TVの取材を受けました。
布団から起き上がり肩を回した。
「あぁ~、いててて……」
だいぶ疲れが溜まってるなぁ……。
洗面所へ行き、顔を洗って着替える。
そして、昨日買ったヘアワックスを指に取り、髪に揉み込んでみた。
うーん、久しぶり過ぎて加減がわからない……。
昨日よりは少なめの麦茶をダンジョンへ運ぶ。
夜は気づかなかったが、獣道のゴミが凄い。
なぜ、捨てるのだ?
俺は麦わら帽子を被り、イライラしながらゴミを拾う。
タバコが多い……。
「ぐぬぅ……」
この炎天下でタバコを捨てるとは、山火事の怖さを知らぬ愚か者がぁ!!
ブツブツと毒を吐き、モクモクと拾っていく。
結果、持ってきたゴミ袋一杯にゴミが集まってしまった。
汗だくになってしまった俺は
「ダメだ、一旦シャワーを」と実家に走り、水シャワーを浴びる。
「ふーっ! きもちぃーっ!」
汗を流し、もう一度、髪をセットした。
うーん、やはり加減が難しいな……。
ダンジョンへ戻った俺は、開店準備を急ぐ。
予想では、今日は昨日よりも少ないと思うけど……。
そう思いながらデバイスをOPENにした。
内心ドキドキしながら、石鹸を包んでいく。
しばらくすると、ポツポツとダイバーたちがやって来た。
何人か受付を終えてダイバーを見送ると豪快な声が聞こえた。
「よっ! 店長、昨日は大変だったな! ははは!」
「あ! おはようございます!」
豪田さんは滝のように流れる汗をタオルで拭う。
「メダルブーム様様ですね、豪田さんも集めてます?」
「いや、俺は興味ねぇな。ははは、細かいのは嫌いなんだよ」
「へぇ、そうなんですか」
IDを受け取り、装備を渡す。
「ん? 店長、今日はいつもと違うな?」
豪田さんが俺の髪を見て言った。
「え? あ、ああ、たまには身だしなみを……」
「ふぅん、そっか。じゃ行ってくるわ」
「はい、頑張って下さい!」
豪田さんを見送った後、スマホで自分の髪を見た。
変かな……。
「こんにちはー」
お、絵鳩&蒔田コンビ。
「どうもどうも、今日も暑いねぇ」
二人は俺の髪をチラチラと見ている。
うーん、やっぱり変なのかな?
段々、恥ずかしくなってきたぞ……。
「あ、そうそう、二人はメダル集めてるの?」
「なんか流行ってるみたいですけど、私達は特に」
「そうなんだ、ははは……」
二人の装備を用意していると矢鱈さんがやって来た。
「お! 絵鳩ちゃん久しぶりだね」
「どうも、久しぶりです」
絵鳩がペコリと頭を下げ、遅れて蒔田も挨拶をする。
「絵鳩ちゃんのお友達? 矢鱈です、よろしくね」
ストロボの様に白い歯が光る。
「……田で…‥です」
蒔田が何かを言ったが、聞こえない。
矢鱈さんが戸惑っていると絵鳩が
「蒔田です、眩しいですって」と言う。
「うっ……。ま、蒔田ちゃんね、ははは」
「じゃ、行ってきます」
二人はそう言って、ダンジョンへ向かった。
キャッキャしながら奥へ進む背中を見て、矢鱈さんが感心したように頷く。
「何か、雰囲気変わったよねぇ?」
確かにあの一件以来、友達も出来たみたいだし、明るくなったというか、普通になったというか……。
「そうですね、前は会話が成立しませんでしたから」
と俺は笑った。
「それはそうと、その髪どうしたの?」
矢鱈さんが俺の髪を見て、不思議そうに訊いた。
「え!? 変ですか?」
「いや、ジョーンくんがそれでいいなら良いんだけど。ちょっと整髪料をつけすぎじゃないかな?」
ツヤっぽくすれば良いと思ってたんだけど……。
うわー、洗いたい。今すぐに洗い流したい!
すると、矢鱈さんが
「ははは、ここをこうやって……うっ!」と、俺の髪を直そうとして手を止めた。
「ジョ、ジョーンくん、どんだけつけたの?」
「す、すみません、加減がわからなくて……」
俺は矢鱈さんに手を洗ってもらい、タオルを渡した。
「ゼリーみたいになっちゃってるよ」
「え、本当ですか!? うわぁ……」
触ってみると、確かにギトギトである。
ぐぬ……これは後で流すしかないな。
「そう言えば、矢鱈さんはメダル集めてるんですか?」
「僕は興味が無いなぁ。そういえばレアメダルが出たんだよね?」
「はい、なんかギザがついてるメダルでしたよ」
「ふぅん、そっか」
反応が薄い……。
本当にメダルに興味が無いのだろうな。
「じゃあ、僕も行ってくるよ」
「あ、はい、行ってらっしゃいませ~」
麦茶のグラスを片付けながら、髪を流そうかと考えていると、次々にお客さんがやって来る。
段々と忙しくなり、髪を流す暇もない。うぅ。
その日、モヤモヤとしたまま時間は流れ、いつの間にか閉店となった。
「いやぁ~、今日も疲れた! 半端ない!」
昨日よりは、お客さんが少なかったけれど……。
マジでバイト雇うかなぁ。
でも、雇うにしても、もう少し余裕が無いと厳しいか。
俺は麦茶を飲み干して、髪を洗い始めた。
「うぉー、気持ちいいー」
ふぅ、綺麗さっぱり。
危うくダンジョン石鹸で洗うところだったが。
髪をタオルで拭いていると、スマホが震えた。
「お! 来たっ!」慌てて電話を取る。
「はい、壇です」
『あ、どうも、うどんTVの大井です、どうでしょう? そろそろ、お伺いしても大丈夫ですか?』
「はい、大丈夫です!」
『では、すぐそこにいますのでお伺いします、失礼しまーす』
「え、は、はい」
早い、どうしよう髪が濡れたままだ。
ドライヤーなんて無いし……。
俺はハッと気付き、猛ダッシュでメルトゴーレムの元へ走る。
「うぉおおお!!」
きょとん顔のイエティの横を、猛スピードで走り抜けメルトゴーレムの前に立った。
「ぜぇ、ぜぇ……」
肩で息をしながら、髪をメルトゴーレムに向けて乾かす。
ゴーレムは休眠中なので襲っては来ない。
「あちち、お、これはいい感じかも」
手で髪をバサバサとさせながら、近づいていく。
「ん?」
何か焦げ臭いような……。
「ぬあーーーーーーーーーーっ!!!!!」
髪から火が出た。
慌てて叩き、火を消すがチリチリになってしまっている。
「う、嘘だろ……」
だが、悩んでいる時間はない。
俺は涙ぐみながら、イエティの横を走り抜けカウンターへ戻った。
「あ、どうも壇さんですか?」
目の前にはリポーターらしき男性と、数名の撮影スタッフが立ってこちらを見ている。
「は、はい……」
髪を隠しながら軽く会釈をする。
「すいません、今日はご協力ありがとうございます、私、アナウンサーの大井ですー、よろしくお願いします。じゃあ早速、撮影の方に入っても大丈夫ですかね?」
大井アナは伺うようにこちらを見るが、視線は髪に集中している。
「ちょっと待ってもらっていいですか、すみません」
俺はそう言って、カウンター岩に隠れて髪を払った。
焦げた臭いが漂う。パラパラと焼けた髪の毛が落ち、触ると今まで触ったことのない感触が……。
全身から冷や汗が噴き出す。
おいおい、このままテレビに出ちゃうわけーっ?
「あのー、大丈夫ですか? 何か事故とか……」
大井アナが心配そうに訊いてきた。
「い、いえ、ちょっとした手違いで、髪を焦がしてしまって……まだ見てないんですけど、結構燃えちゃってますかね……?」
俺は恐る恐る尋ねた。
大井アナは一瞬、怯んだ様子だったが
「ま、まあ、テ、テレビ的には、おいしい感じかなぁーなんて思いますが、ははは」
と、営業スマイルで答えた。
どうしよう、もう何もかもが嫌になる。
「あのぉ、壇さん?」
カウンター岩の陰にうずくまり、頭を抱える。
このまま消えてしまいたい……と思った時、カウンター岩の隅に置いた麦わら帽子を見つけた。
「こ、これだ!!」
俺は麦わら帽子を深く被った。
もう――何も怖くない。
すっと立ち上がり、振り返って俺は言った。
「お待たせしました! さ、始めましょう!」
ポカーンと口を開ける撮影スタッフ。
大井アナが慌てて指示を飛ばした。
「さ、ほら。用意、用意!」
スタッフたちが照明やカメラの準備を始めた。
「じゃあ、まず壇さんにはカウンターに立って頂いて、私が入口から入りますから、いつも通りの接客をお願いします」
「わかりました」俺はしっかりと頷く。
準備を終えたスタッフが大きな声で言った。
「じゃあ、一回カメラテストやりまーす、お願いします!」
大井アナが入口から入ってくる。
「いらっしゃいませ、こんにちはー!」
「どうも、お邪魔します。こちらの店長さんですか?」
「はい、ワタクシ、D&Mダンジョン店長の壇ジョーン、壇ジョーンと申しまス」
大井アナが苦笑しながらも続ける。
「……だ、壇さんですね、よろしくお願いします。あの、実はですね。ここで珍しいメダルが見つかったという話を聞いたのですが、本当ですか?」
「ハイ、本当でス。ここD&Mダンジョンでお客様がお見つけになりマシタ。ワタクシ、壇ジョーンもこの目で確認致しておりマスので、間違いありまセン」
「そ、そうですか~。それは凄い発見ですね! そのメダルはどの様な感じでしたか? 色とか形なんかは?」大井アナが俺にマイクを向ける。
「メダルの形状に変わりナイのデスが、側面にギザが刻まレていて、非常に珍しいモノだと聞きマシタ。目にスルことが出来て恐悦至極に思ってオリマス」
大井アナが一旦カメラを止める。
あれ? 何か不味かったか?
「壇さん、いい感じです。いい感じなんですが、もう少しリラックスしてもらって、自然に行きましょう、自然に」
「あ、はい。わかりました」
大井アナがスタッフに合図して
「じゃ、もう一回頭からねー」と言う。
大井アナが入口から入ってくる。
「いらっしゃい!」
「お邪魔します、こちらの店長さんで?」
「おう! わいがジョーンや! 兄ちゃん麦茶飲むか?」
大井アナがカメラを止め、スタッフと集まって何か話している。
しばらくして、大井アナが戻った。
「壇さん、お上手ですね~! でも、ちょ~っと大袈裟な感じがします。普通に行きましょう、普通に。あ、帽子も夏っぽくて良いですよ~」
「わかりました」
「じゃ、もう一回!」
「いらっしゃいませ」
大井アナがわざとらしく簾に触れながら、声を掛けてくる。
「うわぁ、涼しい。これは簾ですかねぇ? こんにちは、こちらの店長さんですか?」
「はい、そうです。ジョーンと言います」
大井アナが満足そうな顔で頷き、俺にマイクを向けて訊いた。
「ジョーンさん、よろしくお願いします。あの、実はですね、ここで、珍しいメダルが見つかったという話を聞いたのですが、本当ですか?」
「そうですね、見つかりました。あと、十五階にケットシー・パレスという珍しい建物もありますね」
一瞬、大井アナの笑顔が引きつる。
「な、なるほど、そちらも気になりますが……。メダルの形状や形などはどうでしたか?」
「まあ、普通でした。あと、ウチは染色やガチャなんかもありまして、特にガチャは人気が高いですね。これは、イエティの雪球からインスピレーションを得たんですよ。名前もイエティ雪球ガチャって言いまして、おいおい、そのまんまじゃんっwて感じですが……あ、あと最近は別ルートも増えまして……」
大井アナが大きく手を振ってカメラを止めた。
「すみません壇さん、宣伝は後でしっかり時間を設けますから、今はメダルの話をお願いしても良いですか? 大丈夫ですよ、ちゃんと宣伝しますからね? ね?」
大井アナは何度も念を押すように言う。
「すみません、つい」
俺は麦わら帽子を被り直した。
「じゃ、もう一回っ!」
……。
リテイクの度にスタッフの表情が険しくなり、なんだかんだ夜遅くまで撮影は続いた。
取材って難しいもんなんだなぁ。
撮影が終わり、スタッフから放送日は三日後だと告げられる。
大井アナは最後まで優しかったが、カメラマンの人にはなぜか睨まれてしまった。
やはりテレビの仕事って大変だと思ったね、うん。
さてと、放送も楽しみではあるが、髪の事を考えると気が重い。
明日でも、髪を切りに行くかな……。
実家に帰り鏡を見た。
「うわぁぁぁーーーーーー!!!!!!」
とてもじゃないが、切りに行ける状態ではない。
漫画以外でこんな髪型初めてみたぞ!!
鏡を見つめた後、俺は仕方なくバリカンで頭を丸める決意をする。
皆が寝静まった深夜の実家で、ブィーーンと言う音が悲しく響いた。
所持DP 403,550
来客 112人 56,000
染色 32回 8,000
特注 5点 5,000
石鹸 27個 2,700
ガチャ 76回 7,600
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計 482,850
特定口座残高 302,432
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総計 785,282