ビジネスチャンスの予感がします。
朝、麦茶とおにぎりを持ち、いつものようにダンジョンへ向かう。
カウンター岩の影からひょっこりと黄色いものが動いた。
「ダンちゃん、おひさラキ!」
「ラ、ラキモン!」
その愛くるしい姿に何故かビクッとしてしまう。
何だろう、何か忘れている気が……。
気のせいかな?
「おお久しぶり、どうした?」
ラキモンはぷにぷにとこちらへ歩いてきた。
そして、何を言うわけでもなく、モジモジしている。
「ん?」
何だろうとラキモンを覗き込む。
「ダンちゃん……あれ……」
「あー、あれね。おkおk」
俺は棚の引き出しから瘴気香を取り出して
「これ?」と訊く。
「うぴょっ! それラキ! ダンちゃん~」
と言いながら、まるで猫のように顔を足に擦り付けてくる。
「ははは、わかったわかった、はいどう……」
差し出した瞬間、疾風のごとく俺の手から瘴気香を取ると
「うっぴょー!! あま~いラキ! はぐはぐ……。うぴょっ!」
美味しそうに齧っている。
モンスであるラキモンにはお菓子のようなものなのだろう。
「ホントに好きなんだな……」
ラキモンは食べ終わると
「ぴょ~、ダンちゃんありがとラキ!」
と言いながら、嬉しそうにぴょんぴょん跳ね、ダンジョンへ戻っていった。
「意外とクールというか……」
なんとなく寂しい気持ちになりながらも、ダンジョンのOPEN準備にかかる。
チラシの効果はまだ実感していない。
まあ、そんなすぐにはなぁ……と思いながら表を箒で掃く。
しかし、そろそろ階層も増えて良さそうな気もするが、それも欲張りというものか。
「よし、綺麗になった」
表を掃き終えて、入口周りの拭き掃除、更衣室の清掃、石鹸のラップ巻きなど、細々とした作業を手際よく終わらせてデバイスをOPENにした。
「すみません、ここはD&Mダンジョンでしょうか?」
おっと、早速誰か来たようだ。
色白で幼く見える青年、真っ白なシャツに短パンというラフな格好なのだが、凛とした気品のようなものを感じる。
「はい、ここですよ!」
初めて見る人だ、よしっ!
青年は微笑んで
「良かった。実は昨日ダイバー試験に合格した時に、こちらのチラシを拝見しまして」
よく通る声で、物腰も柔らかな印象だ。
「おお! ご覧いただけましたかっ!」
「はい、とても親切に書かれているなと感じました」
「それは、いやぁ、ありがとうございます、へへ」
俺が照れ笑いを浮かべていると、青年が切れ長の目をこちらに向けて
「それで、一つご相談があるのですが」
「え、はい、僕に出来ることでしたら」
「ありがとうございます。実は、大学でダイバー同好会を開いているのですが、メンバー全員で昨日免許を取ったばかりなんです。それで良かったらレクチャーをして頂けないかと思いまして」
「なるほど……」
レクチャーか、これは願ってもないチャンスだ。
それに、大学のサークルだと、定期的に纏まった人数で利用して貰えるかも知れない。
「どうでしょうか?」
青年は窺うように俺を見た。
俺は少し考えた後で
「わかりました大丈夫ですよ」と笑顔で返事をする。
「ありがとうございます、ちょっと皆と相談して、改めて連絡してもいいですか?」
「あ、はい、もちろん。じゃあ連絡先を……」
俺はスマホの番号を青年に教え
「店長の壇ジョーンっていいます、よろしくお願いします」と、自己紹介をした。
「本名なんですか?」
と、青年は不思議そうな顔をする。
「あ、父がアメリカ人なので、全然和顔ですが。ははは」
「そうだったんですね、僕は山河大学三年の鈴木蒼真と言います」
鈴木は姿勢を正して頭を下げた。
「どうもご丁寧に、あ、良かったらジョーンって呼んで下さい。あと人数と予算なんかもできれば提示してもらえると助かります。では連絡お待ちしていますね」
「はい、よろしくおねがいします」
鈴木は矢鱈に負けないような白い歯を見せて、帰っていった。
あれは多分、剣道とか武道をやってるんじゃないかな?
体幹が通っているというか、身体の芯がぶれないというか、うーん大したもんだ。
さて、これは、かなりのチャンスだぞ。
よーし、早速プランを練らねば。
レクチャーか、どんなものにすればいいのか?
うーん、威勢よく受けたものの……。
ダイバー試験に合格したという事は、基礎知識はあるということ。
とにかくレクチャーよりも実践するほうが早いのだが、それを言ったらおしまいである。
何より、最初は誰でも怖かったり、難しく考えたりするものだ。
レクチャー後に、うちに通ってもらう事が大事だよなぁ。
「となると……」
俺はデバイスの全体マップを開き、フロアを確認していく。
こうやって見ると、だいぶモンスも増えてきたな……。
マップモードの赤い点でモンスの数や大体の場所はわかる、ビューに切り替え確認。
ビューの映像は画質が荒い。特徴のあるモンスならすぐわかるのだが……。
分かりづらいモンスや、動きの早いモンスはビューで追うだけで手一杯だ。
追っている間に、他のモンスがじっとしていてくれればいいのだが、そういうわけにもいかない。
以前のように、モンスが少なければ十分確認できたが、この分だと、あれをやらなければならないだろう。
モンス洗いを!
※モンス洗い……業界用語でダンジョン内のモンスを直にチェックする事をさす。
――閉店後。
俺はデバイスをメンテナンスモードに切り替え、メモ帳を持ってダンジョンへ入る。
笹塚時代を思い出すなぁ。良く年末にリーダー曽根崎とやらされたもんだ。
たっぷり二時間程かけてチェックを終え、一階へ戻って麦茶を飲んだ。
「あ~、疲れた」
以下、メモの内容そのまま。
印なし……下位種 ★★……中位種 ★★★……上位種
☆……GK ☆☆……ユニークモンス(同種に比べて少し強い)
【一~五階 洞窟タイプ】
一階……スライム
二階……ウツボハス・バババット・トレント・スライム
三階……バババット・フォックス(元GKのやつだと思う)・スライム・ミルワーム
四階……バババット・ミルワーム・フレイムジャッカル
五階……マッドグリズリー☆・ホーンラビット・バババット・ミルワーム
【六~十階 迷宮タイプ】
六階……ヴァンパイア・ロード★★★(石棺のみ確認、本体確認できず)・ミドロゲルガ・スケルトン
七階……ヴァンパイア・ロード★★★(石棺のみ確認、本体確認できず)・ミドロゲルガ・スケルトン・ボーンナイト
八階……スライム(こんなとこにも!)・スケルトン・ボーンナイト・ウィスパー
九階……バババット・スケルトン・ボーンナイト・ヘルボーンナイト★★・ウィスパー・スコロペンドラ・ケローネ
十階……ヴァンパイア・ロード★★★(石棺のみ確認、本体確認できず、蓋なし)・ヘルボーンナイト★★・スコロペンドラ・バババット・ウィルオウィスプ★★
【十一~十五階 密林タイプ】
十一階……スコロペンドラ・ポイズンウツボハス・ドラゴンフライ・ビッグスライム★★・ミセル・ケローネ・ゴブリン
十二階……スコロペンドラ・ドラゴンフライ・バブーン・ゴブリン・ビッグスライム★★・ケローネ・ナイトジャッカル・エンペラービートル・リッパー・カルキノス・リュゼヌルゴス★★・バルプーニ★★
十三階……池にフライングキラー(要注意喚起忘れずに)・リュゼヌルゴス★★・バルプーニ★★・ドラゴンフライ ※モンス少なめの印象
十四階……エンペラービートル・スパイラルモモンガ・ジャイアントオーク・リュゼヌルゴス★★・バルプーニ★★・ヘルハウンド★★・アウルベア★★
十五階……ミノタウロス☆☆・スパイラルモモンガ・デスワーム★★・リュゼヌルゴス★★・ケットシー★★・ドラゴンフライ・ケルロス★★(ケルベロスの幼体!!これはヤバい!嬉しい!可愛い!)
と、まあ大変だったわけだけども、かなり嬉しい内容となった。
ロードが確認できなかったのは残念だが、石棺があったので復活の可能性は高い。
しかし、なんと言っても、十五階のケルロス! 成体になれば、かなりの広告塔になる。
ただ、成長が遅いのが難点だが……。
凄いダンジョンにもなると、一気に成体から発生することもあるというが、俺のダンジョン規模ではまだまだ先の話だろう。
ちなみに、ラキモンの姿は見えなかった。
たぶん、またウロウロして行き違いになったのだろう。
まあ神出鬼没というのが売りでもある。
俺は、ちょっと残念な気持ちになりながら、会った時の為に持っていた瘴気香を棚に片付ける。
しかし、新顔もちゃんと発生してたし、着々とダンジョンが活性化しているのがわかる。
うんうんと頷き、メモを見ながら麦茶を注ぐ。
さて、どうしたものか。
やはり初心者としては、五階のマッドグリズリーを倒すのが当面の目標になるだろう。
ならば、武具の説明と強化法、うん、これは間違いない。
そして、基本的なモンス種別ごとの特徴や戦い方。
五階までに植物系、魔獣系、虫系、粘体系がいるからそれで説明するとして、あとは質疑応答みたいな形がいいかな。
「こんな感じかなぁ」
俺はスマホの時計を見て
「うわっ! もうこんな時間」
急ぎ、後片付けを始める。
「よし、続きは明日にしよう」
メモとスマホをポケットに入れ、デバイスをCLOSEに。
フェンスの鍵をかけて、背伸びをしながら家に向かう。
辺りはすっかり暗くなっていたが、月明かりのお陰で視界は悪くない。
あ、矢鱈さんに相談してみるかな?
いや、ダメだ。俺はぶるぶると頭を振る。
いきなりまた五月雨珠近なんて出された日にはレクチャーにならない……。
そうだ、リーダー曽根崎に相談してみよう。
新人研修でいつも指導員だったもんな。
何かコツみたいなものを聞けるかも知れないし。
「おっと」
生暖かい突風に背中を押された。
上手くいけばいいなぁ……。
所持DP 234,582
来客 15人 7,500
石鹸 5個 500
計 242,582





