簾をつけました。
ニュースによると、今日の予想最高気温は37度だという。
昨日は過去最高気温を越えたと言うし、しばらくは客足にも影響が出そうである。
早朝だというのに、うだるような熱気。
つくづく、ダンジョンまでの道がアスファルトで無くて良かったと思う。
昨日の閉店後に採集したアイテムをカプセルに詰め、イエティ雪球ガチャを補充した。
評判も良く、なかなかの出だし。これから、コツコツと貢献してくれそうだ。
「よーし」
デバイスで各階層をチェックした後、OPENに切り替える。
今日も一日、頑張らないと……。
首からかけたタオルで顔を拭い、ダイバーが訪れるのを待った。
――小一時間後。
誰も来ない。
確かに暑い。異常な暑さではあるが、誰か来ても良さそうなものだが……。
しかし、じっとしているだけでも汗が吹き出してくる。
麦茶を飲み干して、この暑さがどうにかならないものかと考えた。
氷でもあればなぁ……。
俺はふと、思いつく。
氷、氷はあるじゃないか! ダンジョンに!
そうだ、新しく拡がった領域には氷原フロアがある。
そこから氷を運べば。
うーん、でも運んだとしてもすぐに溶けてしまうぞ……。
何かいい方法はないものか……。
俺はスマホを取り出して『氷 溶けにくくする』で検索した。
色々と方法はあるようだ。
一般的なものだと、塩をかける方法がある。
あとは、大きな塊にするとか、発泡スチロールの箱に入れる。
とにかく空気に触れないようにするのが大事か……。
「塩?」
ダンジョン内で手に入る塩。そんなものあったっけ?
しかもこの暑さを塩ごときでどうにか出来るとは思えないぞ。
というか塩より何より氷をどうやって運ぶかだよなぁ……うぅあっちぃ~。
打ち水をするのはどうか?
確かテレビで余計に温度が上がるとか言ってたし、むぅ……。
そもそも日差しが入口から少し入って来てるのがダメだ。
そうだ! 簾をつけよう。
――簾?
将棋の名人のように、俺の身体がぶるっと震えた。
氷原フロアから、氷雪草を採ってきて、バルプーニの体毛で繋げれば……。
俺はニヤリと笑い、ダイバーが来た時の為に貼り紙を書いた。
『ただいま席を外しております、10分程で戻ります。もし良かったら麦茶はご自由にお飲みくださいませ。 店長』
これでよし、俺はデバイスから探索者のポーチとルシール+99を取り出し、念のためにCLOSEにしてから、ダンジョンに走った。
一気に五階まで駆け降りて、丸くなって寝ているマッドグリズリーの横をスッと通り抜ける。
そして、新しい階層に入った。
目の前に草原が広がり、離れた所にヘルハウンドの群れが横になっていた。
小走りで氷原フロアに急ぐ。
「おぉっ気持ちいい~! 涼しいなぁ!」
階段から冷たい風が吹いてくる。
しかし、喜んだのも束の間、すぐに寒くなり歯をガチガチと鳴らしながら氷雪草を探す。
イエティがウロウロしているがCLOSE中なので襲っては来ない。
油断は禁物だが、比較的知能の高いモンスなので心配はないだろう。
大きな氷の岩場が見える。氷雪草はこういう場所の隙間に自生する、プラスチックの細いパイプのような形の草で、長さは一メートル程、束になって生えている。
「お、あったあった」
俺は探索者のポーチを開いてバックパック形態にする。(めっちゃ便利)
氷雪草を根本から折って、バックパックに詰めていった。
遠巻きにイエティたちが興味深そうに俺を眺めている。
目一杯、詰めたところで、バックパックを背負い引き返す。
イエティの一匹が遠くから氷玉を投げてきたが、今はかまっていられない。
急がねば凍死してしまう……。
あのイエティはいずれお仕置きをしてやろう、このルシールでな!
息を切らしながら一階へ戻った。
バックパックをカウンター岩の前へ降ろして、一旦表に出た。
「ふぅ~」
冷え切った身体が暖まっていく。
やばかった、Tシャツなのを忘れていたのだ。
程よく温まったところで、早速、簾の制作に入る。
まずはデバイスをOPENに戻し、自分のアイテムボックスからバルプーニの体毛と、ダガーを取り出した。
「たくさん採っといてよかったな」
そう呟き、バックパックから氷雪草を出す。
氷雪草は思った通り、ひんやりと冷たい冷気を放っていた。
「さてさて」
不揃いな氷雪草の端をダガーで切り揃えていく。
のこぎりのように切っていかないと、割れてしまうので注意が必要だ。
すべて切り揃えたら、今度はバルプーニの体毛で端を結んで繋げていく。
体毛は針金のように形がつくので、簡単に結ぶことができるのだ。
作業にして約40分程、終わった頃にはポタポタと汗が滴り落ちていた。
「できたぁーっ!」
氷柱のように垂れ下がっている蔓を利用して、 ダンジョンの入口から中に少し入った場所へ、氷雪草の簾をつけた。※ダンジョンの物は外には出せない。
「あーーーー俺って天才ですねーーーー!」
誰もいないのをいいことに、俺は一人叫んだ。
それぐらい、効果抜群だったのだ。
外から入る熱風が、少しひんやりとした風に変わった。
太陽の光もある程度防げるし、何より透明で青みがかった色が涼し気で良い。
俺はスマホで氷雪草の簾を写真にとり、協会サイトにアップした。
写真には『ダンジョンは涼しく快適になってますよ~』と一言添えておく。
これでよし!
すっかり快適になったカウンター岩で、珈琲を啜っていると
「こんにちはー。うわ、涼しいっすねぇ!」
お、誰かと思えば、山河大学の青年だ。
今日は山田くんたちはいないのかな?
「どうも、いらっしゃい」
「店長さん、今日は一人なんですけどいいですか?」
ちっさなメダルを当てた青年だ。
「もちろん、大歓迎ですよ~」
俺は笑顔でIDを受けとって装備を用意する。
丸井くんか、覚えておこう。
「あのメダルって何種類ぐらいあるんですかね?」
「うーん、相当あるみたいだけど……。確かギネスではメキシコのダイバーが世界一で3000枚持ってるって書いてましたねぇ」
「さ、3000枚っすか!?」
丸井くんは青褪めた顔で言った。
メダル沼の深さを実感したのだろう。
「ま、まあそれは極端な話だしね」
「そ、そうっすよね、ありがとうございます」
「いえいえ、じゃあ頑張って」
頭を下げると、丸井くんはダンジョンへ向かっていった。
と、丁度そこに
「「こんにちわー」」
絵鳩が蒔田という女友達と二人で顔を見せた。
まきちゃんと絵鳩は呼んでいるが、流石に俺がそう呼ぶのは気が引ける。
最初は蒔田さんと呼んでいたのだが、本人から絵鳩同様、むず痒いので蒔田と呼び捨てで構わないと言われている。
「おお、いらっしゃい」
絵鳩はあれからちょくちょく来てくれていて、最近は蒔田と二人で来る事が多い。
それぞれのバッグにはお揃いの『パンダタ』がぶら下がっている。
蒔田というJKは、見た感じぽっちゃり系で可愛らしい雰囲気なのだが、とにかく声が小さい。俺もいまだに声が聞き取れないでいる。
「涼しい」
絵鳩が言うと、隣で蒔田が頷く。
「いいだろ、あれ? 氷雪草で作ったんだよ」
俺が簾を指さすと、蒔田が絵鳩にボソッと何かを言う。
すると絵鳩が
「器用ですねって」と伝えてきた。
「あ、ああ……そうかな、はは」
俺は二人の装備を用意する。
二人共、お揃いでフェザーメイル。
蒔田の武器は驚くなかれ、自作の円月輪、ボーンクレセント+3。
彼女は武器の加工にセンスがあるのだろう、スケルトンの胸骨を研いで作れるとは俺も驚いた。
「はい、どうぞ」
「「ウッス」」
絵鳩と蒔田は装備を持って更衣室に入る。
しかし、友達が出来て変わったよなぁ……。
そう、しみじみ思っていると、二人が装備を終えて出てきた。
蒔田は絵鳩の白雲+5を手に取り、刃こぼれをチェックしている。
しかし、本当に武器マニアというか、精通しているというか。
その手慣れた手付きに、思わず見入ってしまう。
絵鳩が待っている間にGマシーンを見つけた。
「ジョーンさん、あれ何?」
「ああ、イエティ雪球ガチャだよ、一回100DP」
「……」
蒔田が手を止めて、絵鳩に耳打ちをする。
うんうんと絵鳩が頷き
「あとでやるって」と言う。
「あ、ああ、いつでも言ってね」
俺がそう答えると、蒔田は絵鳩に白雲+5を渡して、背中に差していたボーンクレセントを手に持った。 二人は少しストレッチをした後
「「行ってきます」」と元気にダンジョンへ向かう。
「はーい、頑張って~」
絵鳩たちを見送り、一息つく。
簾のお蔭で、すっかり汗もひいて快適だ。
鼻歌を唄いながら、カウンター岩周りを掃除しているとイベントの事を思い出した。
「あ、ヤバい……忘れてた」
慌てて箒を片付けて、珈琲を飲む。
そして真っ白な紙を見つめて唸った。
「む~~~~~~~~~~」
考えれば考える程、思考が鈍っていく感覚に襲われる。
いかんいかん、楽しいは正義、楽しいは正義!
護摩行のようにブツブツと唱えながら、楽しいことを考えるようにした。
「何をやってるんですか?」
突然の声に驚く。
見るとメダルの丸井くんだった。
「あ、ああ、ごめんごめん、ちょっと考え事をね……ははは」
「そうなんですね、あ、これ」
丸井くんはIDを差し出す。
俺がIDを返しながら
「メダル取れた?」と訊くと満面の笑みで
「今日は三個もゲットしたんです!」と答えた。
「へぇ~、良かったねぇ! 凄いじゃん丸井くん!」
「へへへ、ありがとうございます! じゃあ店長さん、また来ます」
「またよろしくね~! 気をつけて~」
丸井くんは照れくさそうに頭を下げると、ダンジョンを後にした。
うん、彼は通ってくれそうな雰囲気だ。
でも、あまり熱中しすぎないように注意しないと、学生さんだし。
「よし、どれどれ」
俺はデバイスで絵鳩たちの戦いぶりを見てみる事に。
「おお!」
二人は連携を組み、ミルワームを上手く翻弄している。
へぇ、蒔田がアタッカーか。意外だなぁ。
絵鳩が白いクナイのような物を投げる。
ミルワームが絵鳩の方に向いた瞬間、蒔田が斬りかかる。
見事、二人はミルワームを仕留めた。
「成長したなぁ……うんうん」
しかし、デバイスの画面からだと同じフェザーメイルで区別がつきにくい。
せめて色とか違えば見やすいのだが……。
ん?
――色。
可視光の組成の差によって感覚質の差が(以下、略)
そうだ、色だ!
何で早く気づかなかったんだろう。
俺は簾を少しずらして、外を眺める。
あれほど憎らしかった太陽が清々しく見えた。
所持DP 285,782
来客 12人 6,000
石鹸 2個 200
ガチャ 3回 300
計 292,282