北へ
「降りる方法があるのか……?」
「実は、これが使えるかなって思いまして……」
私はアイテムボックスから『瘴気香』を取り出して見せた。
「それは……瘴気香だよね?」
あめのまさんは不思議そうに私を見た。
「はい、瘴気香の煙は初期のコア活性化に使われることが多いですが、昆虫系、植物系モンスを麻痺させる効果もあるんです。ちなみにラキモンは、そのままチョコバーみたいに食べちゃいますけど」
「へぇ、コアの活性化は知っていたが、そんな効果もあるのか……。俺も何本か持ってるが使うか?」
「そうですね、多いに越したことはないと思うので」
「わかった」
二人でアイテムボックスから瘴気香をあるだけ取り出した。
全部で30本、ほぼ私のラキちゃん用ストックだけど……。
「即効性があるので、煙が猛戦苔に届けばスタートしても大丈夫です」
「じゃあ、先に進む方角を決めようか」と、あめのまさんは太陽の位置を確認した。
うーん、それはどうかなぁ……。
「あの、太陽は当てにしない方がいいと思うんです」
「どうして?」と、きょとんとするあめのまさん。
「ここは外に見えてもダンジョンです。太陽が規則通りに動く保障はありません。それに、私が見た限り、ここに飛ばされてから影が動いた様子がないんです。恐らくずっとあの位置にあるんじゃないかと……」
「いや、平子さんすごいな……それも確認済みだったの⁉」
「あ、いえ……フィールドワークで確認する癖が付いているので……」
「なるほど。となると、何か目標物があればいいんだが……草しかない。どうしたもんかねぇ……」
「リビングデッドの習性を利用してはどうでしょうか? リビングデッドは襲う対象をロストすると一見ランダムに徘徊を続けるように見えますが、ある法則に基づいて移動を行っていることがわかっています」
「……法則?」
「はい、『無意識下によるコア回帰性行動』といいますが、簡単に言うと最初に発生した位置に戻ろうとする習性のことを指します」
「しかし、最初の位置がわかったとしても……それでどうするんだ?」
「ニコラスさんはこのダンジョンを造るにあたって、《《複数のコアを移設した》》と仰ってましたよね? この話から、恐らくコアごとにエリアが分かれているのだと推測ができます。しかも、この規模でアンデッドに偏ったモンス編成となれば、それぞれのコアは他のコアからの影響を避けるため、離れた場所に移設せざるを得ない。それくらい複数コアの調整はシビアです。それらを踏まえると、コアから遠ざかれば他のエリアに近づけるのではないか……というのが私の仮説です」
「平子さん、ホントに凄いな……。どう? ウチのダンジョンで働かない? 時給は言い値で払うよ?」
「すみません、ありがたいお話ですけど……今のところが好きなので……」
「そっか、わかった。店長さんが羨ましいよ」
あめのまさんは、フッと笑って話を切り替える。
「OK、てことは、一回奴等をおびき出す必要があるな」
「何かいい方法があれば良いんですが……」
「今度は俺の番だ。こいつを使おう」
あめのまさんがアイテムボックスから小鳥の置物を取り出した。
不思議な色合いで見る角度によって色が変化する。
「これは……」
「さすがにこれは見たことないだろ? 『ルアーバード』って言うんだ」
「ルアーバード……触っても?」
「どうぞ」
材質は軽くて乾いた木のような感じ。手触りはサラサラ。羽根の部分が可動式になっていて指で広げることができた。
「これはパニックルームやモンス密集地帯なんかの時に使う誘導アイテムだ。紙飛行機みたいに投げるだけでいい。青森のとある工房でしか作られてないからな。市場にはほぼ出回らないレアものだよ」
「すごいですね……飛ぶんですか?」
「やってみるか?」
「あ、その前に少し瘴気香を焚いた方がいいと思います」
「おっと、すっかり忘れてたよ」
あめのまさんが眉を下げて笑みを浮かべながら猛戦苔を見上げる。
「じゃあ、私が焚きますね」
私は三本の瘴気香に火を点けて一メートルくらい離れた場所に置いた。
生臭い煙がもうもうと上がり、私達の上にある猛戦苔を包む。
「すごい臭いだな……」
「そろそろ、大丈夫そうですね」
「じゃあ、始めよう」
あめのまさんがルアーバードを草原に向かって投げた。
ピュィィィイイイイ――――――――――――!!!!
ルアーバードは甲高い鳴き声をあげながら楕円を描き、草原の上を滑空する。
「わぁ、ツバメみたいな飛び方ですね」
その時、草陰から一斉にリビングデッドが姿を現した。
「来たぞ」
「すごい数……ぞっとしますね」
リビングデッドが群れとなってルアーバードを追いかける。
まるで石の下から這い出てきた虫のようだ。
「そろそろか……」
あめのまさんが言うと、ルアーバードが失速し、そのまま草むらに落ちていった。
「リビングデッドが対象をロストするまでどのくらいかかる?」
「4分~6分程度だと言われています」
「よし、その間に残りの瘴気香の準備を済ませよう」
「ですね、じゃあ私はこっちを」
「OK、俺はこっちだ」
あめのまさんと頷き合う。
生臭い煙がまだ残っている中、私は瘴気香を等間隔になるように並べた。
「どうだ?」
「はい、準備できました!」
「よし、あとはリビングデッドか……」
二人でリビングデッド達の動きを観察する。
しばらくすると、ルアーバードが墜落した場所を目指していたリビングデッド達が次第に規則性を失い、思い思いに彷徨い始めた。
「そろそろ始まります――」
回帰性行動が始まった。
バラバラに見えていた個々の動きは、全体を俯瞰して見ることで大きな流れの中にあることがわかる。
「ははっ、すげぇな……いま俺達が向いている方角を北と仮定すると、リビングデッド達はゆっくり南へ動いているように見える」
「はい、目指すなら真っ直ぐ北かと」
そうお答えすると、あめのまさんがクスッと笑う。
「まったく、大したもんだ……じゃ、生臭いのもそろそろ限界だな。行くか?」
「お願いします! 回復はお任せください!」
あめのまさんが頷き、残りの瘴気香に火を点ける。
煙がもうもうと立ちのぼっていく。
「よぅし、遅れるなよ――!」
そう言って、勢いよくあめのまさんが下に飛び降りた。
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