トラブルは御免です。
――ダンクロ丸亀町店。
「な……、なんとおっしゃいましたか」
犬飼の表情には焦りが見え、心なしか声が震えていた。
会長の脇に控える側近が、代わりに口を開く。
「あと一週間で結果がでなければ、撤退だと言っている」
「そ、そんな……」
青ざめる犬飼に側近は「当然だ、当初の24階層計画も失敗に終わり、コア不定着。これから徐々に階層は縮小していくだろう。ロストは時間の問題だ」と無表情で答えた。
「し、しかし」
「くどい。ロストとなれば、我が社の信用問題にも発展する。コア定着が失敗した今、撤退しか道がないのはわかっているだろう? それに、この状況で近隣店に勝てると思っているのか?」
「……」
犬飼は反論できず、黙って目線を落とした。
その様子を見ていた会長が、ゆっくりと口を開く。
「犬飼くん、残念だが、これは客観的事実に基づく選択だ。決して、君が悪いとは言っていない。残った時間を君がどう使うのか、ワシが気にしているのはそれだけだよ」
「か、会長……」
会長は小さく頷いて席を立つ。
「そうだ、犬飼くん。D&Mには行ったかね?」
「え、ええ。OPEN前に一度」
「どう思った?」
犬飼が恐る恐る答える。
「……小規模ですが、コアに恵まれていると思いました」
「それだけかな?」
会長は真っ直ぐに犬飼の目を見据えた。
犬飼は必死で答えを探しているようだったが、言葉を続けることが出来なかった。
「そうか……。行こう」
会長は残念そうに溜息をつき、事務室を後にする。
犬飼は見送ることも忘れ、呆然と立ち尽くしていた。
――D&M。
「どうしたんですか? ジョーンさん」
花さんが、きょとんとした顔で覗き込む。
「あ、いや、何か今、背中がぞわっとして、ははは」
「風邪ひかないでくださいよ? 急に寒くなってますし」
「あ、うん。そうだ、簾外しておくかな」
俺は入口の簾を外して、自分のアイテムボックスに保管する。ダンジョンの物で作ってあるのでこういう時は便利だ。
「そろそろ暖房も考えないとですね」
「確かに、更衣室も冷えるから……」
初めての冬だもんなぁ、どのぐらい冷えるのか少し不安だ。
「何か簾みたいな、いい方法があればいいんですが……」
「うーん、メルトゴーレムを削っても、肝心の核がないとただの岩だし……。まぁ、納屋にストーブがあるから、それを使ってもいいかな」
俺はそう言いながらカウンター岩に戻り、ホットコーヒーを二人分淹れることにした。
辺りにコーヒーの香りが漂い始める。
「ん~、いい匂い」
うっとりした表情を浮かべる花さん。
俺はコーヒーを渡したあと、一口飲んで「やっぱ、タリみが大事だよね~」と頷く。
「美味しい! ジョーンさん淹れるの上手ですね!」
「そう? へへへ」
そこに、誰かが走ってくる足音が聞こえる。
俺と花さんが入口に目を向けると、血相を変えた鈴木くんが「ジョ、ジョーンさん! た、大変なんです!」と駆け込んできた。
「どうしたの!?」
慌てて、俺はカウンター岩を出て駆け寄る。
「はぁ、はぁ、あの、て、店長が……おかしく……なっちゃって……」
息を切らせながら鈴木くんが言う。
「こ、これ……」
花さんが水を差し出す。
「あ、ありがとうございます」
鈴木くんは水をぐいっと飲み干して「あの、うちの店長が、突然大声を上げ始めちゃって、店で暴れてるんです!」
「え!?」
俺と花さんは顔を見合わせた。
「ちょ、どういうこと?」
「なんか、会長さんが帰ってから様子がおかしくて、それからしばらくして、急に叫びだしたと思ったら、お前D&Mのスパイだろとか、ジョーンさんを呼んでこいとか暴れ始めて……」
え? 俺、何もしてませんが……。
「ジョーンさん、すみません! 僕も何がなんだかわからないんですが……。多分、僕がジョーンさんと店前で話していたせいかも知れないです! ぼ、僕、どうしたら……」
鈴木くんは微かに震えていた。余程、驚いたのか、怖かったのか……。
それにしても、一体、何があったんだ?
「落ち着いて? 鈴木くんは何も気にしなくていいよ、俺は大丈夫だから。ね?」
「本当にすみません……。気が動転してしまって。僕、もう一度店長に話してみます」
「あ! ちょ……」
そう言って鈴木くんは、返事を待たずに走り去っていった。
おいおい、戻って大丈夫かよ……。
「ジョーンさん……」
花さんが不安そうな顔で俺を見ている。
「……」
犬飼はどうしてしまったんだ?
会長に何か言われたとか……。
ていうか、俺は部外者だし、ダンクロの事なんてどうでもいいだろ?
でも、鈴木くんは心配だな……。
うーん、ダンクロは大手、本部もすぐに動くだろうけど。
どうする? 厄介事は関わりたくないのが本音。勝手に自滅してくれれば、それで……。
それで?
それでいいのか?
デバイスをCLOSEに切り替える。あれ、何やってんだ俺?
自分でも何をやってるのかわからない。でも、勝手に身体が動く。
「悪い、花さん。今日は休みにする」
――気づくと俺は走り出していた。





