ブームの力を感じます。
――丸井くんのギザメダル入手事件後。
ダンジョンの営業を終えた俺は、明日に備えて準備を始めた。
かなりの来客数が予想されるので、獣道の入口に案内札をさしておく。
消耗品は時間の許す限りストックを貯め、実家に戻ってからは大量の麦茶を沸かし続けた。
不思議なもので、いざとなると期待よりも恐怖が勝っている気がする。
一体、どれだけの人が押し寄せるのだろうか……。
笹塚時代のレイド接客を思い出して、思わず溜息が出た。
丸井くん、大丈夫かなぁ……。
あの時点で彼のスマホには、複数の報道機関から取材の申込みがあったのだ。情報の速さが尋常じゃない。つくづく、ネット時代とは恐ろしいものだと思う。
「早めに寝るか……」
俺は明日の事も考え、早めに寝ることにした。
目を開くと、数秒後に目覚ましが鳴った。
いつもより、二時間早くセットしておいたのだが、ここ最近で一番すんなりと起きることができた。
すぐに着替えて、まずは大量の麦茶を運ぶ。
三往復して麦茶を運び終わると、滝のような汗が流れ落ちる。
これから仕事が始まるというのに……。
やれやれと、俺はタオルで汗を拭き取った。
――全ての準備を終える。
戦だ。
敵は血に飢えし雲合霧集の収集者。
迎え撃つは、ダンジョン管理者ただ一人。
現時点を持って、拘束術式の全てを解放。
クレームシールド展開!
超速好感接客術式、レベル3、2、1、オールグリーン。
よろしい、開店だ!
訪れし者に、等しく喜びを与えよ!!
と、息巻いてみたものの……。
おかしいなぁ。普通、こういう時って開店と同時にワーッと来たりするよね?
すでに、OPENから10分が過ぎているというのに……。
俺はスマホでニュースを見た。
「あ! 丸井くん!」
ネットニュースの新着記事に、丸井くんの姿があった。
顔は半分隠してあるが間違いない。
『世界初!? 話題のちっさなメダルに新発見!!』
記事には、W.S.M.Rのアプリに登録した経緯と『丸井メダル』の命名について書かれていた。
ちなみに、発見場所は『某ダンジョン』となっている。
おいおい、名前ぐらい乗せてくれても……。
そして、丸井くんの新発見について、著名なコレクターたちが、こぞってコメントをあげる中、世界一のちっさなメダルコレクター、フェルドン・アーサー氏(メキシコ在住)のコメントが注目を集めている。
――フェルドン氏SNSより
『丸井メダルは素晴らしいと思うよ。ぜひ私のコレクションに加えたいね。レアメダルの発見は今年に入って三回目、始めはイギリス、次にアラビア、そして日本だ。次はメキシコで発見される事を祈るよ。まあ、ドロップは完全にランダムだから、チャンスはいつでも平等さ』
これに対して、各国の有名コレクターたちも、追従するコメントをあげ、何処のダンジョンでもアンデッドさえ倒せば確率は同じであると、世論の認識が固まりつつあった。
そして、恐ろしいことに、一度出たダンジョンから続けては出ないだろうという意見も……。
これには、メダルがダブリにくい特性も影響しているのだろう。
「この流れ……」
取り残された感が半端ない。
でも、遠くの人は来なくても、近場の人は、あそこで出たから行ってみようってなると思うけどなぁ。
俺はカウンター岩の横に積まれた麦茶を見て、溜息を吐く。
――どうすんの、これ?
俺が漠然とした不安を感じていると、時の人が現れた。
丸井くんだ。お、今日は山田くんたちもいる。
「丸井くん!」
「どうも、大丈夫ですか? ちょっと心配で様子を見に来たんですが……」
「あぁ、うん。何か、思った感じじゃなかったね。ははは。そっちはどう?」
俺は苦笑して言った。
「取材の方は一通り終わったので、大丈夫です」
丸井くんがそう言った後、少し残念そうに
「やっぱり、フェルドン氏のコメントの影響ですかねぇ」と呟いた。
「うーん、そうかも知れないね」
すると山田くんが
「ただ、D&Mはウチの大学で、結構話題になってますよ」と言う。
他のメンバーたちも、うんうんと頷いた。
「そうなの? それは嬉しいなー」
俺が笑って答えていると、団体客がやって来た。
「あ、いらっしゃいませ、少々お待ちを」
急いで丸井くんたちに装備を渡して、受付を終える。
「頑張ってね」と見送った後「どうぞー」と団体客を迎えた。
それから……。
静かだったダンジョンが一変する。
ザッザッザッザッと、迫りくるダイバーたちの足音。
来るわ来るわ、今まで何だったんだと言うぐらい、ダイバーたちがやって来た。
俺もスイッチが入り、超速好感接客術を駆使して、ひたすら接客を続ける。
何度か頭がパンクしかけたが、陽子さんにヘルプを頼み、染色やガチャの補充などを手伝って貰ったお蔭で、何とか切り抜けることが出来た。
お客さんに聞くと、半数の人はブームに乗ってメダルを集めに来たダイバーだった。コレクターよりも、最近集め始めた人が殆ど。俺は改めてブームというものの影響力に驚く。
しかし、ただ驚いていただけでは駄目だ。
新規客に、きっちり、さりげなく、ウチの特色であるガチャや染色なんかをアピールしておく。
次に繋げる事が大事なのだ。
そう、自分に言い聞かせて、後半戦に臨む。
午後からは、次第に客足も落ち着いてきて、陽子さんも実家へ戻ってもらった。
陽子さんに何かお礼をしないとなぁ……。
そう考えながら、麦茶を飲み干す。
デバイスでマップを見ると、青い点が六~十階にかけて集中している。
※六~十階は迷宮フロアでアンデッドが出現する。
「うわ~混戦だな、これは」
お、十五階のパレスにも少し集まっているようだ。
物珍しいのと、猫好きの人たちかなぁ?
――ピピピピッ! ピピピピッ!
キッチンタイマーが鳴った。
染色していた素材を取り出し、手早く水で流す。
手際よく陰干しをして、次の素材を投入してメモに書く。
接客をこなしながら、手が空いた隙きに、ガチャのカプセルを補充。
うひょー、飛ぶように売れるとはこういう事なのか!
あっという間に、時間が過ぎていく。
残るダイバーたちも少なくなった頃、スマホが震えた。
「ん、誰だろう?」と俺は電話に出る。
「はい」
『あ、突然失礼します、そちらD&Mの壇様でしょうか?』
「え、そうですが……」
なんだろう、営業かな?
『私、うどんTVで『飛びだせとうちモーニング!』という番組をやっております、大井と申します』
え……? テレビ!?
「は、はい!」
『実は先日のメダルの件で、取材をさせて貰えないかと思いまして』
「しゅ、取材!?(震え声)」
『ええ、そちらのダンジョンの宣伝もさせて頂きますし、時間の方は壇様のご都合に合わせられますので』
「ちょ、ちょっと待って下さい」
落ち着け、たかがテレビの取材ではないか。恐れるな!
麦茶を飲み、一呼吸置いて
「えーと、どのよう、オホン! どうすればいいですか?」と尋ねた。
『あ、取材OKですか? ありがとうございます。では、取材日なんですが……明日の開店前か、閉店後とかはいかがでしょう?』
うむ、営業時間外であれば、お客さんにも迷惑はかからないか……。
「じゃあ、閉店後でもいいですか?」
『ありがとうございます、では、お伺いする前に一度ご連絡しますので。それでは、よろしくお願いします、失礼致しますー』
「あ、はい。お願いしまふ……」
俺は手の汗を拭い、スマホを置いた。
ふぅ……。
テレビか……。くくく、これはチャンスだな。
ついでに、色々と宣伝してもらって一躍人気ダンジョンに……。
色々と妄想を膨らませながら無事、その日の営業を終えた。
いやぁ~、疲れた。
あれだけあった、ガチャも石鹸も在庫切れ、完売御礼である。
椅子に腰掛けて、麦茶を飲み干す。
今日だけで3リットルぐらい飲んだ気がするが……。
用意しておいた大量の麦茶も、なんだかんだで残り僅かとなっていた。
少し休憩した後、閉店作業に取りかかる。
石鹸の仕込みや、細かい掃除などを終えて、フロアチェックと材料の調達に向かった。
「あ! またガムが! うわ、ジュースの缶まで……」
これだけ大勢の人が来ると、中にはゴミを捨てる輩もいるのだ。
ダンジョンに、現実感のあるゴミなど落ちていれば興ざめである。
俺はゴミを拾いながら、各階層をチェックしていく。
すると、七階の小部屋に黄色いのが入っていくのが見えた。
「あれ? ラキモンかな? 何やってんだろう」
そっと覗いてみると、落ちているスケルトンの骨を拾って、スナック菓子のようにポリポリと齧っていた。
「……」
俺はそっと、その場を去った。
うーん、見なかった事にしよう。
ダンジョン内の清掃と材料の調達を終えて、カウンターに戻る。
さてと、売上は……。
「おぉっ!!」
デバイスを見て、溜まった疲れが一気に吹っ飛ぶ。
というか、微塵も感じない!
「こ、これがブームの力というものなのか……」
この片田舎の小さなダンジョンで、東京の笹塚ダンジョンに匹敵する売上。
これでもし、フェルドン氏のコメントがなければ、遠方のダイバーたちも押し寄せて、大変な事になっていただろう。考えただけでも恐ろしい……。
うーん、臨時でバイトを雇うことも考えておくかな……。
俺は余った麦茶を抱えて、ダンジョンを後にする。
帰りにコンビニに寄り、陽子さんにお土産のアイスと、何年かぶりにヘアワックスを買った。
■ 前日
所持DP 216,300
来客 32人 16,000
染色 7回 1,750
特注 1点 900
石鹸 8個 800
ガチャ 22回 2,200
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計 237,950
■ 本日
所持DP 237,950
来客 252人 126,000
染色 40回 10,000
特注 6点 5,000
石鹸 50個 5,000(在庫切れ)
ガチャ196回 19,600(在庫切れ)
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計 403,550
特定口座残高 302,432(37話参照)
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総計 705,982(税引前)
※D&M開業時ジョーン自己資金70万DPからスタートしています。※1話参照