ゲート開放
「はあ……はあ……」
「ふぅ……何とかなったな……」
自販機の陰から大通りを伺った後、俺は紅小谷に向き直った。
ラキモンは俺の頭の上に乗ったままだ。
「もう無理……走れない……」
「クッソ、この自販機買えねぇし……くぅ、コーラ飲みてぇ……」
やはり街にあるものは、殆どがオブジェクトのようだ。
「飲む?」
紅小谷がアイテムボックスからポーションを取り出した。
「ポーションか……これ、苦いんだよなぁ……」
「何もないよりマシでしょ……いらないなら別にいいけど」
「いる! ありがたく頂戴します!」
俺は紅小谷からポーションを受け取り、一気に飲み干した。
「ぷはぁ……うぇええ、やっぱ苦いな……」
「なんなの? 小学生なの?」
紅小谷は俺を睨みつつ、
「ここを出て、MAPまで行ってエリア解放するとして……その後、他のエリアに行く……このゲームの終わりってなんなのかしら?」と呟くように言った。
「んー、普通に考えればボスとか……でもリビングデッドだしなぁ。まぁ、ボーナスモンスみたいに別枠で用意されてるのかも」
「うーん……なら、そのボスの発生条件ってさ……」
紅小谷と目を見合わせる。
「エリア解放か……」
「その可能性が高いと思うわ」
この状況でボス戦か……いくら紅小谷の腕が立つといっても、俺とふたりじゃなぁ……。矢鱈さんやリーダーなら楽勝なんだろうけど……。
もうちょっと俺が強ければ……。
「他のプレイヤーはどうしたんだろうな」
「そこよね、まだ一人も遭遇してないわ。だって、私とジョンジョンが遭遇したのよ? 50人くらいは参加者がいたはずだし、誰かひとりくらい出くわしても不思議じゃないと思うんだけど……」
「そうだよなぁ……」
「中位種程度ならふたりでも何とかなると思うけど……さすがに上位種になると厳しいかもね」
「はあ、こんなときにリーダーでもいてくれればなぁ……」
ピクッと紅小谷の肩が反応する。
「そういやリーダーと連絡取ってんの?」
「なっ⁉ なんなのよっ⁉ 突然……!」
みるみるうちに紅小谷の顔が赤く染まっていく。
「ははーん、やっぱリーダーと……」
「この……たっ……たわけーーーーーーーーっっ!!!」
「ふごっ⁉」
紅小谷の右アッパーが俺の顎を打ち抜いた。
「う……うぅ……」
「あっ、ご、ごめんジョンジョン! つい……大丈夫⁉」
「あ、ああ……平気平気……」
「もう、ジョンジョンが小学生みたいなこと言うから……」
「……」
紅小谷にリーダーの話は禁句だな……。
しかしラキモンが離れない。
寝てんのかな?
「おーい、ラキモン、起きてるか?」
『ラ……むにゃむにゃ……』
「モンスが人の頭の上で……寝る?」
「俺も初めて見たよ……」
いつもならすぐにどっか行ってしまうんだが……腹でも減ってんのかな?
案外、瘴気香待ちなのかも……。
「まあ、モンスだしね。花さんでもない限り理解できるわけないわ」
「ははは、たしかにそうだな」
花さん大丈夫かな?
早く会いたいなぁ……。
「よし、そろそろ行くか?」
「いいけど……ボスはどうする?」
「そうだな、もう進むしか道はないわけだし、ボス戦になったらなったでなんとかなるさ。サークルピットもゲームバランスはちゃんと設計してるんじゃないか?」
「あーそっか! そうよね、自然のダンジョンってわけじゃないのか……なら、難易度に合わせたモンスが出るわよね。たまにはいいこと言うじゃない!」
紅小谷がバシンっと俺の背中を叩く。
「いてて……さぁ、そうと決まれば行こう!」
「ええ!」
俺達は大通りを横切り、MAPの場所まで走った。
* * *
〈PLAYER:hana hirako/amenoma〉
「これ何でしょう……」
それは半透明の黒い壁だった。
うっすらと向こうに街があるのが見える。
「壁……向こうに街があるな……」
あめのまさんが壁に顔を近づける。
「ん? これって……渋谷?」
「え⁉」
私も慌てて壁の向こうを見ようと目を細めた。
「あっ……た、たしかに渋谷に見えますね! といっても、何回かくらいしか行ったことがなくて……あんまり詳しくはないんですけど……」
「俺もだよ、仕事で何度か。後は動画で見たくらいかな」
そう言って、あめのまさんは微笑み、両手を腰に当てて黒い壁を見上げた。
「さて……どうやったら向こうに行けるのか……」
「んー、特に何もないですもんねぇ……」
私は壁をコンコンとノックしてみた。
すると、壁に表示が現れる。
「あっ⁉」
「おぉ! コントロールパネルみたいだな」
壁にはMAP(恐らく島の地図)が表示されている。
たぶん、この光点のある場所が現在地だわ……。
その他のエリアはグレーアウトされていて、金色の鍵のマークが表示されている。
鍵のマークには『2P』とか『3P』などの数字が虹色に輝いている。
「なるほどね、モンスポイントはこういう使い方をするのか」
「みたいですね」
「よし、なら俺のモンスポイントを使ってみよう」
「え……でも、いいんですか?」
「なぁに、構わないさ。土エルフの分もあるから」
「私、ずっと後ろに居ただけなのに……すみません」
「ちょちょ、謝んないで……気楽に行こうよ、ゲームなんだしさ、ね?」
「は、はいっ、そうですよね!」
「うん、じゃあ解放してみようか……」
あめのまさんが鍵マークのアイコンをタップする。
すると、
〈 エリア解放 3MP YES/NO 〉
と表示が変わる。
YESをタップすると、MAPの表示が消える。
『――PLAYER:amenomaが"シェラン島"から"渋谷"へのゲートを開放しました。PLAYER:amenomaには、ファーストゲート開放ボーナス+5Pが加算されます』
「えっ……シェラン島って……ここ、やっぱり世界樹の……⁉」
「どうしたの花さん?」
「あ、いえ……」
『――ALL PLAYER:ゲート開放により、Gate Keeper:枯れ果てた世界樹の主 レイズ・オベロンが召喚されました。30秒後、半径2㎞圏内のPLAYERは強制転送されます。衝撃に備えてください』
「こ、これは……⁉」
ゴゴゴゴ……と、地面が割れた!
隆起した岩の台座に、紫色の古びたローブを纏った老エルフが座っている。
すでに顔の至る所が朽ち、その枯れ木のような手も所々欠けていた。
「オ、オベロン⁉ な、な、なんて……す、すばらしいっ!!」
統治種のオベロンなんてレイド級なのに……いったいどうやって……。
でも、完全なオベロンではない? え? アンデッドのオベロン……。
そんなモンスって……存在するのかな……。
レイズ・オベロンがスッと手を払う。
『来たれ、我が同胞よ……』
「花さん! 危ない!」
あめのまさんの声でハッと我に返る。
周囲から一斉に無数の土エルフが召喚された。
「な、なんて数だ……」
――と、その時、聞き慣れた心地よい声が耳に入った。
「あ、あれ? 花……さん?」
『ラキィッ!』
見ると、そこにはジョーンさんとラキちゃん、そして紅小谷さんが立っていた。
「ラ、ラキちゃんっ⁉」
「いやいや花さん? そこはさすがに私かジョンジョンが先でしょ」
紅小谷さんが私に苦笑いを向ける。
「あ……」
やってしまった……。
ありがとうございます!





