孤島
島に避難した俺達は、紅小谷の手当のために救急テントに来ていた。
「はい、これでもう大丈夫です」
「ありがとうございます」
足首に包帯を巻いた紅小谷が、ひょこひょことテントから出て来る。
「おぉ、大丈夫そうじゃん」
「まあね、すぐに良くなるって……でも、何か……」
「ん? どうした?」
浮かない顔の紅小谷に訊ねると、遅れてきた花さんが紅小谷の側に付添う。
「大丈夫ですか? 歩けますか?」
「う、うん、大丈夫、すぐ良くなるそうだから」
「大事にならなくて良かったです……」
「しかし……大変なことになったわね……」
「ああ、ホントついてねぇな……」
「あの……」
花さんが何か言いたそうな顔で俺達を見た。
「ん?」
紅小谷が顔を向けると、花さんが声を潜めて言った。
「おかしくないですか……?」
「「えっ?」」
「だって、ちょっと用意が良すぎる気がして……それに船も座礁したってわりには、どこも壊れてなさそうですし」
俺と紅小谷は船の方を見る。
確かに外観は何も変わってないような気がするが、これだけ大きいと裏側に穴が空いててもわからないしなぁ……。
「今のところ沈みそうにはないけど……」
「たしかに……」
三人で船を眺めていると、係員の人が拡声器を使って皆を誘導し始めた。
『あちらで説明がありまーす! みなさん、集まってくださーい! あちらで説明がありまーす!』
「ジョンジョン」
「ん? どうした、早く行こうぜ」
紅小谷はキョロキョロと周りを見回す。
それを見た花さんも周囲を気にし始めた。
「ちょ、どうしたんだよ二人とも……」
「紅小谷さん」
花さんが何か気付いたような目を向ける。
「花さんも気付いたのね」
「え? ちょ……なになに? 何か怖いんだけど……」
俺は二人の間をうろうろしながら、周りを見るが、何も見つけられなかった。
「ジョンジョン、上よ、上」
「へ?」
言われて目線を上げると、空に何か点のような物が浮いている。
「あまり見ないで――」
「お、おん……」
「ジョーンさん、あれ、ドローンですよ」
「ド、ドローン⁉」
紅小谷は小さく頷く。
「そう、恐らく撮影してるわ。やっぱりこれはゲームの最中ってことね……いい? ここからは今まで以上に、何事も注意深く観察すること、わかった?」
「わ……わかった!」
「はい!」
俺達は気合いを入れ直し、係員の指示に従って森の方へ向かった。
*
森の中に大きなカーテンが掛かっていた。
「な、何よ……これ?」
「カーテン、でしょうか?」
「上が見えねぇし……」
とても人力で設置したとは思えない高さ。
どこから垂れ下がっているのかさえ、見当も付かなかった。
「とにかく入ってみましょう」
「よし、じゃあ、俺が先頭に……」
横一メートル毎に切れ目があり、中に入れるようになっている。
俺は隙間から勢いよく中に入った。
「ん……薄暗いな……」
周りを見ると、他のダンジョン経営者達がもぞもぞと中に入ってくるのが見えた。
「何か違和感あるんだよなぁ……」
辺りを見回していると、紅小谷達も入ってきた。
「……」
「なんだか、嫌な雰囲気ですね……」
「はぐれないように、気を付けよう」
「そうね、たまには良いこと言うじゃない」
「ぐっ……ま、まぁ、そんだけ言えりゃあ、足は平気だな」
「そう、それなんだけど……」
急に紅小谷が神妙な顔つきになる。
「さっき、救急テントで治療を受けたんだけど……なんだか、ダンジョンの中でポーションとか、傷薬を使ったような感じがしたのよ」
「ダンジョン……?」
「感覚が、ということですか?」
俺と花さんが訊ねる。
「正直に言うと、かなり強く挫いてたと思うの。ホントにもう帰るしかないかなって思っちゃうくらいにね……。でも、テントでぬり薬と、飲み薬をもらって飲んだら……あっという間に痛みが引いちゃって……」
「確かにダンジョンの中っぽいな……」
「もしかすると、紅小谷さんが飲んだ薬はポーションだったのかも?」
「いやいや、それは無理だよ。ダンジョンの物は外に出せないし……」
三人でむむむ……と唸りながら考え込む。
――その時、俺はふと思った。
「なぁ、ここってもう……ダンジョンなんたらシティの中なんじゃないのか?」
「「え?」」
「だって、さっき言ってただろ? 島ごとダンジョンにしたって……」
「……すると、私達がいるここは巨大なダンジョンの中……ってこと?」
「それはわからない。でも、その可能性が高いと思う」
黙っていた花さんが口を開いた。
「あの、ジョーンさんの意見は、かなり信憑性があると思います。というのも、私達が乗った船は揺れてませんでしたよね?」
「まぁ、あれだけ大きければ……って思ってたけど、なぁ?」
「ええ……」
俺は紅小谷と顔を見合わせる。
「日本から出航して、この短時間で座礁して辿り着く無人島って……どこでしょう?」
「えっと……どこだ? 東京からだもんな、瀬戸内海ならいくらでも島があるけど……」
「ちょっと待って」と、紅小谷は話に割って入る。
「ここがどこかを考えるより、ここがダンジョンだと仮定した場合、どうすれば私達が有利になるのかを考えなきゃ」
「もし……ダンジョンなら、戦いは避けられないですよね……。なら、アイテムや装備を手に入れないと……」と、花さんが呟く。
俺は一応、ウインドウが出ないか試してみた。
ジェスチャーや、「ステータス」「ステータスオープン」「オープン」「開け!」など色々と呟いてみるが、反応はなかった。
「駄目だ、ウィンドウは出ないな」
「何か条件があるのかも……」
「次の場所で何か発表があるかもですね」
「よし、万が一離ればなれになった時のために、先に目指す目標を決めておこう」
「うん、いいわね」
「それなら『船』にしましょう。あと、アイテムが使えるようでしたら、マンドラの実と共鳴針を忘れずに」
「そうだな、マンドラの実は俺が奇数時間に使うから、二人は共鳴針をチェックしてくれ。もしかしたら他の参加者も使うかもしれないけど……」
「決まりね――」
紅小谷はそう言って、スッと手を差し出した。
俺が握ろうとすると、
「このたわけーーーーーっ!! 違うでしょ⁉ 手を乗せて、おーっとかやるとこでしょう?」とキレる。
「ご、ごめん……」
花さんもやや残念そうな顔で俺を見ている。
うぅ……。
「さ、気を取り直して……いくわよ?」
花さんが紅小谷の手に自分の手を重ねた。
その上に俺はそっと手を乗せる。
「いい? 最後まで絶対にあきらめないこと! いいわね!」
「「おーーーっ!!」」
俺達はやる気全開で奥へと進んだ。
ありがとうございます!