ダンジョンが拡がりました。
『お前のダンジョンいつの間にか十五階層なんだな、良かったじゃん。レイド行きてー!』
「ふぇ……?」
リーダー曽根崎のメッセージに驚く。急いで返信を送った。
『十五階層? 協会サイトで見たんですか?』
『ああ、さっきな。お前のダンジョン見たら増えてたからさ』
ダンジョンの階層データはバックグラウンドで更新され、階層が変化するのはCLOSE中のみである。
『あざっす!! 急ぐんでまた!』
俺はスマホをポケットにねじ込む。
爺ちゃんのBMが唸る! 実家の駐車場にサイドターンで滑り込んだ。
「ありがと!!」
車を降りると、一目散にダンジョンへ向かって――走る、走る、走る!!
「うっひょー! マジか! 十五階層なんて、まだまだ先だと思ってたわw」
家の裏手にある獣道を全速力で駆け抜けた。
あっという間に、ダンジョン入口に到着。
息を整えながら、ビニールシートを乱暴に引っぺがした。
そして、デバイスを立ち上げマップを確認する。
「おお!」
新たに拡がったフロア、確かに十五階層!!
ビューを表示して内部をチェックしていく。
五階にはGKが!
あの狐か?
「キター! マッドグリズリー!!」
いいぞ、これはいい。
マッドグリズリーはイカれてる。
その名の通り、凶暴さで言えば上位モンスにも劣らない。
その暴れっぷりは、まさにマッドという言葉が相応しいだろう。
※大きさはWWFのジャイアント・シルバぐらい。
「いい感じになってきたなー」
俺は頷きながら、さらに下の階層へビューを進める。
六階からは、今までの洞窟タイプと違い、煉瓦で作られた回廊が形成されていた。
迷宮タイプか……。
これは宝箱なんかも期待できるぞ。
逸る心を落ち着かせてビューを走らせる。
アンデッド系モンスが多い印象だ。
「迷宮は一〇階までか……GKはなし、と」
十一から十五階までは密林タイプであった。
うっそうと茂ったジャングル。
このタイプは虫系、魔獣系、水棲系などモンスの種類がとても豊富だ。
くぅー、改めて自分の豪運に感謝をしたい。
よし、構成は頭に入った。
いよいよダンジョン改装に移ろうと思う。
大丈夫大丈夫、俺、失敗しないので。
「えー、所持DPは701,402か……」
デバイスのリストから樹木のカテゴリを選ぶ。
・プラスティックツリー……8,000DP
・アダマンの木……18,000DP
・ヤコブツリー……28,900DP
・引き寄せの木……4,800DP
・マンイートリーフ……37,690DP
「うーん、普通のでいいんだけど……」
・ガジュラの古木……3,000DP
説明:その昔ガジュラという戦士が、死に際に食べた故郷の森の木の実が育ったと伝えられている。
ふむ、ファンタジー心をくすぐるじゃないか。
これに決定。
配置場所は二階の壁際。
あまり多くても雰囲気が壊れるので、二本までにしておく。
チャリーン、-6,000DP。
次は岩と松明。
・岩(中)……1,000DP
・松明……2,000DP
岩を四個、これはガジュラの木の横に。
松明は三階~五階まで均等配置するので八セット購入。(セット数☓三本)
チャリーン、-20,000DP。
あとはトレントがいないので召喚を。
・トレント……800DP
三体ほど二階へ配置しておいて、後で樹液を取る。
チャリーン、-2,400DP。
「ふぅ」
よし、順調順調。
そうだ、迷宮の通路にスケルトンの骨を転がしておこう。
・スケルトンの骨(上腕部)……300DP
・スケルトンの骨(頭蓋骨)……500DP
うーん、三つずつ購入し、六、八、十階に配置。
チャリーン、-2,400DP。
「すみませーん、島中でーす」
「来た来た」
外を見るとホームセンター島中の平子兄弟の姿が。
やはり見分けがつかないな。
俺は外へ出て頭を下げた。
「あ、どうもありがとうございます、ホームセンター島中の平子と申します」
「いえいえ」
名札には平子Dと書いてある。眼鏡はべっこうのフレームだ。
また、違う人か……。
見ると、もう一人の平子はFであった。
こちらは、丸い黒縁メガネをかけている。
いったい何人兄弟なんだろう……。
「へぇ、いいところですねぇ」
「そうですか? へへへ」
「あ、設置費込みなんでフェンス建てちゃいますけど、場所はどの辺がいいですか?」
「いやぁ助かります! この辺が良いんですけど……」
俺は平子Dに相談しながら、フェンスの場所を決めた。
その後、平子Fと一緒にマイルドリーフをカウンター岩の横へ運ぶ。
「ここらですかね?」
「もうチョイ右がいいんじゃないかと」
平子Fがリーフをずらす。
「この窪みに合わせれば……」
平子Fが微調整をして俺を見る。
「どうです?」
少し離れて見ていた俺は手を叩く。
「おお~。カッコいい」
すると平子Fが俺の隣に来て
「ホントだ、似合いますね~」と同じ様に手を叩いた。
「ありがとうございます……あれ?」
見ると、そこにラフなTシャツ姿の陽子さんがやって来た。
髪を上で一つに纏めていて、涼し気なのはいいのだが、近づいてくる度に揺れる胸に驚く。
相変わらず結構なモノをお持ちでいらっしゃる。
「みなさん、ご苦労様です。良かったらお茶でも」
冷たい麦茶の差し入れであった。
さすがは年の功。俺は陽子さんの細かな気遣いに感謝した。
同時に、以前風呂場で鉢合わせた光景が蘇る。
だが、そこは俺も大人。
その記憶を爺ちゃんの顔で上書きして見事改変に成功した。
「すみません陽子さん、気を使わせてしまって」
「あら、いいのよ。ちょっと興味もあったしね」
と、陽子さんはダンジョンの方に目を向ける。
「ダンジョンに興味が?」
「ふふ、昔ちょっとね……」
陽子さんは多くを語らず、平子兄弟に微笑みかける。
「じゃあ、みなさん宜しくお願いします」
そう言って頭を下げると家に戻っていった。
平子D、Fが陽子さんの背中に
「奥さん、ごちそうさまでーす!」と頭を下げた。
見分けが付かない。まだEには会ってないが……。
いまのところ、平子兄弟は全員感じがいいな。
そして、無事フェンスの設置が終わり鍵を受け取る。
「これで設置完了です、何か不具合がありましたら連絡を下さい」
「わかりました、ありがとうございます」
と言って、丁寧にごみを回収して帰って行く、平子兄弟の後姿を見送った。
そして俺は振り返り、腕組みをしてダンジョンを眺めた。
金網越しに見えるマイルドリーフの緑が、薄黒い岩肌にとても良く映える。
「素晴らしい……」
そうだ、記念に一枚撮っておこう。
俺はスマホに写真を撮り、リーダー曽根崎へ送った。
ああ、なんてカッコいいんだ! まるで、ブルー●スの表紙みたいじゃん!
――その時、背後に人の気配を感じた。
「開いてますか?」
若い男だ。俺と同じぐらいだろうか?
背がシュッと高く、顔もちょっと驚くほどシュッとしている。
洗練された洋服もシュッとした感じで、全身ファストファッションの俺でも、パッと見てシュッとしているのがわかった。
「あ、ああ! すみません、開いてます! すぐにご用意しますんで!」
カウンター岩に走り、若い男のダイバーからIDを受け取る。
「なんか、高知でレイドらしいですね」
穏やかな口調、気さくそうな人でほっとする。
「あー、そうなんですよ『クラーケン』みたいです」
男はくやしそうに頭を振り
「行きたかったなぁ~」と言った。
「今からだと間に合わないですもんねぇ」
「そうなんすよ……。あ、武器はこれで」
「は……い?」
俺はアイテムリストを見て一瞬、固まる。
――な、なんだこれは!?Σ( ̄□ ̄|||)
リストには名だたる武器、防具、希少アイテムがずらりと並ぶ。
こ、この量、質、ヤバい、ヤバい、これはヤバい!
プ、プロダイバーか!? チートか?
「は、はい……『本当は凄いブロードソード+999』ですね……(震え声)」
「うーん、因みにここヤバそうなのいます?」
「い、いえ……。お、お客様なら大丈夫かと……存じます」
「え~やだなぁ、そんなに丁寧にしないでよ」
男が笑うと真っ白な歯が覗いた。
「あ、はい……いえ、ははは」
「OKっす。じゃまた後で」
「はい、いってらっしゃいませー」
もしかして、有名人?
とんでもなく凄い人なのでは……?
ていうか、本当は凄いシリーズの武器なんて初めて見たぞ?
……まさか実在するとは。
多分、俺と同い年ぐらいだと思うが、一体、どれだけ潜ればあんな事に……。
興奮冷めやらぬまま、デバイスでその男の動きを見る。
――速い!!
青い点が凄い速さで進んで行く。
「凄い!! ……ん?」
俺はその点の下に表示されるダイバーネーム(PNのようなもの、ダイバーが決められる)を見た。
そこには『タラちゃん』と書いてある。
タラちゃん……。
と、そこに新たなお客さんがやって来る。
レイドに乗り遅れた人たちが数人で来てくれた。
接客を済ませて一息付くと、ダンジョンから『タラちゃん』が戻った。
全十五階層を、時間にして僅か1時間程。恐ろしい速さである。
「あ、お疲れさまです! 速いですねぇ、本当にすごい!」
「いやいや、たまたまっす」
と、男は手を振り謙遜した。
「……あの、もしかしてプロの方ですか?」
「ああ、一応そうなんすよ」
男は普通に答える。訊かれ慣れている感じだった。
「それは凄い! 僕も一時ハマってたんですけど、プロにはとてもとても」
「へぇ、そうなんすね~。あ、俺は矢鱈って言います」
――その瞬間、頭が真っ白になる。
「わわわ、だ、壇ジョーンです……! カ、カリスマダイバーの矢鱈堀介さん!? 本買いましたよ俺、本!!」
矢鱈さんは両手の平を俺に向け
「ちょと、恥ずかしいっす! やめてくださいよー」と困った顔をする。
「す、すんませんでしたぁ!! いや、まさか、そんな……」
プルプルプル……。おぉ? 足が震えている。
まさかあの、矢鱈堀介がウチに来るなんて!!
「最近、近くに越して来たんで、また寄らしてもらいますよ」
「え!? それは是非是非!! お願いします! あ! うどんで良ければいつでもご馳走します!」
矢鱈さんは苦笑いを浮かべた後
「あ、そうそう」と、俺に近づいて耳打ちをする。
「アレいるんすね? ビックリしちゃいました」
「あ、ああ~! アレっすね?」
黄色くてぷにぷにしたボディが脳裏にカットインする。
大袈裟に頷いて応えた後、二人で顔を見合わせてにんまりと笑った。
「じゃ、また」
そう言って、矢鱈さんはシュッとした動きで、シュッと帰って行った。
「やっぱ違うなぁ~」
感心しながら、一人で頷く。
最後のお客さんが帰った後、CLOSEにしてダンジョンの営業を終える。
俺は「よーし」と気合を入れ、二階へ降りた。
ルシール+99をチラつかせながら、トレントに樹液を取らせて貰う。
バケツに五杯分の赤い樹液を、階段の壁にぶちまけて行く。
これは誰にも見せられないなと思いながら、最後の樹液で手形を押していく。
「こ、これはww」
スプラッター映画並の演出が完成した。
これでより、緊張感が増すはずだ。ケケケ。
一階へ戻り、真っ赤になった手を洗って帰り支度を済ませる。
外に出て真新しいフェンスに「頼むぞ」と軽く手で叩き鍵をかけた。
ふと、フェンスにも樹液をかけようかと思いつくが、何事もバランスが大事。
ここは我慢することにした。
「あ、矢鱈さんにサイン貰えばよかったなぁ……」
……とあるSNSサイト。
「やったよ~。ダイバー免許~よきよき」
免許を片手に持った黒髪JK。
所持DP 701,402
設備 -28,800
来客6人 3,000
――――――――――――
計 675,602