平子花、動きます。
大変なことになった――十中八九、あれは詐欺だわ。
ジョーンさんから預かった空き袋を、私は研究者の兄に成分分析を頼んだ。
そして、その日のうちに兄は私に連絡をくれた。
「もしもーし、花ぁ? お兄ちゃんだけどぉ」
「うん、どうだった?」
「じゃあ発表するねぇー、じゃじゃーん、小麦粉でしたぁ! ねぇ今度花はいつ――」
私は電話を切った。
「やっぱり……」
部屋の時計を見る。
21時か……ジョーンさん、まだ起きてるよね?
部屋を出て階段を駆け下りる。
「花ぁ? もう遅いからコンビニなら明日に……」
「ちょっと出かけてくる!」
「は、花! どこに⁉」
「花ちゃん⁉」
わらわらとお兄ちゃん達が集まってくる。
もう……心配してくれるのは嬉しいけど、それどころじゃないんだってば!
「あとで電話するから、心配しないで!」
私は玄関を飛び出し自転車に乗ると、ジョーンさんの家に向かって走り出す。
たんぼ道は真っ暗で、たぶん知らない人が通ったら下に落ちるんじゃないかなって思いながらペダルを踏む。
何で私がいないときに……もう!
いつもなら紅小谷さんに相談するのに……どうしちゃったんだろう。
でも、それにしたって……。
あぁもう!
何で簡単に人を信じちゃうのかなぁー!
息が荒くなる。
足が重くなってきた。
ふと空を見上げる。
今日は星が見えない。
遠くに民家の窓の明りが灯っている。
見慣れた駐車場に入ると、ジョーンさんの家の明りが見えた。
自転車をとめて、玄関の前に駆け寄る。
あ……私、ジャージだ……。
ど、どうしよう、これじゃ……。
玄関の前で右往左往していると、ガラッと扉が開いた。
「は、花さん⁉」
「こ、こんばんは……」
「え? ど、どうしたの? 何か忘れ物でも……」
「いや、そうじゃなくて……」
うわー、恥ずかしいからあんまり見ないでー!
「あの、兄に頼んで調べてもらったんですけど、あの粉……」
「小麦粉だった?」
「え、知ってたんですか……?」
「良かったら中で話そうか? ここ冷えちゃうし」
え⁉ ちょ……ジョーンさんの部屋⁉
しかも私ジャージなんだけど⁉
何でお洒落してない時に……。
「あ、でも、悪いですし……」
「いいからいいから、爺ちゃんもいるし」
私はジョーンさんに押し切られ、上がらせてもらうことになった。
玄関を上がると、居間からひょこっとお爺さんが顔を出した。
「おぉ~ジョーンやりおるの~! いらっしゃい、ゆっくりしてってのぉ~」
「お、お邪魔します……」
「ったく、ごめんね、気にしなくていいから」
「あ、いえ……」
二階に上がり、ジョーンさんの部屋に入る。
ここが……。
壁にはダンジョンエクスポのポスター、本棚には月刊GOダンジョンのバックナンバーが並んでいる。
シングルベッドに勉強机、机にはモンスの落書きがいっぱい描いてある。
「散らかっててごめんね、良かったらこれ」
と言って、ジョーンさんが座布団を出してくれた。
「ありがとうございます」
男の人の部屋って、こんな感じなんだ……。
「あ、何か飲む? 夜だし、ノンカフェインのお茶があるよ」
「じゃあそれを」
「うん、ちょっと待ってて」
ダダダと凄い音で階段を駆け下りて行く。
思わずふふっと吹き出してしまった。
本棚に貼られたモンスシール。
あ、NARAKUの限定Tシャツ……。
ジョーンさんは、ホントにダンジョンが好きなんだなぁ。
「おまたせー!」
戻って来たジョーンさんがお茶を置いてくれた。
「ありがとうございます、じゃあ遠慮なく……」
お茶に口を付ける。
あったかくて美味しい。
何か、ほっとするな……って、いやいや、それどころじゃなかった!
「あの、それで粉の件なんですけど……」
「あ、うん……ほら、俺、自分でうどん打つでしょ? だから、小麦粉って意識するまでもなく、見れば分かっちゃうんだよね」と、力なく笑う。
「え⁉ そ、それじゃ……なんで」
「ごめん、信じたかったんだと思う……」
ジョーンさんのこんな悲しそうな顔、初めて見た……。
一枚の名刺をジョーンさんが私の前に置いた。
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「最近、ずっと悩んでて……ほら、ずっとD&Mって拡張止まったままだったし、お客さんからもそういう意見があって……ちょうどそんな時にこの名刺を拾ってさ、縁があるのかもって……」
「そんな……でも狙って拡張出来るような技術はまだ開発されてません!」
「うん、でも、それでも、もしかしたらって思っちゃって……」
「拡張は……可能性がないわけじゃないです、休眠前のD&Mの規模を考えれば、むしろ拡張しない方がおかしいと思います! それに誰かに相談すれば……」
「そうだよね……今なら俺もそう思えるんだけどさ、やっぱ自分のダンジョンじゃん? 自分でどうにかしなきゃって気持ちもあったし、それにさ、自分のダンジョンが拡張しないって……やっぱ相談しにくくて」
照れくさそうに頭を掻くジョーンさん。
一旦、言葉が途切れる。
私はジョーンさんの次の言葉を待った。
「それ言っちゃうと、何か自分が惨めになる気がして……あ、でも今はちゃんと違うってわかってるからね? あの時はそう思ってたって話だから」
「……私はジョーンさんを騙した相手を絶対に許せません! 今すぐ警察に届けましょう!」
感情が高ぶり、目に涙がにじんだ。
歯がゆかった……。
悩みに気づけなかった自分に苛立った。
自分が彼の助けになれなかったことが悔しかった。
「うん、それはそうだね、俺もそのつもりだったんだけど……」
「え?」
「ごめんね、花さん。ちょっとだけ待ってもらえるかな」
そう私に言ったジョーンさんは、いつもの真っ直ぐな目をしていた。
変な自信に満ちあふれていて、いつもリアクションが大きくて。
参ったなぁ……私、参ったなぁ……。
いよいよ明日12時に「ダンジョン・エキスパンション編」ラストです、よろしくお願いします!





