全力で走っています。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
獣道を駆け下りて、丸亀町を目指す。
俺は一体、何をやってるんだろう?
他店の揉め事、しかもライバル店。
なのに、何で俺はこんなに走ってる?
鈴木くんが心配だから?
確かに、放ってはおけない気持ちもある。
だが、下手な正義感を振りかざして、何になるというのだ?
俺が行ったところで、話がこじれるだけじゃないのか?
自分でも説明できない感情とぐちゃまぜになった思考。
漠然とした、何とかしなきゃという焦燥が高まっていく。
ただ、カッコつけてるだけなのか?
それとも、ただの馬鹿なのか?
自問自答を繰り返し、凝縮された言霊となって爆発する。
「あぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
俺は叫びながら走り続けた。
――ダンクロ丸亀町店前。
数人のスーツを着た、社員らしき男たちが出入りしている。
どうしようかと悩んでいると、ちょうど外に出てきた鈴木くんが「あ! ジョーンさん!」と俺に気付いた。
「来てくれたんですね! すみません、本当になんて言えば……」
駆け寄ってきた鈴木くんは顔を暗くする。
「いいよいいよ、ごめん。一足遅かったみたいだねぇ、ははは」
俺が笑って言うと、鈴木くんは店を振り返りながら
「えっと……。今は店長が、他の社員さんたちと本部に行ったところです」と説明をしてくれた。
「そっか、良かった。怪我とかないよね?」
「はい、戻ったら、ちょうど社……」
「おい! 何やってる?」
社員らしき男がこっちに向かって来た。
「あ、やば。社員さんです」
鈴木くんが小声で囁く。
「君は誰だね?」
社員は俺を見るなり、高圧的な態度を取った。
――カッと顔が熱くなる。
こういうところが嫌いなんだよ、お前らの。
「すぐそこのダンジョンの者です」
感情を抑えながら答えると、社員は鈴木くんを見て、チッと舌打ちをした。
「ち、違うんです、ジョーンさんは……。僕がその、本部に連絡がつかなかったので相談に……」
鈴木くんが慌てて説明すると、社員は鬱陶しそうに言葉を遮って「あー、わかったわかった。後で聞く。じゃあ、あんたも帰って」と、犬でも追い払うように手を振った。
くっ、こいつら……。
何を思ったら、こんな言葉が口から出るんだ?
百歩譲って俺の事は良いとしよう。
だが、仮にも同じ店のスタッフに対して取る態度じゃないだろう!
――駄目だ、我慢できない。
「この野……」
俺が文句を言ってやろうと思った瞬間、図太い声が商店街に響いた。
「馬鹿もんがぁ! 恥を知れ、恥を!!」
社員がビクッと身体を震わせて振り返る。
そこにはダンクロ会長、渋沢団九郎の姿があった。
「し、渋沢さん……」
俺は呆気にとられ、状況を見守る。
会長は震えあがる社員に、悲しそうな目を向けたあと
「ジョーンくん、本当にすまないねぇ。鈴木くん、君にも嫌な思いをさせてしまった……」と頭を下げた。
「か、会長!」
取り巻きの社員が声を上げる。
「ぬぅ、貴様らはまだわからんのかっ!」
会長が怒鳴り付ける。
「も、申し訳ありません!」
「やれやれ、何を勘違いしてるんだか……」
会長はそう呟き、首を振った。
「ジョーンくん、部下が失礼なことをして申し訳なかった。この通りだ、許してもらえないだろうか?」
会長が再び頭を下げると、取り巻きの社員たちも慌てて頭を下げる。
「ちょ、や、やめてくださいよ。もう充分ですから、それに僕は様子を見に来ただけですし……」
「ありがとう、その心遣いにダンクロの代表として感謝する。それに……君が昔、笹塚にいたことも聞いたよ。今更、弁解の余地もないが……、本当に申し訳なく思う」
「い、いや、それは、もう終わったことですから。それに……今は辞めて、良かったと思ってます。あのまま働いていたら、D&Mをやることもなかったですし、集まってくれたお客さんたちとも出会えませんでしたから。もちろん、腹は立ちましたけどね、ははは」
そう言って笑うと、会長は嬉しそうに目を細めた。
「そうか……。君はもう、ダンジョンの本質に気づいてるんだねぇ」
「本質?」
「ははは、爺の戯言よ。気にしないでおくれ」
俺は満足そうに微笑む会長に尋ねた。
「あの、この店はどうなるんですか?」
「ん? ああ、そうだねぇ。閉めることになるだろう」
鈴木くんが横から「え? 閉めちゃうんですか!?」と驚く。
「すまない。あとで詳しく説明をさせよう。でも、今回の件とは関係なく、この店は閉めることになっていたと思うねぇ」
「え? どうしてですか?」
「コアが定着しなかったんだよ。このまま続けてもロストするだろう」
「……ロスト」
会長は、いつの間にか集まっていた人達に向かって「どうも、大変お騒がせして申し訳ありません」と、深く頭を下げて謝罪する。
「申し訳ありませんでした!」
社員がそれに続いて頭を下げた。
「さ、お前たちは後片付けをしなさい」
会長が社員に指示を出す。
「はい!」
社員たちが一斉に散らばった。
「ジョーンさん、迷惑をおかけしてすみませんでした」
鈴木くんが頭を下げた。
「いやいや、大丈夫だから……」
「いえ、本当にありがとうございました。また、改めてD&Mにご挨拶に行きますので。じゃあ、僕も戻ります」
「わかった、頑張ってね」
俺は手を振って見送った。
「あのー、渋沢さん、僕もこれで失礼します」と会長に軽く頭を下げる。
「ありがとう、迷惑をかけたね。そうだ、ジョーンくん。また、行ってもいいかい?」
俺は「もちろん。お待ちしてますね」と笑って答えた。
帰り道、ダンジョンへ急ぐ。
もう、花さんは待っていないと思うけど、念のためにお詫びとして、コンビニでチョコレートケーキを買った。女の子は甘いものが好きだと言うし。
獣道を上がる。おぉ、通りやすい。雑草を刈っておいて良かったなぁ、うん。
入口まで駆け上がると、カウンター岩で頬杖をつく花さんの姿が見えた。
「あ、花さん……」
――待っててくれたんだ。
「もう! ジョーンさん。急に出ていくんですから~、電話も出ないし」
ぷぅと頬を膨らませ、花さんが腕組みをする。
俺は慌ててスマホを見る。着信履歴が表示されていた。
「あ……ご、ごめん」
「別にいいですけど……。で、どうだったんですかダンクロは?」
「あ、ああ。それがさぁ」
俺は花さんに、一部始終を説明する。
「そんなことが……。何か複雑な気分ですね」
「うん……」
花さんがコンビニの袋に目を向けて「何買ってきたんです?」と訊いてきた。
「忘れてた、お土産買ってきたんだった。はい、これ」
俺はチョコレートケーキを取り出して、カウンター岩に置いた。
「うわぁ! ジョーンさん、素敵ですぅ!」
目をキラキラと輝かせる花さん。
「あ、じゃあ珈琲でも淹れようか。ちょっと待ってて」
「わーい、ありがとうございます」
花さんは、俺がコーヒーを淹れている間、まるで、スプーン曲げにでも挑戦しているんじゃないかってぐらいに、じ~っとケーキを見つめていた。
しばらくして「はい、お待たせ」とコーヒーを差し出す。
「いっただきまーす。ん~、美味しい! このケーキ最高ですぅ!」
満面の笑みで、花さんはケーキを頬張っている。
「そう? よかった」
両手を添えながらコーヒーを飲む花さんが「ジョーンさん、午後からやりますよね?」と当たり前のように言った。
「あ……うん、お客さんが待ってるかも知れないし、やろうかなって」
「じゃあ、私、これ食べ終わったら準備しますね」
「え、いいの? ありがとう。なんか悪いね」
と言うと、花さんは、悪戯っぽい顔で言った。
「ま、今回だけは、このケーキに免じて許しますっ」
その時、表から声がかかった。
誰だろうと見ると、小日向さんが頭を下げながら入ってくる。
「どうも、失礼します。その節は……」
「あれ、小日向さん……どうしたんですか!?」
小日向さんは以前、ベビーベロスの取材に来てもらった、月刊GOダンジョンのライターさんだ。
「店長、少しお時間よろしいでしょうか?」
なにやら気まずそうな表情だが……。
「何かありましたか……?」
「いや、店長。本当に申し訳ありません。せっかく取材をさせて頂いたのですが、今回、あの記事は見送りとなってしまいました。」
「え!?」
そ、そんな、めっちゃ楽しみにしてたのに……。
「本当に申し訳ありません。この通りです」
深く頭を下げる小日向さん。
「い、いやいや、頭を上げて下さい!」
慌てて、駆け寄ると小日向さんが「それで、お詫びと言ってはなんですが……こちらを良かったら」と細長い紙切れを差し出した。
「これは……」
――ん?
都庁の写真が印刷されたチケット……。
そのチケットをまじまじと見て、思わず声が漏れた。
「ちょっ!? これ!?」
何度も小日向さんを見てしまう。本当に良いのだろうか?
「あの……ジョーンさん?」
花さんが心配そうに俺を見る。
小日向さんが、戸惑う俺に言った。
「編集長から、せめてものお詫びとして持たせてくれたんです」
「これかなり貴重だと思うんですが……本当に良いんですか!?」
俺は驚きを隠せない。
「ええ、もちろん大丈夫です、お詫びのしるしですから、もらってやってください」
遠慮する俺に小日向さんが言った。
「じゃ、じゃあ、遠慮なく頂きます。こっちこそ、わざわざ来て頂いてすみませんでした。な、なんか逆に悪いですねぇ……」
「いやぁ、そう言って頂けると助かります。この度は、申し訳ありませんでした。では店長、私はこれで……」
「あ、はい。すみません、これ、ありがたく頂戴します!」
小日向さんは笑顔で頭を下げながら帰っていった。
俺がチケットを見つめてぼうっとしていると、花さんがしびれを切らせ
「ジョーンさん、それ、何なんですかっ!?」と喰い付く。
「ふふふ……、花さん。これはチケットだよ」
「チケット……?」
花さんは小首を傾げた。
「そう、花さんも聞いたことがあるよね? HELL都庁」
「あ、そりゃあ、はい……HELL都庁って……あの、立入制限区域のですよね?」
「そう、HELL都庁! そして年に一度、東京都とダンジョン協会が共催する、HELL都庁大規模掃討戦 TOKYO NARAKU!」
「も、もしかして、そのチケットは……」
ふふ、花さんもどうやら気付いたらしい。
俺はチケットを頭上にかざして言った。
「その『TOKYO NARAKU』の参加チケットですっ!」
所持DP 2,040,982
来客 32人 16,000
染色 2回 500
石鹸 2個 200
ガチャ 9回 900
実家 △100,000
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1,958,582