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某大手ダンジョンをクビになったので、実家のダンジョンを継ぎました。  作者: 雉子鳥幸太郎
第三部

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イベントが決定しました。

 週末が来た。

 紅小谷に言われたイベント案、あれからずっと考えていた。

 俺は水蜘蛛連続投入で行こうと決め、既にフロアの整備も済ませてある。

 地下十三階にある池は、フロア奥の壁際に接している。 

 そこに、ただ水蜘蛛を投入するだけでは芸がない。

 投入するなら、水蜘蛛が有利な様に地形を作ってやれと考えたのだ。


 まず、壁面に池を見下ろす形で、岩のコブのような足場を等間隔に三つ造った。

 それを足場にして、水蜘蛛がダイバーの攻撃を躱せるようにし、さらに手の届きにくい場所で、卵を産めるようにしたのだ。

 これで、孵化する前に倒されるリスクが減る。理想形は、ダイバーが子の相手をしているうちに、親蜘蛛がさらに子を生む流れだ。子蜘蛛の攻撃力は低いが数が多く、強力な水糸を吐く。自分が倒すと考えても、かなり厄介だろう。それに、ドロップの水蜘蛛の糸は防具を強化するのに重宝する。

 ふふふ。


 俺は早く紅小谷に、このアイデアを話したいと思いながら、ダンジョンへ向かった。

 

 黒いフェンスの前で、ゆったりとしたTシャツにショートパンツを履いた花さんが立っていた。

 まっすぐな白い足に、思わず目のやり場に困る。

「おはよう」

「おはようございます!」

 今日も元気だなぁと思いながらカウンター岩に行く。


 花さんは慣れた感じで、エプロンを巻く。

「じゃあ、準備始めますね」

「あ、よろしく」

 俺はデバイスを確認した後、花さんに言った。

「ちょっと下に行ってくるね」

「はーい」


 十三階に降り、池の前に立つ。

 フライングキラーが、泳いでいるのが見えた。

 岩壁を見て、足場の岩の位置を確認する。

「えーと、多分、こっちからみんな行くだろうから、うん、あそこでいいな」

 池の中にも岩を造った方がいいかな?

 足場があった方が、戦略の幅が広がるし、うーん……。

 これは、紅小谷にも相談してみよう。


 一階へ戻ると花さんが

「用意終わりました」と笑顔で言う。

「ありがとう」


 俺は時計を見て、デバイスをOPENに切り替えた。


「花さん、さんダってわかる?」

「はい、知ってますけど?」

 キョトンとした顔で俺を見た。

「その管理人が、今日来るよ」

「え!? 本当ですか!?」

 花さんが一段高い声を出した。

「うん、イベントの相談に乗ってくれるみたいで」

「お友達なんですか?」

 うーん、友達と言っていいのだろうか?

 知り合いと言うのもよそよそしい気がするし、友達と言うには気が引ける。


「前回のイベントの時にお世話になってね。それから、色々とウチのダンジョンを気に掛けてくれているんだよ」

「そうなんですね、何かイベントをやられるんですか?」

 あ、そうだ、花さんにまだ言ってなかったな。

「まだ、決定じゃないんだけど、水蜘蛛ってモンスをイベントで連続投入しようと思ってて」

「水蜘蛛ですか?」

 花さんの顔が明るくなった。

「あ、うん。コスト的にも丁度いいし」

「水蜘蛛のモコモコの毛が可愛いですよね? 足も太くて可愛いし、子蜘蛛とかぬいぐるみみたいで! あー、早く見たいです!」

 また口が半開きだ……。

 忘れていた、モンス好きだったな。


「そ、そうなんだ」

「いつやるんですか?」

 興奮気味の花さんに、俺は腕組みをして

「ああ、平日になるかもしれないね……」と言った。

 花さんは少し間を置いて

「そっかぁ……見に来たら迷惑ですよね?」と俺を見た。

「いやいや! 全然大丈夫だよ、むしろ歓迎だって」

 慌てて俺が言うと、花さんに笑顔が戻る。

「じゃあ、平日だった時は兄に一緒に来れるか聞いてみます!」

 本当に兄妹の仲が良いんだなぁ。

 俺にもこんな可愛い妹がいたら……。

 妄想が膨らみそうになったその時、入口から紅小谷が入ってきた。


「いらっしゃいませ」

 花さんの柔らかい声が響く。

「ん? ジョンジョン、この子は……」

 カウンターの前で紅小谷が、珍しいものを見るような顔で俺に尋ねた。

「ああ、バイトの花さん、平子さんの妹さんなんだ」

「花です、よろしくお願いします!」

 紅小谷がじーっと花さんを見て言った。

「合格。ジョンジョン、大事にしなさいよ」

「へ?」

「大事にしろって言ってんの!」

 紅小谷はそう俺に言った後で、花さんに

「私が紅小谷よ、さんダの管理人をやってる。よろしくね」と微笑んだ。

「あ、こちらこそ!」

 

「で、ジョンジョン。考えた?」

 俺は紅小谷に麦茶を出しながら頷く。

「うん、水蜘蛛で行こうと思うんだけど」

「水蜘蛛……、うん悪くはないわね」

「だよね? 良かったぁ!」

 ホッとしながら、一枚の紙を取り出す。

 紙には十三階の簡単な地図と岩場の配置をメモしてある。

「ここに、足場を造ったんだ。ほら、そうすると親蜘蛛が卵を産みやすいでしょ?」

「そうね、うん」

 紅小谷が頷く。

「池の中にも岩を置こうかと思うんだけど、どうかな?」

 そう尋ねると、紅小谷はしばらく地図を眺めて言った。

「置いたとしても一つね。二つだと難易度が下がりすぎるわ」

「となると、中央かな……」

「別に、無くても良いんじゃない?」と紅小谷が言った。

「そうかな?」


「私も、無くても良いんじゃないかなっって思います」

 花さんが横から、申し訳なさそうに言った。

 紅小谷がへぇと顔を向け

「理由は?」と訊く。

「えーと、水蜘蛛は水面を滑走する姿が一番可愛くて、あの前傾姿勢がたまらないとおもうんですよ! あの何か必死な感じが!」

 花さんが顔を紅潮させている。

 紅子谷が俺を見て

「彼女、少し変わってるわね」と小声で囁く。

 俺は苦笑いを浮かべた。



「ま、そういうことだから、これで決定ね。じゃ、あとは日程だけど……。平日の落ち込む日を狙うか、あえて週末に持ってくるか、だわね」

「お店のことを考えると、平日がいいんじゃないでしょうか?」

「え、花さんいいの?」

 花さんがこくりと頷いた。

「もちろんです、お店が第一ですし、それに……近くで見れるかなぁなんて」

 そう言って、花さんは指を触ってもじもじしている。

「本当に好きなんだねぇ、よし! じゃあ水曜にしようかな。水蜘蛛だし」

「……良いんじゃない?」

 紅小谷が無表情で答えた。


 そうと決まれば、告知をしなくては。

 サイトはすぐに更新するとして……。

「あ、ジョンジョン、さんダでも紹介しておくから、後でメッセージ入れといて」

「え! マジで!? ありがとう! 嬉しいなー!」

 紅小谷が少し照れた様子で

「べ、別にいいわよ! そんなに言わなくても! ったく……」と言う。


「あ!」


「な、何よ!? 急に」

 紅小谷と花さんが俺を見る。

「忘れてた、今日って土曜日だよね?」

「当たり前でしょ?」

「ジョーンさん、大丈夫ですか?」

 花さんが心配そうな顔をする。

「あ、う、うん。大丈夫大丈夫。あの、ウチでレアメダルを見つけた丸井くんってわかる?」

 紅小谷と花さんが目を見合わせる。

「話は聞いてるけど?」

「私はまだお会いしたことはないです」

「そっか、その丸井くんが、今日トークライブがあるって言っててさ。誘われてるんだけど、一人じゃちょっと……」


 紅子谷が片眉をあげて訊く。

「それって、誘ってんの?」

「ま、まあ、ここ終わってからなんだけど」

「私は兄に訊いてみないと……」

「そうだよねぇ……」

 

「ふーん、ま、付き合ってあげてもいいけど?」

「え! いいの!? 良かったぁ、一人だと心細くてさぁ」

 紅小谷が鼻で笑った。

「ったく、子供じゃないんだから」

「ははは、じゃあどうする?」

「そうね、終わる頃にまた来るわ、じゃ、花さんもまたね。ごちそうさま」

 そう言って紅小谷は麦茶を飲み干すと、手を振りながら帰って行った。


「カッコいい人ですね、紅小谷さんって」

「そう?」

「だって、あんな凄いサイトを運営してるのに、私なんかにも普通に接してくれるなんて、おっきい人だなって思います」

「そ、そっか、そうだよねぇ、ははは」

 花さんがあの『たわけーーっ!』を聞いたらどう思うのだろうか……?


 俺はデバイスから協会サイトにアクセスして、イベントの告知をすることにした。

「来週の水曜日っと……」


『D&M納涼祭! 増え続ける恐怖の連鎖……水蜘蛛連続投入イベント決定!』

 当日限定で、地下十三階の池に『水蜘蛛』連続投入、奮ってご参加下さいませ!


「こんなもんかな?」

 花さんが横からサイトを覗き込む。

 うぉっ! ち、近い! 大丈夫かな、俺汗くさいかも……。

「いいですね、楽しみです!」

「そう? 良かった~」

 俺は紅小谷に日程をメッセージで送っておいた。

「盛り上がるといいなぁ」

「大丈夫ですよ、きっといっぱい来てくれます!」

「だよね? よ~し、頑張るぞ~!」


 昼前ぐらいから、ダンジョンは慌ただしくなり、週末らしい忙しさになった。

 花さんも少し疲れてきたように見える。

「花さん、ちょっと休憩しておいでよ」

「え、でも……」

「大丈夫大丈夫、ほら、ゆっくり麦茶でも飲んで」

「すみません、じゃあお言葉に甘えて」

 花さんに麦茶を渡して、お客さんから見えない場所で一息いれてもらった。


 その間も、お客さんが続き、素早く受付を済ませていく。

 大分染色が溜まってきたなぁと思った頃、花さんが

「ありがとうございます! あ、染色やっちゃいますね」と作業に戻った。

 うん、大丈夫そうかな?


 管理者たるもの、働いてくれる人のコンディションにも気を配るのは当然。

 そういえば、笹塚ダンジョンの時は、疲れた頃に必ずリーダーが来てくれてたなぁ……。あの時は気づかなかったけど、ちゃんと見てくれていたんだと、俺は改めてリーダーをリスペクトする。


「よし、ピークは過ぎたかな……」

 俺は腰を叩きながら、ふとダンジョンの奥を見る。

 スッと黄色いものが隠れた。

 ……絶対そうだよな?

 俺は気づいてない振りをする。

 ん? 花さんの様子がどこか変だ。落ち着かない様子でソワソワとしている。


「あれー、染料が足りないかなぁ……補充しないと……」

 花さんがわざとらしく首を傾げながら、ふらふらと奥へ行こうとする。

「花さん?」

 ビクッと肩を震わせる花さん。

 ゆっくりと振り返り

「はい?」と答えるが、その表情は固い。

 俺はやれやれと溜息をつき、外を見てお客さんが来ていないことを確認する。

 そして、奥へ小走りで向かった。

 岩陰に隠れていたラキモンを見つけて

「ちょ、何やってんの、ここは駄目だよ?」と言う。

「ダンちゃん、大丈夫ラキ。ちゃんと見てるラキよ~。ぬかりないラキ~」

 ラキモンが甘えたように脛に顔を擦り付けてくる。

「ジョーンさん、本当に仲がよろしいのですね」

「いや、そうでも……」

 振り向くと、花さんが氷のような表情で俺を見ていた。


「うっ!」


「私、染色に戻りますので」

 や、やばい、目が死んでる!

「は、花さん! ちょ、悪いけどラキモンにアレあげてくれるかな?」

 ピクッと花さんが反応する。

 満面の笑みで振り返り

「はい! よろこんで!」とエプロンから瘴気香を取り出した。

 も、持ち歩いてるのか……。

「じゃあ、ラキモン、あれ喰ったら戻るんだぞ?」

「わかってるラキよ! 早く早く~!」

 俺は短く息を吐いて、カウンター岩へ戻った。


 しばらくして、花さんが恍惚とした表情を浮かべて

「戻りました! さてと、頑張らなきゃ!」と言って作業を始めた。


 俺は再び、短い溜息をつく。

 外はもう、陽が落ちかけていた。

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