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TOKYO NARAKU ②

 京都・四条河原町、薄暗い路地の奥。

 ぼんやりと誘うように灯る小さな看板があった。


『BAR浮かれ猫』


 森は店名を確認したあとで、大きく溜息をつく。

 頭を掻きながら引き戸を開けると、くぐるようにして店内に入った。


「いらっしゃい」

 カウンターでグラスを拭いていた、白シャツ姿のマスターが森を見た。

「えーっと、なんやっけ。そや、マスター、『悲田梅(ひでんばい)』もらえる?」


 グラスを拭く手が止まった。


 マスターは静かにグラスを置くと「こちらへ」と言って森を奥の個室へ案内する。アンティーク調の重厚な扉を開けると、モダンな店内とは違い、座敷が広がっていた。


「遅い」

 上座に座る男が呟くように言った。


「すんません、急に呼ばれるとこんなもんですわ」

 森が含んだように言うと、横から三島が口を挟む。

「時間もありませんし、始めましょうか」

 上座の男は小さく頷き、口を開いた。

「集まってもらったのは他でもない。今年のNARAKUについてだが……」

「あ~、また嫌な時期が来た。一年って早いよね?」

 フードを目深に被った男がガムを噛みながら言った。

 上座の男はそれには答えずに話を続ける。

「今回、十傑で入手したチケットはシングル二枚」

「あれ、なんか少なくねぇ? なぁ?」と、フードの男は皆を見る。

 だが皆は、我関せずと目を合わそうともしない。

「藤堂さん、お静かに」

 三島が藤堂に冷たい視線を向ける。

「……ケッ!」


「三島、放っておけ。いいか、今年は二名だ。例年通り()()で決める」

 上座の男がそう言うと、示し合わせたように扉が開き、マスターがショットグラスを人数分持ってきた。

「今回のカクテルは『悲田梅』と言うそうだ」

 十傑のメンバー達が、それぞれグラスを手に取り、最後に残ったグラスを上座の男が取った。

「当たりは二つ、各方(おのおのがた)よろしいか?」

 上座の男が鋭い目を向ける。

 次の瞬間、全員がアイコンタクトを取り一斉にグラスを煽った。

 数秒の沈黙のあと、藤堂が大声を上げる。


「うぎゃぁひぃぃーーーーーーー!!!!」


 藤堂は水をくれーっと喚きながら口を大きく開け畳に転がった。

「ククク、今年は藤堂か。あと一人誰よ?」

 森がそう尋ねると、三島が静かに手を上げた。

「え、自分、全然平気そうやん? ホンマか?」

 三島は静かに頷く。

「お前、オホッ! オホッ! どっかイカれてるんじゃねぇの?」

 藤堂が涙目で噎せながら三島を見る。

 上座の男が咳払いをして、

「決まりだな。では、今年のNARAKUは三島、藤堂、お前たちに任せる。以上、解散」と席を立った。他のメンバーもぞろぞろと後に続き外に出る。

 そして誰もいなくなった座敷で、一人残った三島が慌てて水を飲み始めた。



 ――港区・青山の某オフィスビル。

『LIFE TREE』

 洗練されたロゴデザインが目を惹く。洒落たソファや専用のカフェが併設され、社員たちの服装ひとつ取ってみても平均年収の高さが(うかが)える。一見して、この会社が何を商売にしているのかはわからない。が、何やら景気が良さそうなのは間違いないようだ。


「おい、銀丸! バイト君たち集まってんのか?」

 色白の若い男は、大股を広げてアーロンチェアに座り、頭の後ろで手を組んでいる。

「あ、はい! え~っと今で500人ぐらいっす」

 銀丸と呼ばれた小太りの男が、スマホを操作しながら答えた。

「お~、結構集まってんじゃん? これで今回、もらいっしょ?」

東海林(しょうじ)さん、いいんすか? 結構、実弾(カネ)使ってますけど……」

「あ? お前誰に言ってんの?」

 東海林が銀丸を睨みつけると、銀丸は慌てて手を振る。

「い、いや! 何でもありませんっ!」

「チッ、わかりゃいいんだよ。いいか? NARAKUで一位になりゃ、どんだけ突っ込んでもお釣りがくる。TOPニュース確定で即バズり、また、飛ぶようにウチのアプリが売れるなぁ、おい?」

「その時は『To Mind』も……新作出すんで。へへへ」

 銀丸がへつらうように何度も頭を下げた。


「ったく、ゲームなんて当てても知れてるだろ? コストたけーし、お前もライフアプリやれよ?」

「そ、そりゃあ、東海林さんみたいに世界中に人脈があればやりますけど……」

「あ、お前の親父、東証止まりだっけ? ははは、悪い悪い。しかし、相手のポイント奪えるなんてさー、こんな数のゲーム、どう考えても金持ってる奴の勝ちだよね。おいしすぎるわー」

「しかし、都も何で対策しないんすかね?」

「ま、単に儲かるからっしょ。参加費は払ってるわけだし、チケット盗んだわけでもあるまいし。大体、このイベント自体、バブル時代に浮かれて造ったダンジョンの仕舞いが出来ないからやり始めたんだぜ? いざ撤去しようにも予算が足りなかったんだと、マジ笑っちゃうよな?」

「そういや東海林さん、ダンジョン潜ったことあるんすか?」

「あ? いや、別に必要ないっしょ?」

 その時、銀丸のスマホが鳴った。

「あ、東海林さん、例のアイドルOKみたいっすよ」

「おぉっ! よっしゃ、今日は朝までだな」

 東海林は満足そうに膝を叩いた。



 ――あれから三日後、D&M・十階層。

「だいぶタイムは良くなって来たよ」

「ほ、本当ですか、はぁ、はぁ……」

 俺は肩で息をしながら答えた。


「うん、じゃあ基礎訓練は朝の100周と、筋トレをこんな感じで、イベントまで毎日やってね」

「ま、毎日!?」

「大丈夫、すぐ慣れるよ。それに何事も土台が大事、小手先なんかは後でいいから」

 矢鱈さんはそう言って笑う。

「わ、わかりました!」

 寝る前のプロテインが効いているのか、初日に比べて筋肉痛は和らいだけど……。

 中々にハードなメニュー、だがこれもNARAKUのためだ。

 それに、矢鱈さんに教われるチャンスを無駄にはできない。


「じゃ、時間も無いから実戦に移ろうか。さっきも言った小手先の部分だね。えっと、ジョーンくんは空手とか、柔道とか、何か格闘技を習ったことはある?」

「すみません、ないです」

「はは、謝らなくていいよ。オッケー、じゃあ、まず構えからいこう、自分なりでいいからね。はい、構えて!」

 俺はルシールを握り構えた。すると、矢鱈さんが俺の手や足の位置をなおしていく。

「こんな感じかな、どう? 重心が安定するでしょ?」

「あ、はい! 確かにフラつきません!」

「戦闘中はそれが基本体勢(ホームポジション)になるから覚えてね」

「はい!」

「で、僕を敵だと思って、好きなように一回攻撃してもらえる?」

「じゃ、じゃあ、行きますよ?」

 ルシールを振りかぶって、矢鱈さんに殴りかかった!

「オラァ!」


 ――シュッ……。


 確かに矢鱈さんを狙ったはずなのに、ルシールは勢い余って地面を殴ってしまう。反動で手が痺れ、ルシールを地に落とした。


「な、どうして……?」

「まだまだだね、ジョーンくん。力が入りすぎだし、それじゃあ避けてくれって言ってるのと同じだよ?」

 矢鱈さんがそう言ってルシールを拾い、俺に差し出す。

「あ、すみません」

 ルシールを受け取り、さっきの矢鱈さんの動きを思い返した。


 うーん、なんか避けたというよりは、矢鱈さんの身体が風で揺れたように見えたなぁ。

「じゃあ、もっかい同じ様に振りかぶってみて。うん、そこでストップ! 肘をこうして、こういう感じで、そうそう、うん、その感じ。それで、もう一度攻撃してみようか?」

「わかりました。行きます!」

 俺は深呼吸をして、矢鱈さんに再度殴りかかった!


 ――シュッ!


「……え?」

 矢鱈さんには当たらなかったが、今の感覚は何だ……?

 ルシールがまるで軽い棒きれみたいだった。


 パチパチパチ……。

「うん、いいね! ジョーンくんは筋が良い!」

 矢鱈さんがそう言って拍手する。


「ど、どうも。へへ……。ところで、この感じって一体……?」

「それが矢鱈流戦闘術のひとつ。『シュッ』だよ」

「シュッ?」

「そう、シュッ」

「え?」

「ん?」

 キョトン顔で怯むこと無く俺を見つめる矢鱈さん。

 ここは突っ込まない方がいいのか……?

 いかんいかん、今はあまり深く考えないでおこう。

「な、なるほど! でも、ヤバイですね、この『シュッ』は。全然今までと違います!」

「でしょ? さっきの姿勢、それとシュッを合わせると……」


 ――シュッ!!

 見えない速さで矢鱈さんが手刀を振った。


「す、凄い!!」

「何事も基本が大事、特に()()()()()()()()()()()()()()()()、それしかないからね」

 確かにその通りだと俺は頷く。

「お、俺、頑張ります!」



 ――イベント前日。

 俺はストップウォッチを持つ矢鱈さんの横を走り抜けた。

「はい、OK! かなりタイムも良くなったね」

「はぁ、はぁ、ありがとうございます!」

 うん、身体が今までと全然違う。全身がバネのように内側から弾む感覚だ。


「じゃあ、今日が最後の組手だね?」

 矢鱈さんがニヤリと笑った。

「はい、お願いします!」

 あれから、ルシールを強化するために矢鱈さんが提案した一石二鳥のカリキュラム。矢鱈さんから組手で一本取る毎に、レアアイテムであるフェンリル(上位種)の牙を貰えるのだ。

 ※フェンリルの牙はルシールの強化に使える。


 貯まった牙は全部で五本。

 門歯が四本に、犬歯が一本。残すは対となる犬歯のみ。

 これが揃えばルシールは……。


 基本姿勢で、矢鱈さんとの間合いをゆっくりと詰める。

「うん、いい姿勢だね」

 ゆらり、と矢鱈さんの身体が動いた。

 その動きに合わせるように身を引く。

 ――シュ……。

「おぉ、いいよいいよ、その感じ」

 そう言いながらも、矢鱈さんは試すように攻撃を繰り出す。

 駄目だ、少しでも集中が途切れると……。

 ――ガンッ!

「うわっ」

 俺は矢鱈さんの攻撃に触れ、吹き飛ばされた。

「ててて……」

「油断しちゃ駄目だよ? 立てる?」

「だ、大丈夫です!」

 すぐに立ち上がり、大きく深呼吸をする。

 そして再び「お願いします!」とルシールを構えた。


 小一時間が経ち、矢鱈さんが「ちょっと休憩にしようか」と稽古用の木刀を下ろす。

「ふぅ、いやぁ、ジョーンくん頑張ったね。見違えたよ」

「本当ですか? 嬉しいです!」

「うん、これでNARAKUでも、そこそこやれるんじゃないかな?」

「え? 矢鱈さん一緒に参加してくれるんですよね?」

「あれ? 紅小谷から聞いてない? 僕はNARAKUの解説で呼ばれてるから無理だよ?」

「か、解説?」

 た、確かに矢鱈さんなら呼ばれても不思議じゃないけど……。

 どうする? 俺、誰と行けば?

 今からじゃ、誰も……。

「ははは、大丈夫大丈夫! ちゃんと助っ人を呼んであるから」

 矢鱈さんの白い歯が輝いた。



 その日の夜。

 早く寝ようと部屋の明かりを消す。

 目を閉じて布団に潜っても、明日の事が気になって中々寝付けずにいた。

 仕方なく横になったまま、俺はスマホでNARAKUのHPを見る。

 ※以下HP内容。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 2018 TOKYO NARAKU 要項

 ■大会名称 

  HELL都庁大規模掃討戦 TOKYO NARAKU


 ■主催/共催

  東京都/ダンジョン協会


 ■開催日時

  2018年○○月○日(水)

  東京都庁第一本庁舎 地下4F~

 (立入制限区域・エリアT-24)


 ■実施目的と効果

 ・封鎖されたHELL都庁のモンスを増えすぎないように管理する為に、ダンジョン内の瘴気抜き(間引き)を行います。この作業には人員を雇うと莫大な費用が発生し財政を圧迫します。問題を解決する為に、都では支出削減の一環として年に一回、このイベントにより瘴気抜きを行い、同時に収益の柱とすることに成功しております。


 ■規則等

 ・参加方法 ネット申し込み後、抽選。

 ・当選チケットと参加費 7000円。

 ・入口は封鎖されている為、ダイバーはダンジョン内部にランダム転送。

 ・参加者が倒したモンスDPは、全て都の管理IDに集約。

 ・賞金 1位 1000万 2位 500万 3位 100万 4位 75万 5位 50万 6位 40万 7位 30万 8位 20万 9位 10万 10位 5万 参加賞 HELL都庁に出現するモンス『レムナント』の限定フィギュア。

 ※アイテムドロップ無し。

 ・獲得したNARAKU・POINT(NP)数により順位を決定。

  配点 N 1pt U 10pt M 100pt

  (NPは参加者全員に配布するデバイスウォッチで確認可能)


 //////CAUTION//////

 デバイスがコアの異常活性を感知すると警報が作動。

  (警報発報時→ユニーク個体が発生)


 ■出現モンス ※当該ダンジョンでは下記種類のみ発生。

 ・レムナント……黒い外殻を持つ人虫系モンス。

  ※ノーマル・ユニーク・マザーの三形態。

 ・牙と爪による攻撃。

 ・素早く、自己再生能力あり。

 ・復活までのインターバルが短い。


(以下略)

――――――――――――――――――――――――――――――――――

「いやぁ、本当に大丈夫かな……プロも大勢来るだろうし」 

 寝返りをうちながら呟いた。

「……助っ人って誰なんだろう?」

 スマホを消して枕元に置く。


 目を閉じて、この一週間を振り返った。

 矢鱈さんから取った――最後の一本。

 上段攻撃を躱してからの側面攻撃。フェイントを一回挟んだのが良かった。


 無事フェンリルの牙でルシールも強化できたし、基礎訓練も毎日やった。


 あとは……、あとは、何だっけ……?


 段々と意識が途切れる中で、基本姿勢とシュッをイメージしながら、俺は眠りに落ちた。

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