼んでいた。アイドルが、あの過酷な状況を切り抜けたというのは、確かにニュースだ。ちなみに、来年にメジャーデビューが決まっているらしい。
そして、当の俺はというと、情けないことに参加賞。
レムナント(ノーマル)の限定ダンジョロイドをもらっただけだ。
俺はポケットから、ダンジョロイドを出して眺めた。
最後まで残れなかったのは悔しいが、実力以上の結果が出せたと自分では思っている。
また、参加できるといいんだけどなぁ……。
こうして、デフォルメされたレムナントを見ていると、ついさっきのことなのに、不思議と懐かしい気がする。ん? あれ、ノーマルってことは……。
「も、もしかして……マザーもあるのか?」
い、いかんいかん!
これは気にすると寝れなくなる領域。
ひとり頷いていると、店内からリーダーの呼ぶ声が聞こえた。
「おーい、ジョーン! 手伝ってくれ~、森がもどしちゃった!」
「え? は、はーい、すぐ行きます!」
どうか、ダンジョロイドが一種類だけでありますように……。
俺はダンジョロイドをしまうと、店内へ戻った。