謎の建造物が建ちました。
窓から外を眺めると、雲ひとつない空が広がっている。
昨日のニュースで台風が来ると言っていたが、全くそんな気配は感じない。
布団を畳んで、いつものようにダンジョンへ向かう。
開店準備を終わらせて、特注で預かっている盾や鎧を水洗いして、壁際に並べて陰干しをする。
それから、染料やガチャなど消耗品のチェックを終え、デバイスをOPENにした。
さて、今日もお客さんがいっぱい来てくれるといいなぁ。
デバイスで各フロアのチェックをしていると、十五階層に変な物を見つけた。
「あれ? なんだろうこれ……」
うーん、見たことないなぁ?
密林生い茂る階層の隅、木陰に隠れるように建つ謎の建造物。
ダンジョンが変化したのか? それとも……。
ビューをいじって、色々な角度から見ようとするが、中々うまく見れない。
なんか宮殿のような形をしているが……。
食い入るように画面を見つめながら、スマホで情報を探した。
「おはよー」
声に振り向くと、森保さんが右手を小さく振っていた。
「あ、どうも、おはようございます!」
思わず笑顔につられて頬が上がる。
「何かあったの?」
「ええ、ちょっと、十五階に見慣れない建物が建っていて……」
「へぇ、何か面白そうね」
森保さんが弾むように言った。
「でもまだ、確認が出来てないので、警戒した方が良いかもです」
「あら、そこを探索するのが楽しいんじゃない?」
「確かに、それはそうなんですが……ははは」
森保さんがバッグからIDを出して
「私が見てきてあげる」と微笑む。
うーん、まあ森保さんなら、俺より強いし心配ないか。
「ありがとうございます、でも、何があるかわからないので、気をつけて下さいね!」
それから、しばらく経ったが森保さんは帰ってこない。
段々と不安になってくる。
「おかしいな」
あれだけの手練、何かあったとは考えにくい。
が、ビューを見ても森保さんの姿は見えない。
マップ表示にすると、ちょうどあの建物の場所に青い点が一つ。
モンスを示す赤い点も重なって複数光っていた。
森保さんを示す青い点は動かない……。
「これは……どういう状況だ!?」
行くべきか? しかし倒されたのならカウンター岩に転送されるはず……。
何故、戻ってこないのか?
……これは行くべきだな。
俺がそう思った時、矢鱈さんが顔を見せた。
「おはよう」
「あ、矢鱈さん! おはようございます、ちょうど良かった!」
俺は矢鱈さんに状況を説明した。
「ふむ、なるほどね」
矢鱈さんは、何か思い当たる節があるような顔で
「十五階にはケットシーがいたよね?」と訊く。
「あ、はい、そういえば昨日、すぐそこまで来てて……」
「何か貰わなかった?」
「え? あ、染料のお礼だとかで草笛を」
矢鱈さんがはは~んと頷き
「ジョーンくん、それ、吹いたでしょ?」と言う。
「え……」
「それはね、ケットシー・パレスを呼ぶ罠だよ」
「ケットシー・パレス?」
初めて聞いたけど……。
矢鱈さんは、手で顔を扇ぎながら
「ケットシーが作る罠の一つだけど、パレスは少し特殊で、もの凄く珍しい」と言う。
「あの変な建物の事ですか?」
「そうそう、でもまあ、心配しないでいいよ」
差し出した麦茶を飲んで、矢鱈さんが
「でも、この規模のダンジョンでは珍しいね。新潟に行った時に、一度見た事があったけど……確か西海岸ダンジョンだったかな?」と首をひねる。
「そのー、危険は無いのですか?」
「はは、大丈夫大丈夫、任せといて。じゃあ、ちょっと森保さんの様子を見てくるよ」
矢鱈さんは笑って装備を済ませると、ダンジョンへ入っていった。
「よろしくお願いします!」
ホントに大丈夫なんだろうか……。
そわそわしながら、染色や受付をこなして矢鱈さんたちの帰りを待つ。
しばらくして「ジョーンくん、お待たせ」と二人が戻ってきた。
森保さんは、少しぼうっとしているように見えるが、怪我などは無さそうだ。
「大丈夫でしたか?」
森保さんが大丈夫と俺に軽く手を向けた。
俺はほっと胸をなでおろし
「冷たいものでもどうですか? アイス珈琲か麦茶ですけど」と二人に訊いた。
「じゃあ僕はアイス珈琲を」
「私は麦茶で」
俺は二人に飲み物を出しながら
「一体、何が?」と尋ねた。
「私、猫に弱いのよね……」
森保さんが呟く。
猫好きなんだろうか?
「猫? やはりケットシーに何かされたのですか!?」
俺が訊くと、森保さんは恥ずかしそうに、ぽつりぽつりと話し始めた。
「あの宮殿に入ったら……、猫がいっぱいで、皆ゴロゴロし始めて可愛いって思ったら、急に眠たくなってきて……気付いたら矢鱈さんがいたのよ」
「幻術にかかったんだね。ケットシー・パレスの中だと、猫型モンスの力が少し上がるんだよ。だから幻術も効き目が強くなるんだ」と矢鱈さんが説明をした。
「そのー、笛を吹いただけで、小さいとはいえ、あんな宮殿が建つんですか?」
にわかに信じられない。もし、本当ならとんでもないアイテムだ。
矢鱈さんも、うんうんと頷きながら
「不思議だよねぇ。新潟のダンジョンで店主が言っていたのは、ケットシーにオカリナを貰ったんだけど、その時『絶対吹くなよ、絶対だぞ』って言われたんだって。でも、我慢できずに吹いたら次の日に建ってたそうだよ」
「なんか、嵌められた感が凄い……」
「大抵のケットシーは、直接的な罠を仕掛けてくるんだけどねぇ。たまに、こういう不思議な力というか何かの術を使う変種がいるみたいだ」
俺の時は困ったら吹けって言ってたな。あれも罠かぁ……。
すると森保さんが
「でも、ちょっと可愛いですよね」と笑った。
「まあ、詳しいことは事例が少ないからねぇ。でも、新潟のダンジョンも猫型モンスが増えたぐらいで、むしろ客が増えたって喜んでたから大丈夫だと思うよ?」
「目的はパレスを作るため、ですか?」
「恐らく、そうだろうね。どういう仕組みなのかはわからないけど」
明確な答えのないまま、皆が黙り込む。
すると矢鱈さんが
「ま、パレスから出れば普通なんだし、強くても対処できる範囲だからね。あまり難しく考えない方が良いよ」と言ってアイス珈琲を飲んだ。
「そ、そうっすね。ははは」
――その日の閉店後。
「あー、今日も忙しかったなぁ……」
あの後、ケットシー・パレスに、これといった変化はなく、ただ中に、猫型モンスがうようよしているだけだった。矢鱈さんの言うように、考え過ぎだったかも知れない。
ちょっと、目新しい物が増えたと考えておけばいいのかな。
そうだ、宣伝にも使えるかなぁ。猫ブームだし、珍しいって言ってたし。
まあ、猫と言ってもモンスには変わりないのだが。
「御免、夜分に失礼仕る」
突然の声にビクッ! と肩を震わせる。
見ると、半纏を着た一匹の猫又が、空き瓶を持ってダンジョンの向こうから覗いている。
「え?」
俺は呆気に取られて猫又を見つめる。
「拙者、ケットシー様より大切な言伝を伝えに来た、全然怪しくない猫又でござる」
「え?」
一体、何?
猫たちが悪ふざけしているようにしか思えないが……。
俺が黙っていると猫又は再び
「拙者、ケットシー様より……」と始めるので
「ちょ! それはわかったから。何の用なの? ていうか舐めてるの?」と、少し強めの口調で言う。
何となくエスカレートしそうな予感がしたからだ。
「……我らがケットシー様は赤いスープをご所望である。用意せよ」
猫又は二本に分かれた尻尾を太くして、空き瓶を見せる。
「ほぅ……。随分偉そうな口を利くじゃないか?」
駄目だな、これはちょっとカマしとくか。
俺はデバイスからルシールを取り出した。
「ま、待たれい!! 拙者、スープを取りに来ただけ猫又、決して怪しくはござらん!」
俺はデバイスをCLOSEにする。
すると、猫又は身繕いを始め、大きなあくびをした。
休眠に入る手前だろう。
「行くか。へー、意外と軽いな」
ルシールを片手に、寝落ちした猫又を脇に抱えて十五階へ向かう。
密林フロアの端にそれはあった。
――ケットシー・パレス。
「どういう仕組みなんだ、これ?」
見た感じ小さなインドの宮殿みたいだ。
意外と綺麗で、装飾も細かく美しい。
近くで見ると思ったより大きい。平均的な一軒家程度はある。
俺は外観を見て廻った後、パレスのドアを開けた。
「おい、ケットシーはいるか?」
中には無数の猫又が丸くなって寝ている。
この数、CLOSEにしといて良かったかも……。
俺は抱えていた猫又を隅に降ろしてやった。
中を見ていると奥から眠そうなケットシーが現れた。
「ニャム……? 管理者ではニャムか。ニャムのパレスに何の用ニャ?」
それと同時に、俺はルシールで宮殿の床を突く。
――ドンッ!!
その瞬間、寝ていた猫又達の毛が逆立つ。
「ニャ、ニャムをする!」
ケットシーの尻尾が太くなっていた。
「あのさ、言っとくけど、俺怒ってるんだよね」
うーん、少しは効いたかな?
「ニャ……、そんなカリカリして、ど、どうしたニャムかね~♪」
急にゴロゴロと甘えた声を出す。
む、幻術か? と警戒するが、どうやら違うようだ。
俺はケットシーに
「このパレスは俺が吹いた草笛が関係してるのか?」と訊く。
「さ、さあ……知らないニャムね~」
ケットシーは、白々しく身繕いを始める。
「……まぁいい。あと、スープってトレントの樹液だからさ、お前仲間がいるんだろ? 自分で採れよ」
「そ、そうニャムか、わかった、それはニャムの眷属にやらせるニャム」
なんかやけに素直だな……。
「本当にわかったのか?」
「ニャニャニャ、ニャムは嘘つかないニャム」
寝そべって大きく伸びをしながら言った。
不安しかねぇ……。
「と、とにかく、この中で何しようが、それは勝手にすれば良い。ただ、俺の物を盗ったり、無闇にカウンター岩の辺りには近寄らないでくれよ?」
と、俺は念を押す。
「ニャム、約束はできないニャムが善処するニャム」
「そう、それでい……。って約束しろよ!!」
「冗談ニャムよぉ~、わかったニャム……」
そう言って、ケットシーはぷいっっと後ろを向いて寝てしまった。
「ったく、じゃあな」
俺はパレスを後にし、カウンター岩へ戻る。
「もう、何がなんだか……」
無駄に知能が高いだけに厄介だ。
やはり気にしないのが一番なんだろうけど。
胸をモヤモヤさせたまま、俺は帰り支度をしてダンジョンを後にする。
「気にしない、気にしない」
そう自分に言い聞かせて、夜道を歩いた。
所持DP 364,382
来客 35人 17,500
染色 23回 5,750
特注 2点 1,800
石鹸 3個 300
ガチャ 22回 2,200
計 391,932





