ムシヒロ地下
絡み合い複合体のようになった樹木の虚の中、暗闇へと続く階段に向かって俺達は慎重に近づいていく。
「丸井くん、後ろは任せたからね」
「……おっけーっす」
「お、おっちゃんもちゃんと見とるけんね……」
ビクビクしながらキョロキョロと周囲を見回す叔父さん。
恐らくゲートキーパーが居たとしても、この規模のダンジョンなら難易度はそこまで高く無いはず……。毒を吐くゲルトバッターか、見かけ倒しのトールマンティスくらいだろう。
だが、油断は禁物……。
しかし、辺りにモンスの気配はなく、特に何かが出てくる気配もない。
「変ですね……」
「うん、何もいないね……」
まあ、デバイスもCLOSEだし、もしかするとこのままいけるかもな。
「ちょっと、離れてて」
俺は叔父さんと丸井くんに言った後、小石を拾って階段の中に投げ入れてみた。
――カツン、コロン、コロン……。
「……」
特に反応はない。
「何か取り越し苦労だったみたいですね」
「うん、まあ……」
階段の中を覗き込む。
真っ暗で何も見えないな。
「あ、僕、Goalmanのヒカリゴケランタン200A持ってます」
「えっ⁉ ホントに⁉」
Goalmanといえば、機能性とデザイン性を兼ね備えたダイバー憧れのメジャーアイテムブランド……。
「良いですよねぇ。以前、収録でスポンサーの方がくれたんですよ」
丸井くんはランタンを撫でながら薄ら笑いを浮かべている。
「ええもん持っとるなぁ……おっちゃん持とうか?」
「いいんですか?」
「うん、それくらいならおっちゃんもできる」
「そうですね、その方が俺と丸井くんで守備は固められますし、じゃあお願いしてもいいですか?」
「まかせとき!」
おっちゃんがそっとランタンを受け取り、丸井くんから使い方の説明を受ける。
「ほうほう、お! ホンマや、明るいわ……」
ランタンが煌々と緑がかった輝きを放つ。
「よし、じゃあ行きましょう!」
「よっしゃ!」
「はいっ!」
ゆっくりと階段を降りていく。
石の階段が、途中で木の階段に切り替わった。
「この辺りから何か湿度というか、ちょっとジメッとしますね……」
「そやなぁ、これ、虫にはええ環境やと思うで」
「あ、出口が見えてきた!」
「ホントだ、何か明るいですね」
下に着くと、一気に視界が広がった。
「下も密林タイプか……」
「まあ、これくらいじゃないと虫モンスだけにはならないか」
「じゃあ、あまり離れずにゆっくり進んでみましょう」
俺が先頭、叔父さんが真ん中、丸井くんが後ろで進んで行く。
「えっ⁉ ちょ、ちょい待って!」と、叔父さんが突然声を上げた。
「……どうしたんですか?」
叔父さんは側の茂みに近づき覗き込んでいる。
「え、えらいこっちゃやで……!」
そう言って、振り向いた叔父さんの手には金色と銀色の小さなものが乗っていた。
「それは……?」
「幻の虫モンス……金銀夫妻や」
「金銀夫妻?」
「初めて聞きましたね……」
「おっちゃんも言うん初めてや」
叔父さんの手は震えている。
「この金銀夫妻はな、雄が金色、雌が銀色のツガイで一生一緒に行動するんよ。普段はダンジョンの地中に潜っとってな、これが滅多に出てきよらんのよ。目撃例も殆ど無くてな、おっちゃんはこれ同人本で見たことあったからわかったけど、素人なら見逃しとるでホンマに……」
「は、はあ……」
「昆虫にも同人ってあるんですね」
丸井くんが俺の耳元で囁く。
「でも、すごいレアなのがいるって凄いんじゃないですか、このダンジョン」
「そやなぁ……惜しいけど、もう決めたから……」
叔父さんは悲しそうに俯く。
「ほ、ほら、他にもいるかも知れませんし、探してみましょうよ!」
「そやなぁ、ほなちょっと待ってな、リリースするけん」
「「リリース……」」
そっと茂みの奥へ叔父さんが手を伸ばし、金銀夫妻を放した。
銀色の雌の上に金色の雄が乗り、そのまま木々の影へと消えていった。
「しゃあないしゃあない! 最後にええ思い出になったわ……」
「叔父さん……」
しばらく茂みの奥を見つめていた叔父さんは、気持ちを切り替えたのか、パッと明るい顔に戻る。
「よし、他も見て見よか?」
「そうですね、行きましょう」
そして、歩くこと小一時間……。
「えっ⁉ サンダーマイマイ!」
「オーロラアント⁉」
「セブンホーツクス⁉」
でるわでるわ、レア虫モンスの玉手箱や~と叔父さんは終始テンション上がりっぱなしだった。
「ちょっとここらで一息入れようか?」
「そうですね」
「うん、おっちゃんも疲れたわ~」
ちょうど石場があったので腰を下ろして休むことにした。
ふと見ると、丸井くんが何やら考え込んでいた。
「……」
「どうしたの?」
「あ、その……、ここってジョーンさん開店されるつもりなのかなぁって」
「あー、うん、まあ、まだ迷ってるんだよね、ほら、D&Mもあるし、さすがに二店舗掛け持ちするのは大変かなって」と、叔父さんに聞こえないように小声で返した。
「実は、さっき思いついたんですけど……これだけのレアモンスがいるのなら、ライブ配信すれば良いんじゃないかなって」
「ライブ配信?」
「ええ、今ってデバイスで中継できるじゃないですか? あれを動画サイトに直で流すんですよ。たまにイベントとかでやってるところあるじゃないですか」
「あー、たしかに。でも、ダイバーがいないのに誰も見ないんじゃない?」
「ジョーンさん、違うんですよ。ダイバーがいないから良いんです、この地下全体を定点カメラでずっと流すんです。良く海外の動物園とか、砂漠のオアシスだとかをライブ配信しているチャンネルとかあって人気なんですよね」
「え……そんなのあるんだ? うーん、でも虫だよ?」
「見てください」
丸井くんは叔父さんの方へ目を向ける。
そこには石の隙間に虫がいないか探している叔父さんの姿があった。
「あんなに夢中にさせる力が虫にはあるんだと思うんです。小さい子には、虫が好きな子が多いですし、叔父さんみたいに虫推しの方もたくさんいると思うんです」
「そっか、たしかにマニアというか、他にはない試みって感じはするね」
「やってみませんか⁉ もし、良かったら準備とかお手伝いできます!」
丸井くんは身を乗り出して目を輝かせている。
ううん……どうしたものか。
でも、ダンジョン運営するのは現状じゃ厳しいもんなぁ……。
ん? 配信なら開店しなくても良いってことか。
それなら、費用もそんなにかからないか?
ダメ元でやってみるのも良いかもしれないな。
「ちょっと考えみるかな。丸井くん、詳しく検討したいから後で相談に乗ってもらえるかな?」
「もちろんです! やったぁ!」
「なになに? 何か楽しそうやん?」
叔父さんが丸井くんの声に振り向き、側に寄ってきた。
俺は丸井くんのアイデアを簡単に説明をする。
「……というわけなんですけど、どうでしょう?」
「ええやん! みんなめっちゃ喜ぶでぇ!」
「え、叔父さん、みんなって?」
「ああ、全国にはおっちゃんみたいな虫好きがおるんや。四半期に一回は、昆虫同人会でみんな集まって情報交換やら、写真のトレードやら色々盛り上がっとんやで」
「……そんな世界が」
これはいけるかも知れない……。
なかなかニッチな世界だが、その分、息の長いファンが獲得できそうだ。
そうだ、紅小谷なら得意分野だろう。
あとで連絡してみるか……。
「「ジョ、ジョ、ジョ…………!!」」
丸井くんと叔父さんが口をパクパクさせながら、二人して俺の後ろを指さしている。
「え?」
「――あちゃぁ、見つかっちゃったか」
振り返ると、そこには仙人のようなおじさんが立っていた。
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「思ったよりも異世界が楽しすぎたので、このまま王都の片隅でポーションスタンドでも始めてのんびり暮らします」
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