TOKYO NARAKU ⑥
大きなテレビ画面に矢鱈さんと司会者の太刀古舞が映っている。
『さぁ、各エリアでかなりの乱戦となっています、先程のサイレンでかなりの参加者が脱落したと思われますが……矢鱈さん?』
『ええ、初心者にはかなりきついでしょうね。レムナントの場合、単体でみるとそれほどの脅威はありません。あ、マザーは別として。ユニークまでなら、ある程度経験を積んだダイバーなら、対処できる範囲です。ただ……』
『数、でしょうか?』
『そうです、まず大抵のダイバーは、あの数に圧倒されます。複数でチームやパーティーを組んでいれば凌げるでしょうが、単独で立ち向かうにはどうしても『火力』が必要になりますからね』
『なるほど、では各エリアの内部カメラによる中継を御覧ください』
画面がHELL都庁内部に切り替わり、テレビを見ていた女子たちから「おぉ!」という声が漏れた。
「凄い! うわっ、レムナント、きっも!」
テレビ前のソファに寝そべった絵鳩が、ポテチを齧りながら言った。
ソファの真後ろにあるテーブルには蒔田が、その向かいに森保、花が並んで座っている。
「ジョー……は映……な?」
「ジョーンさん映るかな、だってー」
皆に背中を向けたままの絵鳩が通訳する。
「どうなんだろうね、これだけ広いと……」
「結合部も昆虫と同じ……、あ、この触覚で察知して……複眼は補助? 意外に個体差が……」
花は呟きながら、レムナントを食い入るように見つめる。
「ほんと、花ちゃんって可愛いのに残念ね……」
森保が苦笑いを浮かべた。
「え? あ、あの……」
戸惑う花を見て、森保は「ま、可愛いは正義よね」と微笑む。
「は、はぁ……」
ここは、十五畳以上はありそうな大きなリビング――もとい蒔田の部屋。
常連客である森保の提案により、皆でNARAKU観戦オフ会が開かれていた。
初めは豪田家の予定だったが、豪田に急な仕事が入ってしまい「ウチでもいいよ、だってー」という絵鳩が通訳した蒔田の一言によって、急遽、蒔田家での開催が決定されたのだった。
「それにしても、蒔田ちゃんの家大きいわね……」
紅茶を啜りながら、森保は部屋を見渡す。
ぬいぐるみや脱ぎ捨てられた洋服に混じって、ペンチやドライバー、何かの配線などが転がっている。更には、とても自作には見えない立派な本棚が壁一面に備え付けられ、DIYや電子工作などの本がずらりと並んでいた。
「まっきーのパパ、社長なんだってー」
寝そべったままの絵鳩が言うと、蒔田も親指を立てうんうんと頷く。
「そうなんだ、素敵な部屋だよねぇ~」
森保は納得したように、改めて部屋を見回した。
「ふぁ! ふぃま、ひょーさんうふっふぁふぁも!」
絵鳩がポテチを咥えたまま起き上がる。
「え! どこどこ!!」
皆がテレビの前に集まり、「レムナント邪魔!」「矢鱈さん、出過ぎ」などと騒いでいる。
『……この後が問題ですよ、向こうは疲れませんが、ダイバーたちは疲れますからね』
テレビの中で矢鱈さんが眉をハの字にして笑った。
――西エリア。
通路の壁際にずらっと列を作るのは、ポイント要員の雇われ参加者たちだ。
その横、等間隔で配置された警護の男たちが、レムナントから参加者たちを守っている。
「ほら、次! 急げよ!」
最前列の参加者が、アイマスクをつけて奥に進む。
「はい、次!」
予防接種のように事務的な流れ作業、このような場所で見るには何処か異様な光景だった。
通路の一番奥で待っている東海林は、デバイスウォッチを眺めながら、槍を脇に挟み、眠そうな顔で座っているだけだ。その槍に吸い寄せられるように、アイマスクをつけた参加者たちが、自ら倒れ込み粒子となっていく……。
「銀丸、あとどのくらいだ?」
「すみません、まだ数時間かかると思います」
東海林は既に飽きているのか、長い溜息をつく。
「ま、しゃあねぇな。それより、お前どこ行ってたの?」
「いや、ちょっとレムナントに囲まれていて……」
東海林は冷めた目で銀丸を見て、「ふーん。ま、いいや」と目を閉じた。
――残り、3時間16分・西エリア主要通路。
「ほんまに、そんなアホおります?」
裏返ったような三島の声が、広い通路に反響した。
「いるいる、ボディーガードっての? クッソ弱かったけど、素人じゃなかったしさ。それに雇い主の男が嫌な奴なんだよ、いい年してアイドルだ、なんだって」
「あれ……? そういや藤堂さん、アイドルにハマってませんでした? なんや、前に訊いたような……」
「馬鹿! そんなもんとっくに卒業してるって。いつまでも、子供みたいなこといってらんねーだろ? ははは」
笑う藤堂を訝しげに見ながら、三島は溜息をつく。
二人は、その間も襲ってくるユニークを軽くあしらっていた。
「藤堂さん。あれ、なんでしょう?」
数メートル先の通路に並ぶ参加者に指を向けた。
「ククク……三島、お前に藤堂ちゃんポイントをやろう」
「あの……頭、大丈夫ですか?」
三島が尋ねると同時に、藤堂が駆け出した。
「ちょ、藤堂さん!」
「そっち頼んだからな!」
参加者が並ぶ列に藤堂が行ってしまうと、体躯の良い男たちが三島を囲んだ。
「はぁ……」男たちを見て、やれやれと頭を振る三島。
「よう、バイトならちゃんと列に並べ」
「はて……。なんのことでしょう?」
三島の返答に、男たちが顔を見合わせると一番小さい男が渋々前に出る。
「部外者か……悪いなぁ、恨むなよ?」
男はそう言うなり、突然斬りかかってきた。
「ぐあっ……!」
次の瞬間、斬りかかった男が霧散する。
男たちは驚いたように三島を見た。
「あの人はほんまに……」
三島が袖口から釵を出す。
「なんだ兄ちゃん、やる気満々だな……俺らさっきの奴とは次元が違うぜ?」
大きな斧を担いだ、巨漢の男がゆっくりと前に出た。
「へぇ、そら知りませんでした」
「ククク……何だよ、これ見てもわかんねぇのか?」
男の丸太のような腕には、舌を出したスマイルマークのタトゥーが刻まれていた。
「何やろ、ブランドもんですか?」
「こっ、このクソガキが……。俺らは『Smily』だ! 覚えとけ!」
そう吐き捨てると同時に斧を振りかぶる。
「ごふっ!」
――大男が消えた。
「ア、アレクセイ! な、なんだこいつは……!?」
男たちは一斉に武器を構えて、戦闘態勢に入った。
「あ~、どっかで聞いたとおもてたら、以前ウチと揉めましたねぇ?」
「な……、なに?」
「あの時とは……面子が変わってるんやろか?」
三島は思い出すように斜め上を見た後「ま、ええか」と笑った。
男たちの一人が、三島の釵を見てぼそりと呟く。
「じゅ、十傑……」
その言葉に男たちは動揺し、後ずさる。
三島はゆっくりと近づき微笑む。
「兄さんら、もっかい潰れときましょか?」
――列の向こうから大きな悲鳴が響いた。
「なんだよ……、うるせぇな?」
半分、眠っていた東海林が顔を上げる。
「あ、すみません、すぐ黙らせますんで」
「おう」
銀丸は警備の男に顎で指示を出す。
奥へ戻ろうとした時、後ろで警備の叫び声が聞こえた。
「!?」
振り向くと、そこにはフードの男、藤堂が立っていた。
「……て、てめぇは!」
「お、いたいた。へへ……」
藤堂は並んでいる参加者たちを見て「お兄さん、これ、マジで全員雇ったの? すっげーじゃん!」と笑う。
「うるせぇ、お前には関係ねぇだろ!」
銀丸はアイスピックを握り、藤堂を睨む。
「まぁ……確かに」
「なら、何だ! ぽむはもういねぇぞ! どっか消えろ!」
銀丸は苦い表情で、追い払うように藤堂に言った。
「ぽむ? 誰だっけ、ま、それはもういいんだわ。なんていうか黒歴史ってやつだし。それよりさぁ、お金持ちのお兄さんに、お願いがあって来たんだけど……」
「ふっ、なんだ、金か?」
勝ち誇ったように銀丸が笑みを浮かべる。
すると藤堂は「違う違う」と言ってフードを脱ぎ、くしゃくしゃの天然パーマの頭を掻きながら、銀丸に言った。
「お前らのポイント――総取りな?」
――ゴッ! 鈍い音と共に銀丸の顔が歪み、粒子となって転送される。
「ぎ、銀丸さん!」
横で見ていた警護の男たちが声を上げた。
「まぁ慌てんなよ、お前も数に入ってる」
警護の肩を叩く藤堂の手には、歪な形の黒いナックルが嵌められていた。
――残り2時間40分・東エリア主要通路。
俺とリーダーは、レムナントを倒しながら北エリアへと向かっていた。
逃げてきたダイバーに、マザーが何体か固まっていると聞いたからだ。
「だいぶPKも始まったな」
「はい、残念ですけど……」
「まぁ、そういうのが好きな連中もいるし、生活かかってる奴もいるからなー」
確かに、プロダイバーからすれば、大きく稼ぐチャンスである。
上位に食い込めば賞金も狙えるうえに、宣伝効果もあるから雑誌などの取材も来る。
今の時代、収入の柱を増やしたいのは皆、同じなのだろう。
――ウゥーーーーー……!!!、ウゥーーーーー……!!!
「ま、またサイレン!?」
「ジョーン! 稼ぎ時だぞ、気合入れろよ!」
「は、はい!」
――蒔田家。
「うおっ! またサイレン鳴ったーっ!」
「ジ……たち……大丈……な」
「もうそろそろ、PKも活発になってるだろうし……このタイミングとはね」
絵鳩がポテチ片手に「そう言えば、森保さんと豪田さんって付き合ってるんですか?」と訊く。
「うっ! は、腹が……、ごめん蒔田ちゃん、トイレ借りる!」
「……階段降りてすぐです」
代わりに絵鳩が答えると、森保は逃げるように出ていった。
「……」
しばらく部屋の扉を見つめていた絵鳩が、くるっと花の方を見た。
花はぶるっと肩を震わせる。
「花さんはジョーンさんと、どうなんですか?」
蒔田も興味津々といった様子で花の方を向いた。
「あっ! 忘れてた。兄に連絡しないと……。ごめんちょっと出てくるね!」
花も逃げるように部屋を出ていく。
残った絵鳩と蒔田は顔を見合わせ、またテレビを見始めた。
――残り1時間22分・北エリア。
ユニークの3倍以上はあろうかという巨体、ぱんぱんに膨らんだ腹が目につく。
中に何が詰まってるのか、想像しただけでぞっとするが……。
まるで、雌蟷螂と百足が合体したみたいだ。
俺はマザーを見上げながら呟く。
「これ、ゲームなら音楽が変わるとこ……だよね」
『Gsyurururu………』
口元に並ぶ牙から、粘液が糸を引き垂れ落ちる。
辺りには、今まで嗅いだことのない臭いが漂い、俺は思わず口呼吸に切り替えた。
マザー・レムナント。
思った以上に手強い。攻撃よりも、その耐久力と回復力が問題。
並の攻撃では、ダメージを与えてもすぐに回復してしまう。
既に数体のマザーを撃破しているリーダーに比べ、俺はまだ一体も倒せていない。
せめて一体だけでも、この手で……。
リーダーが、周りの相手をしてくれているお蔭で一対一にはなっているが……。
「オラオラオラァ!!」
『Giiiiishaaa!!!!!!!!!!!!!』
ひとつ足を落としても、次の攻撃に移る前に新しい足が生え始める。
くそっ! どうすれば……。
「ジョーン! 腹、腹だ!」
リーダーの言葉に頷くが、腹の部分は足でガードされている。
その足を落として、腹を攻撃しようとしても別の足が……。
お、俺の攻撃じゃ……。
矢鱈さんに教えてもらった攻撃も、かなりの精度で繰り出せるようにはなったが、マザーを相手にするには……悔しいが力不足は否めない。
リーダーは他のレムナントを倒しながらも、マザーを落としていく、
圧倒的な力の差を前にして、憧れと同時に悔しさを覚えた。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、リーダーは手を貸そうとしない。
――お前ならできる。
俺の勝手な妄想かも知れないが……。
そう言って、背中を押して貰っているように感じた。
報いたい。こんなにも、皆が助けてくれているのに……。
落とす! 何としてもこのマザーを‼
「オラーーーッ! クッソ、落ちろーー!!」
――シュッ!!!
初めて、マザーの足が纏めて吹っ飛んだ。
な、なんだ……今の感覚は⁉
て、抵抗が全く感じられなかったぞ⁉
見ると、既に新しい足が生えようとしている。
「の、のがすかぁっ!!」
俺はマザーの腹を目掛けて突進した。
そして、渾身の力を振り絞ってルシール改を叩き込んだ‼
腹が裂け、中からレムナントの幼虫が転がり落ちる。
「うわぁあああ!!!!」
気持ち悪さも相まって、無我夢中でルシール改を振り続けた!
再生された新しい足が背後から迫ろうとした時、俺の一撃がマザーの腹を貫通する。瞬間――マザーは跡形もなく霧散した。
「や……やった⁉ ……やったーーー!!!!」
た、倒したぞ! マザーを!
「後ろだ! ジョーーーーン!!」
リーダーの大声に振り向くと、着物姿の青年がまるで突風のように襲いかかってきた。
「ちょっ!」咄嗟に身を躱す。
間一髪、攻撃を免れ、地面に尻をつけた俺は青年を見上げた。
「何を! あ、あれ……あの時の!?」
ゆらりと振り返った青年は、
「あぁ、これは奇遇。まだ、残ってはったんですねぇ?」と笑みを浮かべる。
一番始めに襲ってきた奴か……。
「お、俺はPKは嫌だ、どっか消えてくれ!」
「あらまぁ、そうですか。んー、申し訳ないとは思いますが……」
――キィーーーン‼
凄まじい速さでリーダーが青年に牽制攻撃を仕掛けた。
振り下ろされた槍を青年は釵で受ける。
「へぇ……片手じゃ無理やね」
青年が袖口からもう一本の釵を取り出す。
リーダ―を見る青年の顔から笑みが消えた。
あの青年、かなりのダイバーだと思うが、一体……。
俺は動けずに、ただ成り行きを見守る。
槍に力を込めながら、リーダーは青年に顔を近づけて言った。
「おい、安心しろ……俺はPKアリだ」





