TOKYO NARAKU ⑤
急いで立ち上がり、リーダーの元に駆け寄る。
「す、すごい……リーダー、めちゃくちゃ強いじゃないですかっ!」
「俺もかなりのダンジョン回ったからな、へへへ」
照れくさそうにリーダーは前髪を直した。
「それが、新しいクライヴォルグですか?」
柄の下半分に白い蛇皮のようなグリップ。
槍本体はオニキスのような深い黒、鋭い矛先にはうっすらと冷気のようなものが漂っていた。
尋ねるとリーダーが槍をくるっと回して目の前に差し出す。
「どうだ、凄いだろ? クライ曽根崎SPだ!」
「え……」
――と、つっこむ前に、ユニークが襲いかかってきた!
「おっと!」
リーダーは器用に槍を腰の周りで回転させ、ユニークの攻撃を払いのける!
「突っ!」
横から飛びついてきた別の個体を一瞬で貫き、俺に言った。
「ジョーン! 背中、頼んだぞ」
「は、はい!」
思わず身震いし、俺はルシールを構え直す。
まだ少し身体が痛むが――イケる!
『Giiiiiiiiiyyyーーーーーー!!!!!!!!!!!』
少し大きめの個体が、仲間のユニークを弾き飛ばしながら俺に向かって突進してくる!!
「ジョーン! 代われ!」
「はいっ!」
俺の背中の上をリーダーが転がるようにして、ユニークを迎え撃つ。
「ちょうど良い、ジョーン見てろよ!」
リーダーが腰を落とし、前傾姿勢で叫んだ。
――串刺しの九槍!!
瞬間、リーダーから繰り出される凄まじい連撃――。
クライ曽根崎SPが流星のような軌跡を描き、氷の結晶が飛び散る‼
ユニークの身体に無数の穴が空き、リーダーの直線上に居たユニークが粒子となって消えた。
「よっしゃぁああ!!」
「リ、リーダー、凄いっす……」
お、俺も負けてはいられない!
矢鱈さんとの特訓の成果を!
「オラァ!」
俺は必死にユニークを叩く! 基本基本基本ーーっ!!!
――シュ……。
お! できた!
「はは、ジョーンも腕を上げたな!」
「負けませんよ!」
少し離れた所にいるダイバーたちも、即席のチームを組んで戦っていた。
そうだ、こういう絆がダンジョンの醍醐味だ!
身体が燃えるように滾る! リーダーが後ろに居てくれるこの安心感!
――俺も絶対にここは通さない!!
「うぉぉぉぉーーーーっ!!!」
――西エリア。
銀丸は警護バイト二人を引き連れて、館内をぶらついていた。
「ったく、全然女いねぇーじゃん」
レムナントを倒しながら、警護の一人が銀丸に呼びかける。
「銀丸さん、あそこに二人組みの女がいます」
「おほっ! よーしよーし、いいねぇ、お前、銀丸ポイントプラス1な」
警護がよしっとガッツポーズをする。
ちなみに銀丸ポイントとは、NARAKU終了後1PT=1万のチップが支払われる契約である。
銀丸たちが女のもとへ近づいていく。
女はふたりともフェザーメイル姿で、十代そこそこといったあどけない印象だ。
「どうもー、NARAKU楽しんでますかー?」
人が変わったような笑顔で、銀丸は優しく声をかけた。
「え? 銀丸さん……」
華奢な方の少女が引きつったような顔を見せた。
「ん? あぁ!? テメェ……ぽむ、この前はよくも……」
ぽむと呼ばれた少女は慌てて、
「わ、わぁ~銀丸さぁん! こんなとこで会えるなんてぇ~、運命かも。てへ、この前はすみません。行きたかったんですけど、急に事務所から呼び出し喰らっちゃって~」と愛想笑いを浮かべた。
「誰? こいつ、ウケるんだけど?」
――瞬間、ぽむの顔色が変わる。
「ちょ……れむ! 謝って!! ごめんなさい! ほんとにすみません! 銀丸さん、この子知らなくて……後できつく言っておきますので!」
銀丸が鼻で笑う。
「……ま、いいよ、それより……事務所とか言ってたな、お前? 言い訳、それでいい?」
「す、すみません……」
青ざめるぽむを見て、れむもただ事ではないと感じ取ったのか、一緒に頭を下げた。
彼女たちは都内で活動している地下アイドルグループ「くえすとしすたーず」のセンター、兵頭ぽむとサブリーダーの牛王れむである。ダイバーたちの間ではコアな人気があり、楽曲もダンジョンにちなんだものが多い。代表曲に『君と潜るdungeon』がある。以下、サビ部分。
――――――――――――――――――――――――――――
もう一度、君と潜りたいよ dungeon dungeon
いつか辿り着く 深淵の果てまで
(回復! 攻撃! 深淵! クトゥルフ! う~、恋恋!)
もう一度、君を潜らせたいよ dungeon dungeon
それはきっと拡がる 未知への領域
(ぽむ! れむ! さら氏! れなぴ! う~、未知未知!)
――――――――――――――――――――――――――――
「だよなぁ――」
銀丸が壁をアイスピックで突き刺す!
「地下アイドル如きがよぉ……、その気になりゃ、事務所ごと潰せんだぞコラ?」
「す、すみません……」
ぽむはガタガタと震えている。
「や、やめて下さい、ぽむが可哀想です!」
涙ぐみながら、れむが止めに入る。
「あぁ? なんだ、この……」
――その時、突然後ろから悲鳴が聞こえた。
「うぎゃーーーーっ!!!」
警護の片割れがドサッと崩れ落ちたあと、霧散し転送される。
「なんだよコイツ、よっわ……」
黒いフードパーカーを目深に被った男が、少し離れた場所で立っていた。
パーマのかかった前髪からのぞく鋭い眼が銀丸を見据える。
「お宅、どちらさん? いま、ウチのバイトくんに何した?」
銀丸がそう尋ねると、フードの男はクチャクチャとガムを噛みながらイヤホンを外した。
「あ? 悪い、もっかい言ってくれる?」
銀丸の顔が歪む。
「おい! こいつヤッたら銀丸ポイント5だ! やれ!」
「へへ、了解」
警護はニヤニヤと笑いながら黒いトンファーを構え、フードの男に襲いかかった。
「死ねやぁぁぁーーーーー!」
男はパーカーのポケットに手を突っ込んだまま、上半身を反らせて避ける。
「んー、なんか気乗りしないんだけどさぁ……」
「クソッ! 黙れ!」
警護が、振り返りざまに裏拳を放つ。
が、フードの男が、その前に警護の顔面に蹴りを入れていた。
その場に倒れた警護の胸を足で抑え、「お兄さんもっと強くなんないとさぁ……仕事なくなるよ?」と小首を傾げた。
「こっ、このクソガキがぁーーー!!」
「はいはい、おつかれです」
そのまま膝を落とし、警護は悲鳴を上げる間もなく転送された。
「はー、よっわ。じゃ、そこのお兄さん、ぽむさんにちょっかい出すのやめてもらおうかな?」
「あ? オメー知り合いかよ!」
銀丸が振り返り、ぽむに詰め寄る。
「い、いえ、知りません、本当です!」
ぶるぶると首を振るぽむ。
「おい! 俺の推しに触んじゃねぇぞ! 決めた、お前殺す」
フードの男が銀丸に向かって声を荒げた。
「はぁ、面倒な……。いいか? 頭のイカれたファンか何だか知らねぇが、いつまでも夢見てねぇでどっか消えろ!」
「ファンじゃねぇ! 足軽だコラ! えっと、ぽむさん、あの……こいつ、やっちゃったらサインもらってもいいですか……」
男はフードを目深に被り直して、恥ずかしそうに目を逸した。
※足軽……くえすとしすたーず推しの総称。
銀丸は呆れた顔で溜息をつく。
「なんなんだコイツは、おいぽ……」
――!!
銀丸が吹っ飛ぶと同時に、アイスピックが床に転がる。
ゴロゴロと転がって、銀丸は仰向けに倒れた。
「ふぅ、大丈夫だった? あ、俺、藤堂って言います。一応、プロのダイバーやってて、その……前からぽむさん推しで……あ、俺としては足軽としての境界線は守るつもりだし……」
「ぎ、銀丸さん!」
藤堂を突き飛ばし、ぽむが血相を変えて銀丸の元に駆け寄る。
「……え?」
藤堂が呆気に取られていると、ぽむがキッと睨んだ。
「どうしてくれんのよ! この人、業界のスポンサークラスだよ? 干され確定なんだけど? もう私、この先アイドルやっていけないじゃん!」
しばらくその場に、気まずい沈黙が流れた。
藤堂はおもむろに回復薬を取り出して、そっと床に置く。
「あのー、良かったらこれ使ってください、元気出ます。じゃあ失礼しまーす」
スタスタとその場を逃げるように藤堂は去っていった。
――西エリア、主要通路。
着物を払う三島に藤堂が声をかけた。
「悪い悪い、お・ま・た・せ~」
三島は冷めた目を向け、イヤホンを外す藤堂を見て小さく息をつく。
「……藤堂さん、せめてどこ行くかぐらいは言うといてもらえます?」
「まぁまぁ、で、ポイントは貯まったか?」
「そら、藤堂さんよりは貯まってますよ……」
「ほんとかよ? ちょっと見せてみ?」
藤堂は三島のデバイスウォッチを覗き込む。
「ちょ、近い、近い……ちょっ藤堂さん!」
「うわ……28000とか、お前どうやったのこれ?」
三島は藤堂の手を振りほどき、
「マザーとPK、それにさっきサイレン鳴りましたやろ?」と面倒臭そうに答えた。
「へぇ~、お前はいっつも要領いいな? あ……このままだと、俺まずくね?」
とぼけた顔で尋ねる藤堂に「そらそうでしょ」と三島は肩を竦めた。
間を置いて、急に藤堂が「お」と言ってやや上を向く。
「よしっ、いいこと思いついた! なぁ、三島ぁ、すっごいポイントもってそうな奴らがいるんだけどさぁー、そいつら、みぃーんな狩っちゃおう? な?」





