TOKYO NARAKU ①
――HELL都庁、B5F。
廊下の隅には、Rを描くように塵と埃が層を作っている。
そんな退廃した空間に相反するように、天井のLEDは煌々と輝いていた。
廊下中央に転送された俺は、すぐに壁際に身を寄せて辺りを警戒する。
共鳴針を確認して、進むべき方向を探った。
数メートル進んだ所で、壁に書かれた「B5F 南エリア」の文字を見つける。
遠くで他のダイバーが走る音や、叫び声が聞こえてきた。
すでに、戦闘は始まっている。
俺は『ルシール改+64』を握りしめ、大きく深呼吸をした。
よしっ!
全神経を集中させて廊下を進むと、曲がり角が見えてきた。
共鳴針の示す方向は――東エリアか。
事前に見たフロアマップでは、東西南北それぞれのエリアを大きな通路が十字に交差していて、各エリアごとに細かな通路が入り組んでいる造りになっていた。
まずは、主要通路に出なければ……。
『GsyRuuuuuuuuuuu!!!!!!』
「来たかっ⁉」
曲がり角から、機械の合成音のような唸り声。
――その瞬間、黒光りする人と甲虫が混ざったようなモンスが、左側面の壁に飛びついた。
『Griiiiiiiiiiishaa!!!!!!!!!!!!!!!』
「あれがレムナントか!」
視界にモンスを捉えた瞬間、脳からアドレナリンが吹き出す!
俺は意識する前に走り出していた。
「オラァァァァァァ!!!」
ルシール改を振り上げ、思いっきりモンスに叩き込む!
外殻が砕けると同時に、ブシュゥッ!! と中から黄緑色の液体が吹き出した。
『Guuugeee!!!』
モンスはテレビのノイズのような光に包まれ、跡形もなく消える。
腕に巻いたTOKYO NARAKU参加者用のデバイスウォッチを見ると、POINT欄に+1と表示されていた。
「ノーマルか……」
HELL都庁に出現するモンスは一種類のみ。
『レムナント』と呼ばれる人虫型モンスで、『ノーマル』『ユニーク』『マザー』の三形態。
それぞれ、N+1 U+10 M+100のPOINTが割り振られており、参加者はこのPOINT総数で順位が決まる。
「急がないと」
俺は東エリアに向かって走った。
――D&M、一週間前。
チケットを手にして浮かれていたのも束の間、俺は次第に事の重大さに気付き頭を抱えていた。
『TOKYO NARAKU』は、言ってみればダイバーの東京マラソン。
とてもじゃないが、俺のレベルでは参加と同時に退場になりそうな予感しかない。
しかもペアチケットだし。
「うう……」
しかし、このチャンスをみすみす逃すわけには……。
というわけで、困った時の紅小谷。俺は相談がてらメッセージを送ってみた。
紅小谷からは、すぐに返信が届いた。
『ちょ、ホントに運が良いというか……。まあ、ジョンジョンだとちょっと厳しいかもだわね。でも、色々と私も取材させて欲しいから協力する、待ってて』
「おぉ~、やっぱ頼りになるなぁ」
俺は紅小谷のメッセージを見たあと、開店の準備にとりかかった。
OPENしてしばらくすると、紅小谷からメッセージが届く。
『今からそっちに、とっておきの専門家がいくから、言うとおりにするのよ? じゃあ、頑張って。
次は会場で会いましょう』
とっておき……? 誰だろう?
『わかった、ありがとう! じゃあ会場で!』と俺はメッセージを返した。
それから数時間経った頃、表から懐かしい声が聞こえた。
「ジョーンくん、久しぶり!」
「や、矢鱈さん!! うわっ眩しい!」
真っ白な歯が、さらに白く輝いている。
「大袈裟だなぁ、ははは」
「い、いや、すみません。久しぶりだったもんで……」
ん? もしかして、専門家って?
「あ、あの……」
俺が尋ねようとすると、矢鱈さんが先に口を開いた。
「紅小谷から聞いたよ、凄いね? NARAKUのチケットが手に入ったんでしょ、しかもペアチケ」
「そ、そうなんです! それで、どうしたものかと……」
「まぁまぁ、そんなに構えないでも大丈夫だって。まだ時間があるし、今日から特訓すればそこそこイケるんじゃないかな?」
「と、特訓ですか!?」
矢鱈さんは「そう、特訓」と言って、ニヤリと笑った。
――閉店後、D&M。
『いま終わりました』
営業を終えて矢鱈さんに連絡を入れた。
特訓って何をするんだろう? ちょっと不安だな……。
後片付けを終わらせて一息ついていると、矢鱈さんが戻ってきた。
「お待たせ、さぁ、始めようか?」
「は、はい! よろしくお願いします!」
慌てて姿勢を正すと、矢鱈さんに深く頭を下げた。
「はは、じゃあ装備を用意したら降りようか?」
「はい!」
俺はルシール+99とダイバースーツ+60を装備して、矢鱈さんとダンジョンへ向かった。
三階層で矢鱈さんが立ち止まり説明を始める。
「えっと、まずはTOKYO NARAKUについてなんだけど、ジョーンくんは、どの程度理解しているのかな?」
「とにかく凄いイベントです」
矢鱈さんが苦笑いを浮かべる。
「まあ、そりゃそうなんだけど……。そうだなぁ、ま、内容なんかは後でHPとかで見てもらうとして、ジョーンくんのルシールだと単純に火力不足かな」
「そうですか……」
どうしよう、やっぱり難しいのか?
かといって、ルシール以外だと使い慣れていないしなぁ。
そう考えていると、矢鱈さんが声を張った。
「そこで! まずルシールを強化! それから矢鱈流戦闘術を叩き込む!」
「や、矢鱈流戦闘術!?」
な、なにそれ? 格闘漫画みたいになってきたけど……。
「僕が長いダイバー生活の中で編み出した技術、この中でも簡単なものをジョーンくんにマスターしてもらおうと思う」
「ぼ、僕にできますかね?」
不安しかないけど……。
「ジョーンくん!」
突然の大声に俺は思わず肩を震わせた。
「やる前から諦めてどうするんだい? 君の良いところは、何でも果敢に立ち向かって行くところじゃないのかい?」
「や、矢鱈さん、いや、師匠!!」
そうだ、俺にできることなんて、がむしゃらに努力することしかないじゃないか!
何を怖気づいているんだ、俺は!
よし、やってやる、やってやるぞぉ!!
うぉ~~!!
矢鱈さんはそんな俺を見て頷き、
「よし、じゃあ、今からダンジョン100周だーーっ!」と拳を天高く突き上げた。
「……え?」
所持DP 1,948,732
旅費 △100,000
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1,889,782





