オペレーション・フラワーです。
チュンチュンと雀が鳴き、ダンジョンの入口には朝日が差していた。
ここ数日は、目が回るような熱気もなく、過ごしやすい日が続く。
そろそろ秋の到来かと、氷雪草で作った簾を眺めたあと、カウンター岩の上に置いた一枚のチラシと名刺を見て、腕組みをした。
――犬飼 一。肩書きは、ダンクロ四国支部出店戦略室SV。
そして、チラシには『ダンクロ丸亀町店 この週末に新規OPEN!! あなたの街にダンクロがやってくる! 香川初の店舗型ダンジョンで利便性抜群! ピカピカのダンジョンで24H冒険しよう!』とあった。
「おはようございまーす」
花さんが入口から入ってきた。
お、今日は髪をお団子に纏めている。
涼しげで良いなぁ。
おっと、こういう場合は、何も言わないほうが良いとテレビで言っていた。
下手するとセクハラになるそうだ、気をつけねば……。
「おはよう」
今日は定休日なので営業はしないが、急遽作戦会議として店に集まることになったのだ。
理由はもちろん――目の前のチラシの件である。
「これがチラシですか?」
花さんが、隣に座ってチラシに顔を寄せた。
「うん、昨日この辺一帯に配られたみたいなんだ。ウチのポストにも入ってたよ」
俺は苦笑いを浮かべる。
「むむ、何か嫌味な感じですねぇ。わざわざ偵察にも来るし……」
「まぁ、ポスティングだから他意はないんだろうけどさ」
花さんはふーんと頷きながら
「この、店舗型ってどんなダンジョンなのですか?」と俺を見た。
「ああ、外観は商業ビルみたいな普通のビルで、中に入るとダンジョンに繋がっているタイプだね。東京だと高層ビルのワンフロアだけっていうダンジョンもあるよ」
「へぇ~、それって管理大変そう」
「うん、確か高層ビルのダンジョンは設備管理の資格がないと働けなかったなぁ」
「そうなんですねぇ」
俺がチラシを見て溜息をつくと
「大丈夫ですよ、D&Mは。モンスのバランスも良いですし、何と言っても常連さんが本当に多いですから」と花さんが元気づけてくれる。
「ありがとう。うん、頑張らないと」
「そうだ、ジョーンさん偵察に行きましょう!」
「偵察?」
「そうですよ、多分、今頃開店準備しているはず。様子を見に行ってみませんか?」
「うーん……よし、行ってみるか」
「決まりですね、じゃあこれを……」
花さんは、バッグからサングラスを取り出した。
「え?」
「こういう事もあるかと用意しておきました。偵察には必須ですから」
当然のように、花さんはサングラスを俺に差し出す。
「あ、うん……」
見ると花さんは、既にサングラスをかけていた。とても顔が小さいので、サングラスが大きく見える。
俺は仕方なく、言われるままにサングラスをかけてみた。
何年ぶりというか、サングラスをかけて外を歩くのは初めてだ。もの凄い違和感と照れくさい気持ちが、同時に押し寄せてくる。
「あのぉー、だ、大丈夫かな……?」
そう訊くと、花さんが今まで見たことがないほど口角を上げて「似合ってますよ」と言ってくれたが、それ以上は何も訊けなかった。
二人でサングラスをかけて商店街を歩いていると、気のせいだろうか? 皆の視線が、俺たちに集まっている気がする。
「あの、花さん、サングラス無いほうがいいんじゃ?」
「ジョーンさん、それ、悪いことをしていると、周りが気になる心理と同じですから。自信を持って堂々と歩けば大丈夫ですよ」
お忍び芸能人みたいな花さんに言われても説得力はない。
しかし、返す言葉も見つからずに俺は「あ、うん……」とだけ答えた。
しばらく歩くと、ダンクロ丸亀町店が見えてきた。
「あ! あそこですね」
「うん、一回通り過ぎてみようか?」
「はい」
俺たちはキョロキョロしながら、さりげなく店前を通り過ぎた。
近くの店先で、商品を見るふりをしながら
「外装はもう完成してますね」と花さんが小声で言う。
「うん、従業員っぽい人もいるな……」
二人で様子を探っていると、突然後ろから声が掛かった。
「あれ、ジョーンさん? 花さんも何やってるんですか?」
ビクッと肩を震わせて振り返ると、爽やかな笑顔が見える。
「す、鈴木くん?」
彼は山河大学の三年生で雑誌モデルもこなす、インフルエンサーである。
ダンジョン同好会を開いているが、そこから分裂して出来たのが、山田くん達のダイブサークルだ。
「何ですか二人とも? サングラスなんかしちゃって」
不思議そうに鈴木くんが尋ねる。
「こ、これは、その……え? その制服は……」
鈴木くんが着ていたのは、忘れるはずのないダンクロの制服。
赤いポロシャツの胸ポケに、ダンクロと黒字でロゴがプリントされている。
「ああ、これ、あんまり格好良くないですよね? 僕、ここでバイトすることになったんです」
「そ、そうなの!?」
「はい、ちなみに同好会の面子も何人か一緒に」
あの見た目偏差値が高い子たちか……。
「あ、そうなんだ~、へぇ~、あ、そうだ。中って何階層ぐらいあるの?」
俺は、さりげなく訊いてみる。
「えーと、確か……」
「おいっ! そこで何をやってるんだ?」
店からスーツの男が出てきて鈴木くんを呼んだ。
――犬飼だ。
「あ、不味い。じゃ、僕、行きますね。また」
鈴木くんは、小走りで店に戻って行った。
犬飼が俺たちに気づき、わざとらしく手を広げる。
「おやおや、D&Mの壇さんじゃありませんか! もしかして、見に来て頂けたのですか?」
「い、いや、そのぉ……」
俺が返答に詰まっていると、犬飼は余裕の表情を見せる。
「ははは、気になりますよねぇ? そうだ、折角ですからご覧になっていきますか?」
「え!?」
どういうつもりだろう? もしかして、良い人?
いや、流石にそんなわけは……。
考えを巡らせていると、花さんが小声で俺に囁く。
「ジョーンさん、見せてもらいましょう。理由はどうであれ損はしません」
俺は花さんに向かって小さく頷いた。
「もし、ご迷惑でなければ」
犬飼は肩を竦め「ええ、もちろん。ではどうぞ」と扉を開く。
その扉には、大きくゴシック体のフォントで24Hと描かれていた。
中に入ると、床に敷かれた黒い絨毯以外は、殆どがダンクロのイメージカラーである赤一色で統一されている。左側にはカウンターがあり、その奥には、まだ備品の置かれていない棚が並ぶ。やはり、基本の配置が大手チェーンらしく、俺がいた笹塚店とそっくりだった。
「あ、そうそう。壇さんは以前、笹塚にいらしたそうですね?」
「……はい」
「いやぁ、独立して立派になられて、凄いじゃないですか。私なんて所詮サラリーマンですから、独立なんて……とても、とても。ははは」
嫌味ったらしく笑う犬飼に向かって
「それは、本人次第だと思いますけど」と花さんが口を挟んだ。
そのはっきりとした口調に、犬飼は僅かに顔を歪め
「ま、まあ、そうですね。では、こちらを御覧ください」
と、犬飼は大きなフロアマップに手を向けた。
「に、二十四階層!?」
俺と花さんは思わず声を上げた。
その反応が気に入ったのか、犬飼はニヤリと笑って
「まぁ、壇さんもご存知の通り、ウチは最大手ですからコアの選定にも独自のノウハウがありましてね、ここのコアは以前、千葉で出土した物をストックとして休止状態にしていたんですが、それを今回持ってきたんですよ。一度、竜王山で馴染ませてから、移植したのですが、上手くいきました」
「……」
犬飼の話を聞き流しながら、俺はフロアマップを見つめていた。
必死にその構成を――頭に叩き込むために。
「さてと、実際に中もご覧頂きたいのは山々ですが、まだ準備が出来ておりませんのでね。このぐらいで宜しいですか?」
「あ、はい。すみません、わざわざ。ありがとうございました」
俺と花さんは頭を下げ、カウンターにいる鈴木くんにも目で挨拶する。
「じゃあ、これで失礼します、頑張って下さい」
そう言って、二人で店を出た。
しばらく、二人で黙って商店街を歩いていると、サングラスをかけ直した花さんが、突然口を開く。
「一階から五階層まで」
俺は禅問答みたいだなと思いながら即答する。
「草原タイプ、三階に岩場あり」
花さんは前を向いたままだ。
「十二階層での注意点は?」
「地下へ降りるルートの分岐、右が短縮ルート」
俺は頭に焼き付けたフロアMAPを思い出しながら答えた。
「十五階層から二十階層の特徴、及び発生が予想されるモンスは?」
「……廃墟タイプ、亜人系が発生する可能性大」
すると、花さんはサングラスをずらし、上目遣いで
「総括を述べよ」と俺を見つめた。
「えー、バランスが良いフロア構成、ウチにない廃墟タイプもあるし、24Hというメリットがある。それに、店員が超イケメン好青年」
そう答えると、花さんが吹き出した。
「ぷふーーっ! さすがです、ジョーンさん。ちゃんとフロアマップ覚えてたんですね」
俺も笑いながら「もちろん」と頷く。
花さんが、ずれたサングラスをくいっと戻し
「ジョーンさん、私、ああいう大人、だいっ嫌いなんです!」と拳を握って見せた。
よほど犬飼が気に入らなかったのか、珍しく、というか花さんが怒っているのを初めて見る。
「あ、う、うん……」
その後、俺と花さんは花○うどんで決起会をすることに。
ズルズルとうどんを啜りながら花さんが言う。
「作戦を練らなければなりませんね」
「うん、モンスの構成じゃ、そうそう負けないとは思うけどね」
そう答えると、花さんは箸を置いて
「やりましょう、ジョーンさん! オペレーション・フラワーです!」と真顔で言った。
「オ、オペレーション、フラワー……?」
俺はどういうことかと花さんを見る。
すると、急に花さんが照れくさそうにして
「いや、だって、こういうのあった方が、やる気になりません?」と顔を赤くしたまま箸袋を触る。
「そ、そうだよ、こういうのは楽しまないと……うんうん」
大袈裟に頷いて見せると花さんは笑顔になった。
「ホントですか? 良かったです、頑張りましょう!」
「うん!」
なんだか良くわからないが、やる気が湧いてきた! よし、負けてなるものか!
俺は決意を胸に、残ったうどんを一気に啜った。
所持DP 1,948,732
来客 68人 34,000
染色 7回 1,750
特注 3点 2,700
石鹸 7個 700
ガチャ 19回 1,900
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1,989,782





