助っ人が来てくれました。
閑古鳥が鳴いている。
黒い躰に首の周りだけモフモフの毛。枯れ木の枝をしっかりと掴む足には鋭い爪が光っていた。夕闇に同化して、目をしっかりと凝らさないとその姿は見えない。しかし、金色の双眸だけは、しっかりと俺を見据えている……。
『スッカラカァーーーー……、スッカラカァーーーー……』
変な鳴き声だ。
一体、ここは何処なんだ? 辺りを見回しても何も見えない。
薄い靄に覆われて、途方に暮れる。
いつまでも、ここにいたって仕方がない。
そう思って、一歩足を踏み出すと――地面が割れた。
「うわぁああああーーーー!!!」
布団から飛び起きる。
見慣れた自分の部屋を見て、夢だったんだと安堵した。
「あ~、いてて……」
少し頭が痛い。パジャマは寝汗でぐっしょりと濡れていた。
俺は一階に降りてシャワーを浴び、身支度を済ませる。
まだ、少し夢の余韻が残っていた。
嫌な夢だったなぁ……。
おにぎりを握りながら、夢を思い出して溜息をつく。
今日はダンクロのオープン日だ。
気にしていないつもりだったが、深層心理ではずっと考えていたのかも知れない。夢に出てきた閑古鳥の姿を思い返しながら、俺はダンジョンへ向かった。
開店準備を終わらせて、デバイスをチェック。
そろそろ、向こうも開店のはずだけど……。
その時、紅小谷からメッセージが届いた。
紅小谷:『おはよ、今日ダンクロオープンよね? 何か対策はしてるの?』
ぐ……。痛い所を突いてくるなぁ。
実はオペレーション・フラワーと銘打ってみたものの、具体的アイデアが全く浮かばずに、ずるずると今日に至ってしまったのだ。
俺:『実は、偵察には行ったんだけど、これといった対策が思いつかなくて……。』
すぐに返信が届く。
紅小谷:『この、たわけーーーーっ!! なんでもっと早く相談しないのよ? バカなの? ダンクロに寄ってから、そっちに行くわ』
え? そうか、取材で来てるのか。
俺:『わかった、待ってるよ』
返信をして、俺は大きな溜息をついた。
うーん、どうしたものか。
対ダンクロで一番の脅威は向こうが24H探索無制限ということだ。
かと言って、24Hなんて出来ないし……。
しばらくして、最初のお客さんがやって来た。
「いらっしゃいませ!」
何度か来てくれている同い年くらいの男性客だった。
「おはよう、いやぁ、ダンクロ凄い人だったよ」
ぐぬ……。第一声目がそれか。
「へ、へぇ~そうなんですねぇ。やっぱり大手ですからねぇ」
「うーん、なんか女の子が多かったかなぁ……」
お客さんは思い返すように少し上を向く。
女性客か、鈴木くん目当ての子たちかな?
「あと、フロアもまだ少なかったね」
「え?」
「いや、だってオープンしたばっかだし、8階層ぐらいしかなかったよ? そんなもんでしょ」
「は、8階層……?」
俺と花さんが偵察した時は24階層だったはずだけど。
「まぁ、俺はこっちに来るけどね、あ、石鹸もらえるかな?」
「あ、はい! ありがとうございます!」
お客さんを見送って、俺は考えた。
どういうことだ? 8階層? 分岐を見つけられなかったのか?
いや、分岐は確か12階だったはず。
何かトラブルか……?
だとすると、可哀そうだが、ウチとしては願ってもないチャンスなのでは?
それから、数人のお客さんが来たので、それとなくダンクロの事を訊いてみたが、24階層だったよというお客さんは一人もいなかった。
「ジョンジョン、おつ」
入口を見ると、紅小谷が小走りでやって来た。
「あ、お疲れ様。あのー……、ごめんね、なんか」
紅小谷は手をひらひらと振って
「ったく、何を言ってんのよ? そんなことより、対策を練るわよ」と言う。
「あ、はい!」
俺は急いでアイスティーを紅小谷に差し出した。
「ありがと」
紅小谷がアイスティーに口を付ける。
「で、一応ダンクロの状況を説明しておくわね」
そう言って、スマホを操作しながら紅小谷が説明を始めた。
「まず、フロア構成、全8階層、いたって普通の迷宮タイプで、モンスはアンデッドがメイン。これと言った売りは今のところ無いわね」
「あの、それなんだけど、俺と花さんで偵察した時は24階層だったんだ。変じゃない?」
「24階層? 確かに変ね……。ていうか、オープン前になんでわかんのよ?」
「いや、犬飼っていう店長に中を少し見せてもらって、その時にフロアマップを見たんだよ。マップには確かに24階層って」
紅小谷はうーんと唸って
「何かの理由で、ジョンジョンに嘘のフロアマップを見せたのかしら。でも、そんなことする理由が思い当たらないけど」
「だよねぇ。でも8階層なら、ウチには影響ないんじゃ?」
「たわけーーーっ!!」
突然のお叱りに、ビクッと俺は肩を震わせた。
ストローでガシャガシャと氷を掻き回しながら
「いい? このダンジョン業界では、あんたはもう、看板背負って参戦してるプレイヤーなのよ? 驕りは身を亡ぼすってことを知りなさい!」と言う。
「は、はいっ!」
紅小谷の言うとおりだ。俺はどこか甘い考えをまだ持っている。
最近、とんとん拍子にお客さんも増えていたから……。
「とにかく、最悪の状況を考えて手を打たないと。向こうは大手、どんなテコ入れがあるのかもまだわからないのよ?」
「うん、確かにそうだね」
「メダルブームが下火になりつつあるとはいえ、アンデッドメインで24Hやられたんじゃ、少しは影響あると考えたほうがいいでしょ?」
「確かに……。どうしよう?」
「この、たわけーーーっ!! それを考えるのがあんたの仕事でしょうが!」
紅小谷がバチーンとカウンター岩を叩く。
「は、はいぃ!」
紅小谷はアイスティーの氷を鳴らしながら
「今は宣伝に力を入れるべきね。あと、宣伝するからには、何か売りがないと」
「売りか……。ベビーベロスとか、パレスかなぁ」
「まぁ、確かに強い売りだとは思うけど、もうこの辺りのダイバーは知ってるでしょ? 何か目新しいものを考えないと」
俺は腕組みをして唸る。
目新しいものと言っても、何がある?
ダンジョンは当分拡張しそうにないし、ガチャや染め物、石鹸なんかも、すでに知れ渡っているしなぁ……。
ふと、紅小谷が俺に尋ねた。
「ジョンジョンってダンクロにいたのよね?」
「え、ああ。そうだよ、笹塚店にいたけど」
「ダンクロってオープンの時、何か特別なことやるの?」
そういえば、俺はベテランバイトとして、新規オープンに駆り出されることが多かった。当時の記憶をたどってみる。
「えっと、確か初回入場無料とか、回復アイテムサービスとか、あとはモンス連続投入とかかなぁ」
「ってことは、いくら8階層とはいえ、連続投入される可能性もあるってことね」
「じゃあ、こっちも連続投入で対抗するとか?」
紅小谷は少し黙ったあと、
「いや、それだと資本が大きい向こうが有利だわ。ここには、独自のサービスがあるから、それは良いとして、何かで、お客さんの目を引けば良いと思うの」と言った。
「SNSとか? あれから結構フォロワーさん増えたんだよね~」
俺は紅小谷にスマホの画面を見せた。
「へぇ、意外……これは使えるかも知れない」
「何か宣伝するとか?」
「フォロワーに拡散してもらうのよ。D&Mをね」
そう言って、紅小谷はスマホで何やら調べ始めた。
「見たところ、ダンクロはSNSに力を入れてないみたい。ダンクロ丸亀町店の情報もサイトには載ってるけど、SNSの方には流れてないわね」
紅小谷は大きく頷いて俺に言う。
「方向性は決まった、SNSでバイラルマーケティングね」
「ば、ばいらるマーケティング?」
戸惑う俺に、紅小谷はニヤリと笑って言った。
「さぁ、ジョンジョン。――ダンクロを落とすわよ」





