TOKYO NARAKU ③
――東京都庁都民広場。
TOKYO NARAKU当日。
俺は矢鱈さんと二人、都民広場で紅小谷を待っていた。
広場には大勢の人が集まっていて、様々な売店や関連ブースが並ぶ。
既に長い列ができているブースもあり、辺りは非日常的な活気で満ち溢れていた。
「うわー、凄い人ですねぇ。こんなに人が集まってるの初めて見ました」
「毎年増えてるよ、二年ぐらい前から海外の人も増えたし」
「言われてみると、確かに外国の人多いですね……。そういや、紅小谷は……」
待ち合わせ場所で俺は辺りを見回す、人が多くてなかなか……ん?
あ、いたいた!
「お~い! 紅小谷!」
手を振ると、遠くから紅小谷が駆け寄ってくる。
厚底の靴を履いているせいか、いつもより目線が高い。
「ちょっと、ジョンジョン。恥ずかしいから大きな声出さないでよねっ!」
少し頬を赤らめた紅小谷が俺を睨んだ。
「あ、ご、ごめん……」
「もう……。矢鱈くん、久しぶり。で、調整の具合はどうなのよ?」
「あぁ、うん。結構、良い線いくんじゃないかな? ねぇ、ジョーンくん」
「い、いやぁ~。へへへ」
俺が照れ笑いを浮かべると、紅小谷は呆れた顔で両手を腰に置き「ったく、一週間やそこらで良い線いくわけないでしょ? 考えが甘いのよ! みんな、一年かけて仕上げて来るのが普通なんだから。ま、矢鱈くんのお世辞よ、お世辞。これでスタート即退場だけはないだろうけど。ちゃんと感謝しなさいよね!」と胸を張る。
「はい……」
うぅ、そんなに言わなくても……。
落ち込んでいると、横から矢鱈さんがフォローを入れてくれた。
「まぁまぁ、いや、お世辞抜きに良いと思うよ? さて、そろそろ来ると思うんだけど……」
すると、辺りの喧騒をかき消すような大声が響いた。
「おーい! ジョーン!」
「あっ! リ、リーダー!?」
「ふふ、来た来た」と、嬉しそうに俺の反応を伺う矢鱈さん。
「矢鱈さん、助っ人って……」
「うん、曽根崎くんに頼んだんだ」
近寄って来るリーダーを見て、
「ったく、ジョンジョンより声大きいわね……」と紅小谷が呟いた。
久しぶりに会うリーダーは少し髪が伸びて洒落っ気が。
だが、服装の方は相変わらずのロックスタイル、それを見て俺は何故か嬉しくなる。
「リーダー、久しぶりです!」
「おう! 元気だったか?」
そう言って、二人で固い握手を交わした。
「お! ジョーン。仕上がってるじゃん」
「へへへ、頑張りましたから」
俺の肩を叩くリーダーの身体も、ひと回り大きくなっている気がした。
「曽根崎くん、悪いね。急にお願いして」
「いやぁ、矢鱈さんから連絡もらった時は驚きましたよ。ジョーンがNARAKUに出るっていうから、どんな裏技使ったのかって」
「ははは、だよねぇ」
「ちょ、あの、ちゃんとしたチケットですから」
皆で笑っていると、矢鱈さんが「それで、あっちの方はどうなの?」とリーダーに尋ねた。
「やっと完成しました。もうナンバーズは使ってません」
「へぇ! やるねぇ! やっぱ、僕の目は間違ってなかったんだなぁ」
矢鱈さんは、うんうんと満足そうに頷いた。
「あの、もしかしてクライヴォルグですか?」
横から俺が尋ねるとリーダーが嬉しそうに答える。
「ん? そうそう、やっと完成してさぁ。中で見せてやるよ」
「おぉっ、楽しみです!」
と、そこで紅小谷が咳払いをした。
俺は慌てて「あ、リーダー。こちら『さんダ』の管理人の紅小谷さんです」と紹介する。
「よろしく、紅小谷でいいわ。曽根崎くん」
紅小谷は髪を後ろに払い、少しだけ得意そうに微笑む。
リーダーは目を大きく開いて言った。
「え!? さ、さんダの!? まじかよ、有名人じゃん!」
「ふふふ……、そうでもないけどね」
「しかも、めっちゃ可愛いし! 彼氏とかいるの? あ、俺とかどう?」
一瞬、俺と矢鱈さんが固まった。
と、突然何を言い出すんだこの人は……。
リーダーは「え? 皆どうしたの?」とキョロキョロしている。
「た、た、たわけーーーーーーーーーーーっ!」
紅小谷は顔を真っ赤にして、どこかへ走り去っていった。
「あ……」
矢鱈さんがリーダーの肩を叩き溜息をつき、やれやれと小さく頭を振った。
「僕の目は間違っていたようだね」
入場受付を済ませた俺とリーダーは矢鱈さんを見送り――
「俺は東だな」
「僕は北ですね。じゃあリーダー、後で」
「ああ」
二人で拳を合わせ、それぞれの入場ゲートに向かった。
ゲートと言っても長方形のただっ広いスペースで、都庁外壁の見やすい場所には巨大なモニターが設置されている。
ここでいいのかな?
辺りを見ると、運営スタッフが大きな声を上げながら、参加者の整理にあたっていた。
『北ゲートから入場の方、こちらにお並びくださーい。入場は一斉にランダム転送となりますので、事前にお渡しするデバイスウォッチから、装備の申請を済ませておいてくださーい!』
誘導された列に並んでいると、前から順にスタッフがデバイスウォッチを配っている。
実際受け取り、これがデバイスウォッチか! と、興奮しつつ装備を申請した。
チケットの整理番号を入力すると、予め登録した自分のIDと紐付けられるという魔法のような代物だ。
「うぉ~すげ~」「これヤバくね?」などと、列の前後から感嘆の声が聞こえてくる。
申請を終えて列で待機していると、突如大型モニターに女性司会者と矢鱈さんが映し出された。
「うぉっ! や、矢鱈さん!」
矢鱈さんの前には『解説 矢鱈堀介』とプレートが置かれている。
派手なジングルが流れた。
『さぁ! お集まりのみなさま! 年に一度の大イベント、HELL都庁大規模掃討戦 TOKYO NARAKU、もう、間もなくの開幕となります!』
効果音が流れ、司会者は一息ついたあとで続けた。
『ということで、司会は私、太刀古舞と、解説にはあの、カリスマプロダイバーでいらっしゃる矢鱈堀介さんにお越し頂いておりますっ!』
司会者と矢鱈さんが頭を下げた。
『さぁ、矢鱈さん。いよいよ、始まりますねぇ?』
『ええ、そうですね。例年盛り上がってますが、今年はさらに凄そうです』
『では、早速、このTOKYO NARAKUについて、少し説明をして行きたいと思います。このイベントの趣旨は――中略――というわけで、泣いても笑ってもタイムリミットは6時間。さぁ、準備が整ったようです‼』
北ゲートの参加ダイバーたち約1万人が、一斉に足踏みを始める。
――ザンッ、ザンッ、ザンッ、ザンッ、ザンッ……。
辺りに地鳴りのような重低音が響き、腹の底を突き上げるような感覚が襲う。
うおぉ~! 燃えてきた~! 足踏みが次第に強くなっていく。
――ドンッ!!!
テープシャワーが放たれ、広場に歓声が上がる。
一際大きな音楽が流れたあと、モニターに派手な格好をした男性が映った。
『十万億土から集いし探索者たちよ! 時は来た。この巨大な都庁地下に眠る立入制限区域、エリアT-23! 我々の目的は――ただ一つ! 殲滅ぅ! 殲滅ぅっ! 殲滅あるのみぃぃぃぃっ! HELL都庁大規模討伐戦、TOKYO NARAAAAAKUUU‼ いざ! 開 幕 ‼』
ウォォォオーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!
凄まじい歓声と共に、並んでいた参加者たちが光に包まれる。
そして、次の瞬間、俺はHELL都庁へ降り立った。
「はぁ、はぁ……」
俺が転送されたエリアは南エリア。
レムナントを一体倒し、俺は矢鱈さんから事前に渡された共鳴針を頼りに、リーダーと合流すべく東エリアに向かっていた。主要通路に差し掛かると、大勢のダイバーたちがレムナントと激しくやりあって――突如、通路奥から、交戦中のダイバー、そしてレムナントたちが次々と悲鳴を上げて霧散していく。
「うぉっ! な、なんだ⁉」
次の瞬間、凄まじい速さで何者かに襲われる!
「⁉ ぐっ……‼」
間一髪、ルシール改で攻撃を受け止めると、色白で着物を着た青年が無表情で「へぇ?」と言った。
俺は急ぎ青年から距離を取る。
大丈夫だ、基本姿勢、基本姿勢……。
矢鱈さんとの特訓を思い出しながら、呼吸を整えた。
「今の止めるなんて、お兄さん見所ありますね?」
京都訛りの青年は、手に持った釵を地に向け俺を見た。
「……いきなり何をする!」
「何をって……、NARAKUですよ? お兄さんこそ何を言うてはりますの?」
青年は興を削がれたように溜息をつくと、釵を袂に仕舞い走り去ってしまった。
「え? ……何だったの?」
なんか狐につままれたようだ。いかん、急がねば。
――残り5時間42分。
『さぁ、すでに各所で激しいバトルが繰り広げられておりますが……、まずはノーマル相手に各者ポイント集めからといった様子ですねぇ。ここまでの流れはどうでしょう、矢鱈さん』
『そうですね、NARAKUはPKが禁止されていませんから、皆もその辺を考慮して、スタートから1~2時間は様子見といった感じになると思います』
『なるほど、貯まってからが本番ということでしょうか?』
『そうですね、サイレン後とかだと効率が良いと思います。ただ、後半になると残っているダイバーたちも、腕の立つ方ばかりになりますから激戦になるでしょうね』
『ありがとうございます。いやぁ~、まだ始まったばかりだと言うのに、この熱気! 御覧ください、ただいま都庁周辺をドローンで撮影しておりますが……す~ごい人です! では、このあと、一旦ニュースを挟みまして、また、NARAKUの方をお伝えしていきます!』





