表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/214

TOKYO NARAKU 完

 ――都庁、巨大モニター前。

「ウォオオオーーーーーーーーー!!!!!」

 地響きのような歓声が沸き起こる。ドローンにより上空から映し出される都庁前は、足の踏み場もない程の人で埋め尽くされていた。

 

 巨大モニターの右下に、実況席のワイプが抜かれる。

『さぁ、NARAKUも残すところあと、1時間! 1時間を切りました! 見て下さい! 凄い、都庁前は凄い人で埋め尽くされています! 各エリアで激戦が繰り広げられておりますが、これだけの人が、その戦いに熱いエールを送っています! 凄いですねぇー、矢鱈さん』


『はい、いいですね。これをきっかけに、ダイブを楽しんでくれる人が増えれば嬉しいですねぇ~。あ、ダイバー免許取得の際は、ぜひ僕の『らくらく突破シリーズ』を読んで頂ければと思います!』


『そ、そうですね! あ、いまデータが届きました。えー、現在残っているダイバーは約800名、ですが、ここから一気に数字は動くと思われます! では皆様、後ほど!』

 太刀古舞の横で矢鱈さんが小さく手を振った。



 ――北エリア。

 金属のぶつかる激しい音が響く。

 時折、レムナントが二人の戦いの間に乱入するが、瞬時に粉砕されていく。

「むんっ!」

 リーダーが宙に浮き、着物姿の青年に槍を振り下ろした。

 甲高い炸裂音が耳に痛い。

 青年は瞬時に死角へ回り込み、(さい)を突き出す。

 リーダーは背中を反らせ、槍を軸にして回転蹴りで応酬した。

 パッと二人が互いに距離を取り、間合いをはかる。

「お兄さん、何者ですの? プロですか?」

 青年が少し息を荒くして言った。


 リーダーは左足を前に出し身体を沈める。地に付きそうな程だ。

 槍を構え、弓を引くように……。その動きには僅かなブレもない。

 鋼のように鍛え上げられた体幹のなせる業――。


 クライ曽根崎SPの矛先から冷気が溢れ出し、円形に拡がっていく。

 全身からオーラのような湯気が立ち昇る。

 リーダーを構成する細胞の全てが、解放されるその時を待っているようだった。


「俺は()()()()()だ! 良く覚えとけ!!」


 ――串刺しの(カズィクル・)氷柱槍(アイシクルランス)!!

 

 真っ白な閃光が迸る‼

「うっ……」

 俺は思わず目を閉じた。


 次に目を開けた時、リーダーは青年の後ろ側に立っていた。

 青年が腹を押さえ、その場を逃げ出そうとする。

「な、なんちゅう人や……」

 リーダーは青年を追おうとはせず、無言のまま槍を肩に乗せた。

 俺がリーダーに駆け寄ろうとした瞬間。

 ――突然、飛び出してきたマザーが俺に襲いかかる!


『Gyauriiiii!!!!!!!!!!!!!!!!!』


「ジョーーーン!!」

 リーダーが叫ぶ。


 ――ドンッ! 


「!?」

 重低音が腹に響く。まるで大きな太鼓を叩いたような音だった。

 同時に、マザーは跡形もなく霧散する。


「……え?」


「ふぅ、いやぁ、命拾いしたじゃん、君」

 歪なナックルを両手につけ、フードを目深にかぶった男が笑っている。

 そして「うわ、三島。お前マジか?」と、少し離れた場所で腹を押さえる青年に声をかけた。


「あ、あの、あなたは……」

 恐る恐る尋ねると、男は俺の肩を叩く。

「君には何の恨みもないけどさ、一回助けたから、いいよね?」

「えっと、どういう……?」

「ジョーーン! 逃げろ!」リーダーが叫ぶ。

 フードの男は、俺を見てにっこりと笑った。

「これで、貸し借りなし。おつかれさん!」

「!?」


 その瞬間――目の前が真っ暗になった。

 




 ――北ゲート。

 ガヤガヤと大勢の人の気配を感じる。

 気付くと俺は転送され、ゲート前に戻っていた。


「あ……」


 う……うわ~っ! や、やられてしまったぁーーー!!!

 くっそー、もう少しだったのにぃぃぃーー!

 

「はーい、こちらで手続きお願いしまーす」

 係員の指示に従って、受付でデバイスウォッチを返却して休憩所に入った。


 お! ちょうど、巨大モニターが見える。

 用意されていたフリードリンクを飲み、パイプ椅子に座った。

「はぁ……」

 いやぁ、疲れた。しかし、やっぱり世の中は広い。

 あんな強い人達がゴロゴロいるんだもんなぁ……。 


 おっと、リーダーは大丈夫だろうか?

 モニターに目を向けるが、リーダーは映っていない。

 なんとか、時間一杯頑張って欲しいけれど……まぁ、リーダーなら大丈夫かな。

 なんせ、あんなに強くなってるとは思わなかったし。

 

 上を向き、冷たいおしぼりを顔に乗せた。

 ひんやりとして気持ちがいい。

 

 あー、悔しー!

 あそこで、もっと警戒してればなぁー!

「はは……」 


 でも、本当に楽しかったなぁ……。



 ――南エリア・奥通路。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 壁に手を付きながら、東海林はヨロヨロと通路を彷徨っていた。

 通路の入り組んだ場所で、腰を落としてへたり込む。

「あ~、もうダメだ。くそ、銀丸のやつ……」

 東海林はデバイスウォッチを見る。画面には膨大なポイント数と残り時間が表示されていた。

「あと、少し……逃げ切れば……」

 槍を抱え込みうなだれると、東海林の脳裏に黒いフードの男が蘇る。

「なんだったんだ、あの男は……バケモンか」

 ぶるっと身を震わせて、さらに奥へ逃げようとした時、目の前にユニークが現れた。

「チッ、マジかよ……詰みじゃん」

 警護のファンネルたちは、あの男に全員狩られてしまった。

 ほぼダイブ経験のない東海林にとって、この化物と一人で戦うという選択肢はない。

「あ~あ、勿体ねぇ……」

 覚悟を決めたように身体の力を抜いた、その時。

 

『GYuaaa!!!!!!!!!』


 ユニークが断末魔を上げ霧散する。

 東海林が顔を上げると、そこには鉢巻を巻いた数人の中年男性が、何やら光る棒のようなものを両手に持ち並んでいた。

「だ、だ、大丈夫ですか……?」

 真ん中に立つリーダーらしき男がオドオドした様子で言う。

「ああ。すまん、助かったよ」

 東海林が礼をいいながらも訝しんでいると、男たちの奥から少女が顔を見せた。


「あの、東海林社長ですよね?」

「え……誰?」

「あ、あの、私『くえすとしすた~ず』っていう地下アイドルやってます、兵頭(つわものがしら)ぽむといいます! あの、銀丸さんにいつもお世話になってまして……」

 ぽむは深く頭を下げた。

「銀丸の……。へぇ、あいつも役に立つな」

 東海林は槍を投げ捨て、その場に座り込んだ。

 ぽむが慌てて回復薬を持ち、東海林の側に駆け寄る。

 潤んだ瞳で東海林を見つめながら「社長、お願いがあります」と訴えた。

「……何? 一応、聞くけど?」

 東海林は回復薬を受け取って飲み干す。

「あの、最後まで社長を私達が死守しますから、私達の活動を応援して欲しいんです!」

「あー、そういうこと……」

 東海林は後ろの中年男性たちを見て「なるほどね」と溜息混じりに呟いた。

「あ、あの人たちは、足軽っていう私達を応援してくれる……」

「クク……はははは! わかったわかった」

 東海林は今日一番の笑顔で「いいよ、約束しよう」と答えた。



 ――巨大モニター前、参加者休憩所。

 ついにカウントダウンが始まった。


 観客と、モニターの司会者、都庁に集まった全ての人達が声を揃える。

『5・4・3・2・1……』

 モニターから、プァーーーーン!! っという大きなホーンの音が鳴り響いた。


『タイム・アーーーーップ!!!! TOKYO NARAKU、終了でーーーす!!!!』


 ワアアァッという歓声が足元から伝わってくる。

 俺も一緒になって、力いっぱい大声を上げた。

 拍手と喝采、口笛なんかも入り混じり、皆が終わりの余韻を楽しんでいる。

 ――最高の時間だった。


 ◆◇◆◇


 俺とリーダー、それに紅小谷と矢鱈さんで、都庁横の広場に集まり、打ち上げの相談をしていた。

「どうする? 私の知ってるとこは一杯だって」

 紅小谷が残念そうにスマホを見る。

「今日は、近場じゃ無理だろ。京王線乗るか?」

「でた、リーダーの京王線贔屓!」

「お前も一緒に笹塚で働いてただろ!」リーダーが俺にヘッドロックをかける。

「いててて……!」

「もう、恥ずかしいからやめてよね!」

 紅小谷に注意されると、リーダーが悪戯っぽく笑いながらヘッドロックを外した。

 すると、後ろから「ジョーン!」と俺を呼ぶ声が。

「ん?」

 振り返るとモーリーが「よっ」と手を上げていた。

「あーーっ、モ、モーリー⁉ 来てたの?」

「はは、久しぶりやなジョーン! 元気そうやん!」

「うん、あれ? モーリーもNARAKU参加してたの?」

「いやいや、俺はついでや。ウチのが参加してたから」

 モーリーが後ろを指さすと、見覚えのある二人が歩いてきた。


「「あーーーーーーーーーっ!!!!」」

 俺とリーダーが叫んだ。

 

「なんや? ジョーン、知り合いか?」

「し、知ってるっていうか……」

 モーリーの知り合いってことは……京都十傑!?

 

 着物姿の青年が涼しげに笑い、口を開く。

「どうも、先程はお世話さまでした」

「うっ……!」

 たじろぐ俺を見て、フードの男がクククと笑い、

「大丈夫だって。外じゃ何もしねぇって。よっ! そこのお兄さん、めっちゃ強いよねぇ~。今度、一緒に回ろっか?」とリーダーに声をかけた。

「なんやお前ら、中でやりおうたんか? って、ちょい待ち! あれ……どっかでおうてるよね?」

 モーリーとリーダーが互いに顔を見つめ合う。


「確か……」とモーリー。


「……そう」とリーダー。


 そして、二人は同時に「「伏見の!」」と声をあげた。


「あ~! 自分、あん時のナンバーズ持ちかぁ!」

「おぉ! 居合の人ね、久しぶりだなぁ~!」

 二人は肩を叩きあって再会を喜んでいる。


「あちゃ~、ジョーンごめんなぁ、ウチのやつらは潜ってると血の気多いねん。悪い奴らやないから許しったって!」

 モーリーが手を合わせて、俺とリーダーを拝んだ。

「いやいや、それは仕方ないことだし……ねぇ?」

 リーダーを見ると、うんうんと頷いている。


「すまんな。あ、紹介するわ、こっちの着物が三島、で、こっちが藤堂や」

「よろしくな、曽根崎だ」

「よろしく、ジョーンです。こちらは、さんダの紅小谷と、今日解説していた矢鱈さんです」

 俺が二人を紹介すると、モーリーたちは目を見開く。

「えーーーっ! さんダってあのさんダやろ! てか、ちょ……矢鱈じゃん!!」

「超有名人やないですか……」

「うひょー、生矢鱈だ! うわー、俺あんたの本読んでたよ!」

「はは、ありがとう、嬉しいよ。それと、矢鱈()()ね?」

「あ……すみません」

 藤堂が謝ると、矢鱈さんが爽やかな笑顔を見せた。

 いつものように白い歯が光るが……なんか、こ、怖い。

 さすがの十傑も、矢鱈さんには敵わないのだろうか?

 気になるところではある。


 ――と、その時、周囲の人たちが車道を見て何やら騒ぎ始めた。

 広場横に、大きな高級車が音もなく横付けされた。

「な、長ぇ! あんなの初めてみたぞ!」

「なんでしょうか? 大富豪?」

「え、何? 怖いんですけど……」と紅小谷。

 黒いウィンドウが降りると、目つきの悪い男が顔を見せた。

 男の顔を見て、藤堂が「あ」と呟く。

「あれ? 確か……銀丸って人だっけ?」

 そう言いながら、藤堂がフードを上げて車を見ていると、その男が手招きをした。

「お、おい、大丈夫なんか?」

 モーリーが心配そうに訊くと、藤堂は「大丈夫大丈夫」と手を振り、車の側まで近づいて行った。



「ウィッス! 金持ちのお兄さん、やっぱ金持ちなんすね?」

 銀丸は鼻で笑って、窓から名刺と万札を差し出す。

「来年、お前にボディガード頼めるか?」

「うっひょー! スカウトキターーッ! もちOK、OK!」

「また連絡する、それは挨拶代わりだ。取っとけ」

 銀丸が言い終わると同時にウインドウが上がり、車は音もなく走り出した。

 

 藤堂が戻るなり、三島が声をかける。

「藤堂さん、大丈夫ですか? 勝手なことせんといて下さいよ?」

 心配する三島をそっちのけで、藤堂はみんなに万札をヒラヒラと見せびらかした。

「よ~しっ! お前たちっ、臨時収入だぁーーっ! パァーーっとやろうぜー!」

「「「おーーーーーーっ!!」」」

 盛り上がる皆を横目に、三島はひとり頭を振った。



 それから俺達は全員で京王線に揺られ、笹塚にあるリーダーの知り合いの店で打ち上げをすることにした。(もちろん、藤堂さんの奢りだ)


 最初は少しよそよそしい空気もあったが、お酒もすすみ、皆の固さもほぐれてくる。十傑勢の色々な裏話や地域ネタ、矢鱈さんの海外ダンジョン話も大いに盛り上がった。


 今は、ひと山越えて落ち着いたところである。


 モーリーは相変わらずの下戸(げこ)で、既にベロンベロンに近い。

 リーダーと矢鱈さんは、紅小谷から、ここ最近のダンジョン情報を聞いていて、三島さんは酔っ払った藤堂さんに、終始絡まれていた。


 俺は居酒屋の外に出て、花さんにメッセージを送ることにした。

『NARAKU無事終わりました、明日にはそっちに帰れそうです。D&Mは明後日から通常営業になりますので、よろしくです。お土産もありますから、楽しみにしてて下さい!』

 これでよし、と。そうだ、SNSの方も挨拶しとくかな。


 投稿を終え、夜風にあたる。

「あ~、気持ちいい……」


 NARAKUの結果、一位は圧倒的大差で何処かのIT社長だった。


 二位はプロダイバーのデルタ氏。

 サバイバルゲーム場を経営する傍ら、プロとしてダイバーもやっているというベテランの人。何でも紅小谷とは面識があるらしい。


 三位は京都十傑の三島さん。四位に同じく藤堂さん。

 二人とも、一体どんな訓練を積めばあんなに強くなるのか……。でも、意外だったのは、外に出ると案外いい人ってことだ。まだ少し、怖いところはあるけど……、まぁ、得てしてプロにはそういう人が多いのかな。豪田さんの事も知らなかったら、怖くて話しかけようなんて思わないし……。


 リーダーは惜しくも七位。でも、殆どPKをせずにこの順位。

 とんでもなく凄いし、格好いいと俺は思う!

 全国行脚の武者修行は伊達じゃなかった。

 後でゆっくり、クライ曽根崎SPについて訊くつもりだ。


 あと、九位か十位か忘れたが、地下アイドルの女の子が入賞していたらしく、話題を呼んでいた。アイドルが、あの過酷な状況を切り抜けたというのは、確かにニュースだ。ちなみに、来年にメジャーデビューが決まっているらしい。


 そして、当の俺はというと、情けないことに参加賞。

 レムナント(ノーマル)の限定ダンジョロイドをもらっただけだ。


 俺はポケットから、ダンジョロイドを出して眺めた。

 最後まで残れなかったのは悔しいが、実力以上の結果が出せたと自分では思っている。

 また、参加できるといいんだけどなぁ……。

 こうして、デフォルメされたレムナントを見ていると、ついさっきのことなのに、不思議と懐かしい気がする。ん? あれ、ノーマルってことは……。


「も、もしかして……マザーもあるのか?」


 い、いかんいかん!

 これは気にすると寝れなくなる領域。

 ひとり頷いていると、店内からリーダーの呼ぶ声が聞こえた。


「おーい、ジョーン! 手伝ってくれ~、森がもどしちゃった!」

「え? は、はーい、すぐ行きます!」

 どうか、ダンジョロイドが一種類だけでありますように……。

 俺はダンジョロイドをしまうと、店内へ戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
正直、IT社長のくだり、胸糞悪かったけど必要だったかな。 他は面白か読ませてもらってます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ