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某大手ダンジョンをクビになったので、実家のダンジョンを継ぎました。  作者: 雉子鳥幸太郎
第三部

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水曜日になりました。

 今日は水曜日、水蜘蛛イベントの日だ。 

 俺は気合を入れて早めにダンジョンに向かった。


 カウンター岩へ向かい、デバイスを確認して俺は目を疑った。


 え?


 嘘だろ?


 十六階層、確かにデバイスにはそう表示されている。


「え? 拡がったの……?」


 胸が高鳴る。


 落ち着け、そう言い聞かせてマップを確認する。


 地下十六階、その中央に光る一つの点を見て、俺は息を呑んだ。


「む、紫色……?」


 ――レイドだ。


 指が震える。

 アドレナリンが過剰に分泌されているのだろう、指先から伝染するように、次第に身体全体がガタガタと震え始めた。

「え? マジか……?」


 何度も何度も確認する、紫の光点を見つめ、間違いでは無いのかと必死に考えた。

「レイドだ……」


 ハッと我に返る。

 駄目だ! こうしちゃいられない!


 急いでレイドボスの確認をする。

 十六階層のビューに映ったのは、六本の足、蜘蛛の様な巨体に鬼の顔を持つモンス。

「う、牛鬼……!!」

 牛鬼はレイドボスの中でも地域固有で発生する特殊なモンスだ。


「や、ヤバイ、と、とにかく開店準備と、ヘルプを頼まなきゃ!」

 俺は慌てて開店準備を終わらせて、無理を承知で花さんに連絡を入れてみた。

 電話に出た花さんに事情を説明すると、急いで来てくれる事になった。

「ふぅ、た、助かった……」


 次に、サイトのイベント告知に、延期のお知らせを入れる。

 その後、緊急レイドのお知らせをアップする。


〈四国震撼! 緊急レイド発生しました! D&Mに『牛鬼』降臨!!〉


 これで良し、するとスマホが鳴る。紅小谷だ。

『ジョンジョン!! やったじゃない! わ、私もすぐに行くからっ!!』

 言うだけ言って、電話を切る。紅小谷が直電とは、余程慌てていたのだろう。

 リーダー曽根崎からもメッセージが入る。

『おう! レイドドンからの通知で知ったよ。おめでとうジョーン、でも今日は地獄だぞwww』※レイドドン……レイド通知サービス

 た、確かに、笹塚時代の悪夢が蘇る。

『頑張って一日、乗り切ります!』

 リーダーに返信をして、俺は麦茶を飲み干した。


 ――開店三〇分前。


 戦々恐々、鶴立企佇。

 実家の空き地まで連なる強者たちの列。

 今か、今かとダイバーたちが地を踏み鳴らす。

 蝉の声と喧騒が混ざり合い、もはや言語の意味をなくした一塊となってカウンター岩に届く。


「ジョーンさん! おはようございます!」


 花さんが息を切らせて走ってきた。

「花さん! ごめんね! 本当にありがとうございます!」

 俺は深く頭を下げた。

「いえ、良いんです。私レイド初めてで、ワクワクしてます! 頑張りましょう!」

「花さん……よーしっ! やるぞ~!!」


 俺は手を開いたり閉じたり、肩を回したり、身体を解して超速受付に耐えれるように心の準備を始める。俺は虎だ! 接客の虎になるのだ!


 花さんとアイコンタクトを取り、ゆっくりと頷く。


 よろしい、諸君。

 ――戦争だ。


 デバイスをOPENに切り替える。

「いらっしゃいませーーーー!!!」


 山が動く。

 ダイバーたちがカウンターに並んだ。

 俺は出し惜しみ無く、持てる全てをだして次々にダイバーを送り出す!

「頑張って!」

「いってらっしゃい!」

「ご武運を!」

 通常の倍以上の速度に、花さんは初めこそ戸惑っていたが、徐々に俺のスピードに慣れてくる。

「花さん、これとこれ、お願いします」

「はいっ」

「花さん、これをそちらの方に」

「ハイっ」

「おまたせしました! 次の方こちらへどうぞー!」

「こちらになりますっ!」

 森羅万象、空即是色、この小さなカウンター岩の中で、俺達は宇宙と一体となっていた。

 訪れるダイバーを含め、このD&Mダンジョン自体が輝きを増し、地球の片隅に光る一つの星となって、全ての思いが繋がっていく。


 ――点から線へ。

 

 その線は一点を目指す!

 全ては牛鬼を倒すために!!



 

 ――レイド開始一時間経過。

 既に、思考と肉体は切り離され、浮遊感が襲う。

 だが、身体は決められたプログラムに従うように、淡々粛々と受付を済ませていく。

 


 ――レイド開始二時間経過。

 もはや、思わずとも口から言葉が淀み無く再生される。

 自己を俯瞰で見ているような、そんな気がした。



 ――レイド開始三時間経過。

 俺は宇宙を漂っている。

 幾千の星々が瞬く中、俺の精神(アストラル)体は高次元世界、ニルヴァーナへと旅立つ。

 終わりのない空間で、真っ白に光る花さんと手を取り合い、回転し昇華する。



「花さん、大丈夫?」

 ハンカチで汗を押さえながら花さんは「はいっ」と答えた。

 デバイスで牛鬼の状況を確認。

 数十人のダイバーたちが、次々に牛鬼に攻撃を仕掛けている。

 牛鬼の足、残り本数四本。

 足を壊さねば、勝機はない。

 ダイバーたちの攻防は一進一退、苦戦を強いられていた。


「ジョンジョン! はあ、はあ、どう? 牛鬼はまだ?」

 汗だくになった紅小谷が到着した。

「残り四本です!」と俺は答え、紅小谷の装備を取り出す。

「どうぞ」

 花さんが紅小谷に装備を渡し「ご武運を」と頷く。

「まかせなさいっ! このスタイリッシュダイバー、紅小谷鈴音に!」

 そう言って、紅小谷がダンジョンへ走っていく。


 長蛇の列は途切れること無く、終わりは見えない。

 ちらほらと、カウンター岩前に転送されるダイバーたちが増えてきた。

 そう、ここからが本番。レイド接客が地獄ループと言われる所以なのだ。


 来店客入場と倒され戻った客の再入場、俺はさらにブーストを掛ける。

 この速度についてくる花さんのポテンシャルに改めて驚いた。

 これが……ニュータイプか?


 ――レイド開始四時間経過。


「間に合ったかなぁ?」

 心配そうな表情で矢鱈さんがやって来た。

「矢鱈さん!」

 周りのダイバーたちがざわめく。

『おい、あれ矢鱈だろ?』

『え? マジ?』

『ヤベえ、写真撮っとこうぜ』


 普段はあまり実感しないが、矢鱈さんはカリスマプロダイバーにして著書多数。

 ここにいるダイバーの大半は試験で『らくらく突破シリーズ』にお世話になったことだろう。

「いま、どんな感じ?」

 俺は直ぐにデバイスを確認する。

「残り三本です」

「オッケーオッケー、じゃあ十分だね」

 矢鱈さんは、ニヤリと笑い白い歯を見せた。


 俺が装備を取り出すと、さらに「おぉ!」と、どよめきが起こった。

 それもそのはず、都市伝説だと言われていた武器が目の前にあるのだから。

「いってらっしゃいませ」

 花さんが矢鱈さんの『本当は凄いブロードソード+999』を渡す。

 矢鱈さんはニコッと微笑んで

「さてと、じゃ、行ってくる」とダンジョンへ向かった。


 矢鱈さんが参戦したとなると、時間の問題か……。

 しかし、レイドは与えたダメージ量に応じたDPが発生する。

 これだけ時間が経っていれば、いくら矢鱈さんでも取り分は少ない気がするけど……。

 矢鱈さんがダンジョンへ消えた後も、ダイバーたちは『本当に凄いシリーズ』の話で盛り上がっていた。


 カウンター岩に戻ってきたダイバーが興奮したように声を上げる。

『おい! 今すげぇぞ!』

 周りのダイバーたちが

『どうしたんだ?』と戻ったダイバーを囲む。

 ダイバーは堰を切ったように

『や、矢鱈だよ、あの人半端ない! まじで人間じゃねぇ!』と捲し立てる。

『まあ、ちょっと落ち着けよ』


 俺は麦茶を注いで花さんにお願いした。

 花さんがダイバーに麦茶を渡すと、一気に飲み干して

『あっという間に二本落としたぞ!』と言った。

 またもダイバーたちがどよめく。

『マジかよ?』

『嘘だろ? だって四時間かけて三本だぜ?』

『いや、でも矢鱈だろ? ありえんじゃねぇか?』

 俺は接客を続けながら、合間でデバイスを確認した。

「……」

 言葉が出ない。

 デバイスのビューには残り一本の足を引きずる牛鬼の姿があった。

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