SNSは難しいです。
「その、SNSを使うのはわかったけど、具体的にどうすればいいのかな。何か日記みたいなのを書くとか?」
紅小谷はチチチと舌を鳴らす。
「そんなもの誰が読むのよ? いい? どんな世界においても、受け手に決定権があるの。たとえどんなに優れたシステムでも、大勢の人が利用しなければただのガラクタ。今じゃ単に安売りですって言っても、はいはいで終わるでしょ? 何かをプラスしないと駄目ね」
「俺には難し……」
口ごもる俺に、紅小谷は続けた。
「例えば、『ごはんを食べに行きました』という呟きを発信したとするわよね? それが本当にごはんを食べただけの呟きじゃ意味がないの。その写真の中に、もうひとつメッセージを入れる。そうね……、ごはん食べてる人が、自分の好きな物を、テーブルにさりげなく置いてたら気にならない?」
紅小谷が俺を上目遣いで見た。
「た、確かに気になるかも!」
「でしょ? それを使って、フォロワー自ら興味を持つような呟きを投稿するってわけ。今回みたいな場合は、拡散して欲しいわけだから、そこは素直に、拡散希望をお願いするのが良いと思うけど……、まずは、フォロワーに拡散してもいい、したいと思ってもらわなきゃ始まらないわ」
うぅ、ついていけない。頭がこんがらがってきた。
「そ、そんなこと、俺にできるかなぁ……」
「任せなさい、私を誰だと思ってるの? スタイリッシュダイバー、紅小谷鈴音よ!」
紅小谷はアイスティーを飲み干して、高らかに宣言する。
「あ、う、うん……」
「じゃあ、詳しくは後でメール送るから、それまで待ってて」と言って、紅小谷は足早に帰っていった。
――その日の夕方。
紅小谷からメールが届いた。以下全文ママ。
お待たせ、ジョンジョン。色々と考えたけど、まずは、いま来てくれているお客さん、それに来ていないお客さんが知らない情報を盛り込むことにしましょう。
そう考えると、やはり、ここはラキモンを出すべきかなぁと私は思う。
ラキモンの事は、まだ知らないお客さんも多いはずだから、さりげなく匂わせる程度でも、かなり興味を引くはずよ。
いい? これをそのまま宣伝しちゃ駄目。
何度も言うけど、あくまでも、普通の呟きの中で、隠すように盛り込むのよ?
(例)
『これがパレスでーす』
写真の隅にラキモンをちらっと入れる。
この場合、パレスの宣伝がまず受け手に伝わるわよね?
でもラキモンが写り込んでいる事で、違った意味が生まれる。これってもしかして……となれば成功よ。大事なのは予期せずに映ってしまった感だからね。
じゃあ、頑張って!
以上。
メールを読み終わって、俺は頭を抱える。
む、難しい、こんなスパイみたいなこと、俺にはできないよ……。
カウンター岩で呆然としていると、花さんがやって来た。
ネイビーのロングワンピース姿が目を引く。いつもより少し大人っぽい気がする。
「あ、あれ? 今日は休みじゃ?」
「お疲れ様です、偵察がてら兄とダンクロに行ってきて、その帰りです」
花さんが、ダンクロのチラシを差し出した。
チラシはサイトの広告をそのまま印刷したもので、24H探索無制限や入場料金、それに鈴木くんの爽やかな笑顔の写真、その写真には吹き出しがついていて『待ってるぜ!』と書かれていた。
「鈴木くん目当てのお客さん多そうだなぁ……」
「そうですねぇ、私の友達なんかは、まだ知らないみたいですけど、知れば一回は行くかもです」
「そっか、まぁそれは仕方ないとして……。あ、そうだ、8階層だったでしょ?」
と訊くと、花さんは驚いた顔で
「あれ? もう聞きましたか?」と俺を見た。
「うん、お客さんから聞いてさ」
「そうなんですか、変ですよねぇ」
俺はアイスティーを用意しながら、紅小谷と相談したことを花さんにも伝えた。
興味深そうに聞いていた花さんに、俺は紅小谷からのメールを見せる。
「いいんですか?」
「うん、ちょっと読んで見て」
髪を耳にかけ直し、真剣な表情でメールを読んでいる。
「ど、どうかな? SNSを使うのは良いと思うんだけど、俺には難しくてさ」
「確かに説得力はありますけど、ラキちゃんのことを、フォロワーさんがネットで拡散したがるかなぁという点では疑問です。でも、来店のきっかけと、リアルでの口コミに関しては、かなりのインパクトがありそうですね」
ただでさえ超レアモンスだもんなぁ。
まぁ、ラキモン目当てでお客さんが押し寄せても、遭遇できるのは運の良いダイバーだけだろう。矢鱈さんでさえ、見つけられない時があったし。
「うーん、難しいなぁ。拡散はあまり期待せずに、ラキモンの事だけちょっと匂わせてみようか?」
「そうですね、紅小谷さんの言う通り、さりげなくが良いと私も思います。個人的にはダンクロに負ける要素がないと私は思ってますけど」
「え、そうかな?」
「はい、フロア構成やモンスもそうですけど、何よりダンクロには無いものがD&Mにはありますから」
花さんは自信たっぷりな表情で言った。
なんだろう、石鹸とか?
「うーん、ダンクロに無いもの……」
俺が考え込んでいると、花さんが
「ジョーンさんの人柄ですよ。ここに来る常連さんを見てればわかります。皆、ジョーンさんの熱意や、工夫する姿勢や、ダンジョンを愛する姿勢に共感しているから、通ってくれているんだと思います。あと、ちょっと頼りないところとか」といたずらっぽく笑った。
「は、花さん……」
上手く言葉が出てこない。胸が熱くなる。
そんな風に思っててくれたなんて、嘘でも嬉しいじゃないか!
「うん、ありがとう。お、俺、頑張ってやってみるよ!」
「はい。私も、何か協力できないか考えてみます。じゃあ、今日はこれで失礼しますね」
花さんはそう言って微笑むと
「ごちそうさまでした」と言って、アイスティーのグラスを洗い場に置いた。
俺は外まで花さんを見送ったあと、カウンター岩に戻りスマホを取り出した。
まだ、胸の高鳴りがおさまらない。
そうだ、ダンジョン愛なら、俺は誰にも負けない。
ダンジョン愛の欠片もないチェーン店に負けてなるものか!
「SNSか……、やるしかないな!」
気合を入れなおして、SNSの投稿内容を考える。
まずは、ラキモンをスタイリッシュにアピールしなければ!
――閉店後。
俺はルシール+99を持って、ダンジョンへ降りる。
デバイスを、プレOPEN状態にしてラキモンを探した。
問題は、ラキモンが見つかるかどうかだが……。
「おーい、ラキモーン! ラキモーン?」
どこいるのかなぁ。
岩陰や、洞窟の小部屋を覗いて呼びかけてみる。
「ラッキモーン?」
俺の声に反応して、奥からバババットの群れがバサバサ飛び出す!
「うぉっ!」
纏わりつくバババットをルシールで振り払った。
それから奥に進み、階段の周りも注意深く探していく。
「ラキモーン?」
しかし、一向にラキモンの気配は無い。
うーん、舐めてたわ。全然見つからねぇ。
迷宮フロアに降りてみるか。
すると、後ろから
『ダンちゃん? 何してるラキ?』と声が聞こえた。
「うぉっ! ラキモン! 良かったぁ~」
『どうしたん? モゴモゴ……』
ラキモンは何かを食べている。
また何か拾って、いや、気にしないでおこう……。
「ちょっと、一枚良いかな?」
俺はスマホを取り出して、ラキモンに尋ねた。
『ぴょ~、何するラキ?』
ラキモンが不思議そうな顔でスマホを見る。
「ラキモンは特に何もしなくていいよ、すぐ終わるから」
そう言って、俺はラキモンがフレームの隅に入るように写真を一枚撮った。
「はい、オッケー。ありがとさん」
『ぴょ? あ、ダンちゃんダンちゃん、アレ、あるラキ?』
ラキモンがモジモジしている。
「もちろんあるよ、はい、これお礼」
俺はフィルムを取った瘴気香をラキモンに渡した。
『ぴょぴょぴょ! うっぴょー!』
ラキモンは嬉しそうに飛び跳ね、瘴気香を齧りながら、ぴょんぴょんとダンジョンの奥へと消えていった。
その後ろ姿を見ながら、ラキモンが一緒に来てくれると言った時の事を思い出した。
あの時、ラキモンはどうして俺と来てくれたんだろう?
やっぱり瘴気香なのかな?
ふと、花さんの言葉が脳裏に蘇る。
そうだ、ラキモンも、お客さんも、俺も、花さんも、皆がダンジョンで繋がっている。
このD&Mというダンジョンで……。
俺は、もっと、もっと、ダンジョンを知ってもらいたい。
色んな人に楽しんでもらいたいし、喜んでもらいたい。
その為には……。
ダンクロなんかに負けるわけにはいかないんだ!
俺はすぐに一階へ戻り、閉店作業を始めた。
ガチャの補充をしながら、どんな文面にしようかと考える。
「さりげなくか……」
片付けが終わって、外に出ると少しだけ風が冷たく感じた。
そろそろ、簾も外す季節になるかなぁ。
歩きながらスマホを取り出す。こういうのは考えすぎても駄目だろう。
『ダンジョン掃除中~。あれ、何か映ってるなぁ? #拡散希望』
うーん、ラキモンにモザイクも入れたし、これで大丈夫かな?
ホント苦手、こういうのは。みんな拡散してくれると良いんだけど……。
不安を感じながらも、スマホをポケットにしまう。
暗い獣道を降りていくと、気の早いコオロギが夏の終わりを告げていた。
所持DP 1,989,782
来客 81人 40,500
染色 12回 3,000
特注 2点 1,600
石鹸 17個 1,700
ガチャ 44回 4,400
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2,040,982